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254 絶対に嫌な主人公ちゃんムーヴじゃん!

『エルフ――森の隣人たち』は、なかなか面白い読み物だった。

 人間社会での伝承、迷信、芸術作品での取り上げられかたを分析し、実在するエルフとの差を際立たせるっていう流れで書かれてるんだよね。

 ほんもののエルフは記憶がよくて根に持つってポイントも押さえられてたから、著者が個人的にエルフを知ってるっていうのは事実だろう。そう、その「個人的に知ってる」エルフへの聞き取り調査をした部分もあって――つまり、序盤から中盤にかけての人間社会で信じられていたり夢見たりされているエルフ像の真贋しんがんを問うているわけよ。

 こんなの、絶対面白いに決まってるじゃん!


「なんでこの本、禁帯出なの……」

「現存する複製が少ない稀少本だからだろうな。それより、君はちゃんと勉強しているのか? どうも娯楽作品を読んだような顔をしているが」

「顔で本の中身を決めないでくださいます?」

「それが終わったなら、次はこの『エルフの歴史』を読むといい。かなり、しっかりしている」

「リートは……その……エルフの歴史に詳しいの?」


 訊きはじめてから、あっやばい地雷原に突っ込んじゃう! と気がついて、徐々に声が小さくなってしまったのだが。リートは、至って冷静にうなずいた。


「ある程度はな。エルフは、こういった書物をあまり残していない。そういう意味でもこれは読むべきだ」

「え、本がない? 歴史の? なんで?」

「覚えているから必要ないそうだ」


 ……エルフーッ!

 ご長寿さんで記憶がいいと、そうなるのか。いやまぁ理屈にはかなっているが、しかし!


「でもさ、自分は知らなかった話とか、そういうの、あるでしょ?」

「知りたければ尋ねるし、訊かれれば話す。人間だってそうだ」

「そりゃそうだけど、限度ってものがあるじゃない。まとめて書いたものがあれば、好きなときに読めるわけだし」

「いくらでも時間があるんだぞ、エルフには」

「……それはつまり、むしろ尋ねられたら時間潰しになるから嬉々として語りはじめるくらいの?」

「うっかり質問すると、いつまでも終わらない話がはじまりかねない」


 なるほど納得。


「でも、なんかもったいないなぁ。エルフが本を書いてくれたら、すごい読み物になりそうなのに」

「……やはり君は娯楽を期待していないか?」

「そりゃ、面白そうだなって期待はあるけどさ、それって内容が興味深いから面白そうって意味だよ。絶対、人間には学びが多い内容になると思わない? だって、人間の歴史ってほら、大暗黒期でかなり欠落が生じてるじゃない。エルフなら、そこも埋められるってことでしょう?」

「エルフは人間の歴史など知ったことじゃなさそうだが」

「それはそうかもだけど……でも、そのとき世界でなにが起きていたかは、覚えてるわけじゃない。それ以前も。ひょっとして、エルフと人間が親しかった時代もあるのかもしれないし……だったら、人間の社会のこともいろいろ知ってるだろうし。それに、歴代の魔王封印のいきさつとか、聖属性魔法使いとか……」


 リートは眉を上げた。これは、少々おどろき呆れたぞ、って顔だ。わかってしまう……わからんでもいいのだが!


「そんなに気になるなら、依頼すればいいだろう」

「依頼?」

「校長がエルフだ。しかも、君のたのみなら断らない」

「いや、校長先生は今はほかで忙しいから……本まで書いてくださいとは」

「だったら、里の誰かに書いてもらえばいいんだ。聖女が読みたがっているといえば、皆、よろこんで書くだろう」

「……そうなの?」

「暇だからな」


 ……エルフーッ!

 いやでもそうか……そうなのか……興味あるな。かなりあるな。すごくあるな、エルフの本!


「たのんでみようかな。今夜、また会議あるんだっけ?」

「そのはずだ。それより、そろそろ食堂に行かないか」

「まだ早くない?」

「早めの行動が肝心だ」


 食事に関してはつねに前のめりのリートなので、まぁ、そんなものか。

 持ち出せる本を二冊ほど持って、わたしとリートと見えなくなったナヴァト忍者は食堂へ移動した。


「ナヴァト様は、お食事は……?」

「携行食がありますので、ご心配なく」

「よければ、一緒にふつうにお食事しませんか?」

「お気遣いなく」


 なんかこう、ガードがすごいな! なにを語りかけても届いてない感!

