253 信じやすさは取り柄なのか?
翌日もまた教室に行った。
もちろん伯爵令嬢たちに囲まれて、今日も途中で図書館に逃げた。ジェレンス先生がくれたリスト、ほんとに禁帯出が多くてな……どのみち、図書館には行く必要があるのだ。
同行者はリートと見えない忍者の二名である。
「あの……図書館に来ると姿をあらわすのは、どうしてですか?」
今日も着いた瞬間ににゅるっと出現して、ヒッ、と声が出そうになったよね……。びびるんだよ!
「ここでは、隠形が使えませんので」
「多くの魔法は無効化される。そういう場所だ」
……なるほど。不可抗力なのか。
「吸血鬼が入れないのも、それと関係あるのかな」
「あるんじゃないか? ああいった人外の存在にとって、魔力の流れは血流にひとしいからな」
「……校長先生は平気なの?」
エルフも人外だし、なんならリートも四分の一エルフっぽいが、そのへんはどうなってるんだ。
「魔力が特殊なんだろ、たぶん。詳しいところは知らん」
「無責任な……」
「気になるなら本人に訊いてみればいい。俺は知らん」
……やばい。地雷近辺の話題だから、どんどん不機嫌になっていくぞ。
「わかった。……ねぇ、今日もお使いたのめる?」
「昼食のことなら、あらためて連絡するまでもないだろう」
「そうかな」
「彼女は君よりよほど察しがいい」
なにかを誉めるときに別のものをディスって比較するの、やめた方がいいと思うよ!
「聖女様、閲覧室の準備ができました」
我々がくだらない口論をしているあいだに、ナヴァト忍者が書類をなんとかしてくれた。……マジで有能。助かる。すごい。
「ありがとうございます。……ローデンス様は、お幸せですね。こんなに気のまわるかたが、ずっと護衛についていたなんて」
「俺も気は回るぞ」
リートが変なところで張り合いはじめたが、無視してもいいだろう。
ナヴァト忍者は、少しおどろいたような顔をした――リートよりずっと表情がある!
「当然のことです。さ、どうぞ」
「あの……今日は扉の外で番をせず、一緒にお部屋に入りませんか?」
「お言葉ですが、あのような狭い場所にご一緒するのは、遠慮したく思います」
「でも、外で待たれるのはなんだか……」
気が小さいから! 使用人だから当然、みたいな気分になれないから!
「たしかに、三人も入ったら狭苦しいだろう」
「それは……そうかもだけど」
「そして君は、帯出不可の本で勉強する関係上、閲覧室を使う必要がある。護衛の都合で、ナヴァトと俺のどちらかが室内に入る。俺の方が君に慣れているから、俺が入る。すると、ナヴァトは外だ。室外に護衛がいるのも、利点になる」
「……でもわたし、誰かに仕えられるのって慣れてなくて」
「そういう理由なら、なおさらだ。今が慣れるための準備期間だろうし、ナヴァトが室内に入れば解決するとでも思うのか?」
えええ……。
いわれてみれば、たしかに……室内でビシッと背後に立たれるのもそれはそれで……。
困ってナヴァト忍者を見たが、忍者はもう表情を変えなかった。さっさと閲覧室に行け、という圧を感じる……まぁ、しかたがない。しかたがないよね……。
「そういえば、ファビウスがいってたな。君をほかの男にまかせるのに慣れなきゃいけないのがつらい、とかなんとか」
「……ちょっと!」
「俺は君に手を出すつもりはないと明言しておいたが、そういう問題じゃないといわれた。どういう問題なんだ?」
「やめてってば」
先を行くナヴァト忍者の背中はまったく動じなかったが、わたしはほんとうに恥ずかしかったし、もっといえば、恥ずかしいということが恥ずかしいという心境になっていた。
なんで恥ずかしいんだよ。なにが恥なんだ。
ファビウス先輩と両……両アレなのは、光栄なことだよね? すごいじゃん。すごいんだよ。なのに恥ずかしいって方がおかしいんじゃないのかコレ。どうなんだ? っていう……。めんどくさいな!
閲覧室に着くと、昨日同様、ナヴァト忍者が丁寧に部屋をあらため、そして外に出た。
「あいつ、表情変わらんなぁ……」
おまえがいうなスーパー・ミラクル・スペシャル!
「ナヴァト様をからかおうとしてたの?」
「同僚がどういう人物かを見定めるのは重要だし、俺はあいつを信用していない」
「……は?」
「君を下賎の輩と考えているのは間違いないだろう。そういうのは、容易にあらためられるものじゃない。表面を糊塗するのは得意だろうが――」
「ちょっと待ってよ。まだ、わざと煽ってるの?」
「そうだぞ。同僚がどういう人物かを見定めるのは重要だからな」
同じこと二回いったー! だいじなことだからか!
「やめてほしいんだけど……」
「俺はあいつを信用していない。初日の時点で上っ面を取り繕えればよかったが、できてなかった。つまり、あいつはその程度ということだ」
どの程度だよ!
「……あんた何様? ってくらいの上から目線ね」
「俺様だからな」
「自分でいう?」
「君にいわれると腹が立つから、先んじて自分で口にした。この手法は効果がある」
「……わたしが腹立ってきたんだけど」
「君はしょっちゅう怒っているな」
なんだと? これでも堪えてる方ですけど?
……と思ったが、口にしても打ち返されるだけなので黙っていると。
「だが、君の怒りが理不尽に過ぎるという場面は、ほとんどない。そういう面では、俺は君を信用している。だから、煽れるだけ煽れる」
「どういう意味?」
「俺がやり過ぎると、君が怒る。怒られれば、俺も矛先をおさめやすいし、怒ってくれた君に相手の好意が向きやすい。あいつの感情の向きかたを変えられる可能性が上がる」
なにその深謀遠慮。ええー?
「それ、今、適当に口から出まかせでいってるんじゃないの?」
「君はたまに、ほんとうに失礼だな。いや、たまにでもないか……」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいから、あいつをうまいこと手懐けろ」
「うまいこと、って。そんなの無理だよ。どうやるの?」
「頑張れ」
精神論か!
「無理だって」
「難攻不落のファビウスを落とせたんだ。できるできる」
恋愛的に落とすわけにはいかんだろ、話をごっちゃにするんじゃない!
「無理。だいたい、手懐けるなんて表現するところから、無理。そりゃ、ナヴァト様は平民を差別してらっしゃるかもしれないよ」
「かもしれない、じゃない。確実に、してる」
「じゃあ、それでいいよ。実際、学園内だって身分が関係ないっていうのは建前なんだし。差別は存在して当然だと思うよ。だとしたら、ナヴァト様って、自分より階級が下の人間の護衛任務を粛々とこなしてるってことでしょ? 階級意識に鑑みれば、あり得ないことだよ? それをちゃんとできるの、すごくない?」
「職務上、当たり前だと思うが」
「当たり前のことって、意外とできないものだよ。ナヴァト様なら、個人的な、その……好感度? とかは別にして、やるべきことは、ちゃんとやってくださると思う」
「……君は信じやすいな」
「ほかに取り柄がないのよ」
「信じやすさは取り柄なのか?」
意外そうに尋ねるリートに、わたしは肩をすくめて見せた。
「ものごとにはなんだって、良い面と悪い面があるでしょ。できるだけ良い面を見たいじゃない? もちろん、信じやすくて損をすることはあると思うけど。でも、疑って足踏みするより、信じて踏み込んでいく方が性に合ってるんだ、わたし」
「……なるほど。いかにも君らしいな」
「リートは疑って疑って疑い抜く方だね?」
「俺の任務は、まず疑うところにあるかもしれないな」
扉がノックされて、忍者が顔を出した。
「聖女様、本が届きました」
「ありがとうございます」
今日は禁帯出の『エルフ――森の隣人たち』を読んで、要点をまとめる予定だ。ほかにも『エルフ大事典』『エルフの歴史』『エルフ学大全』などが積み上げられたけど、どこまで読めることやら。
……ていうか、このへんの本ってリートにとって地雷かもしれない。内容について意見を聞いたり、相談したりするのは……控えた方がよさそうだな。
「俺も読んでいいか?」
「あ、うん。わたしはこの『森の隣人たち』ってのを読みながら事典を引くつもりだから、その二冊以外なら」
「わかった」
リートは『エルフの歴史』を手に取った。
……興味はあるのか、エルフの歴史。そりゃそうか……。