 ちらっとリートを見てみたが、表情は読めない。たぶん、とくに感想がないんだろう……。


「……お願いしても、駄目ですか?」


 返事はなかった。

 もう一回、ちらっとリートを見てみたところ、口の端で笑われた……これは! わたしじゃなくても理解できるやつだ。馬鹿にされている!

 諦めた方がいいかな。ものすごく気になるんだけど……。

 悩んでいるあいだに食堂に着いてしまい、まだ準備中だけどすぐ出すからといわれてしまった。すみません……。ちょっと前のめりな子がいてですね。


「今の君の立場なら、個室も取れるが」


 そんな申しわけない状況にもかかわらず、リートの提案ときたら! 個室利用とか、偉そうかよ!

 でも個室って、印象悪いんだよね……だって毎回、胃が痛くなる展開だったし。ああ、思いだしたくもない。


「殿下がお使いになるのでは?」

「個室は、ひとつじゃない。今日すぐは無理だったとしても、予約できるぞ」

「なるほど……でも、シスコたちが来づらくない?」

「伝言しておけば、案内してもらえる。邪魔も入らない」


 ははぁ。わかったぞ。リートとしては、伯爵令嬢たちが押しかけるのを気にせず、ゆっくり食事をしたいんだな!

 その気もちはわからんでもないけど、シスコは一応、わたしと同じ平民だ。個室に案内されるの、そんなに嬉しくないかもしれない……身分の差はございませんっていうのは、建前だからね! だから、王族は当然のように個室を使ってたわけだし。王族が使って当然の個室を、平民が使うのって……けっこうなチャレンジよ?


「やめておく。わたしべつに、特別扱いはされたくないし」

「贅沢なやつだな」

「なにそれ」

「君は特別な立場にあるということを、いい加減に受け入れろ。特別な人間が特別扱いを拒むのは、周囲の負担になると知れ」


 リートは、正論でぶっつぶしに来るのを少し控えてほしい。

 たしかに……たしかにね? そうだよね? わたしは今知られている唯一の聖属性魔法使いであり、国認定の聖女であり、まぁまぁ稀少な存在だ。特別であることは間違いないだろう。

 そうは思うんだけど……思うけど、こう……嫌なわけよ。苦手なの! 

 根が下町のパン屋の看板娘だから!


「簡単にできたら苦労しないってやつだよ、それ……。わたしは、やんごとない身分に生まれて、特別扱いを当然として育ってるわけじゃない。むしろ、そういうのは雲の上の話だって感覚だから」

「あらためるんだな」


 にべもない!

 渋々と、わたしは答えた。


「努力はする……」


 嫌だとか苦手だとかいうのは、わたしの都合だ。

 だけど、それが周りには迷惑なんだ、っていわれたらね……不平をいえなくなるじゃん。わたしごときが皆様にご迷惑をおかけするなんて、って気分になる。

 せめてそれがリートだけなら、まぁリートだし、で済んでたかもしれない。どうかな。わからないけど、まぁ……済んでた可能性はある。

 だけど今は、ナヴァト忍者がいる……わたしの扱いに難儀してるであろうことは、想像に難くない。


「適当に取って来ていいか? 食べ物」

「……お願いします」


 ていうか、今、気がついたけど。

 護衛だからと畏まらず、気軽にご一緒しましょう? みたいなムーヴってさ。アレじゃないの? いかにも主人公ちゃんがやりそうなやつじゃない?

 ほら、わたしが前世で山ほど読んで楽しんでた、悪役令嬢主人公の転生ものでさ……ピンク髪の主人公ちゃんが、首をこてん、ってしてさ……皆で楽しくやりましょう? なぜできないの? っていう……。そして転生悪役令嬢に、礼儀作法は重要なんだからって注意されたりして……もう読んでてイライラするほど阿呆の子か、あざといにもほどがある底の浅い策士かのどっちかが多かったやつ……。

 ああ、だんだん滅入ってきた!

 わたしがやってたの、絶対に嫌な主人公ちゃんムーヴじゃん! 任務に忠実な護衛に「一緒にお部屋に入りましょう?」「姿を見せてお食事しましょう?」……これマジでアレじゃーん!

 うわーっ! 嫌過ぎる!


 だが、自分がそうなってみて、はじめて理解したことがある。

 あれは、やっちゃうわ……。


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