250 護衛顔ってなんだと問われると困るが
翌日は、また教室に行った。例によって、伯爵令嬢たちに取り囲まれてしまう……。
シスコに手をふったら、ふり返してくれたけど……こっちに来てはくれないみたい。わたしから行くべきか? 行ってもいいの? 絶対、お嬢様たちがくっついて来るだろうし、それでシスコと話ができるかっていうと……難しくない?
誰が悪いというわけではないが、しょんぼりしてしまう。
「どうしたルルベル、元気ねぇな」
しょんぼりし過ぎて、ジェレンス先生に指摘されるレベルだ。これはまずい。
「聖女らしさを学んでいるところです」
「聖女らしさってなんだ、聖女らしさって。そんなもん、おまえが聖女なんだから、なにやっても聖女らしいに決まってるだろ。どーんと構えてりゃいいんだよ」
社交が苦手で、王族の相手を生徒にまかせて逃げ出した先生にいわれてもね……。
「そういうわけにも参りませんので」
「真面目だなぁ。まぁいい、歴史概論は一区切りとしようか。次、なにを学びたい?」
「え」
「選んでいいぞ。ふつうなら専門の属性を学ぶんだが、聖属性の信頼できる教本なんざ、ねぇからな」
ねぇからな……なんて、おっしゃられましても! 歴代の聖属性魔法使い、教本書いておいてくれよ……いや、昔はあったのかもしれんけどさ。ああほんと恨めしいわ、大暗黒期。
「わたしの前に聖女と認定されたかたは、なにか残してらっしゃらないんですか?」
「意味のあるようなもんは、なんも。心を清くとか、志を高くとか、そういう本はある」
「……なるほど」
「一応、あとで届けさせとこう。聖属性魔法使いならではの気づきみたいなもんが、あるかもしれねぇしな。……で、ほかには?」
「えっと……じゃあ、エルフについて学べる本などはありませんか?」
「おまえまた、難しいとこ突いてくるなぁ。あれも、信頼性の高い本はあんまりねぇぞ」
「そうなんですか?」
「願望と理想と夢が詰まった妄想本が多いんだよ……。まぁ、そこそこ信じられそうなやつを見繕っておこう。あとで図書館から届けさせる」
「書名を教えていただけたら、自分で取りに行きます」
「そうか? じゃ」
ジェレンス先生は、何冊かの本の題名をわたしのノートに書き入れた。
こういうのが間髪入れず出てくるあたりが、すごいよなぁ、ジェレンス先生。ただの社交ダメ男でも、実技が得意なだけの知識は後回しタイプでもない。
「このへん。図書館に行くっていうから、禁帯出になってそうな本も入れてある」
「ありがとうございます」
「一応いっておくが、図書館の護りを過信するなよ」
「……はい」
「よし、もう行っていいぞ」
というわけで、わたしは伯爵令嬢たちの囲みを突破することができた……のだが、同時にシスコからも遠ざかるしかなくなってしまったのであった!
うぇーん、シスコぉ……。
「今日はまともに昼飯を食べられそうだな」
リートも、お嬢様たちから距離を置けるのは歓迎していそうだ。
それはいいんだけどね……シスコとお昼食べたいよぉ。
「……食堂に行ったら、また捕まると思うけど」
「時間をずらそう。遅めに行くと、だらだら待たれるだけだ。早めに行こう」
リートが前のめりである。まぁね……食べそこねるのは、つらいよね。なにしろ、飲むように食べるタイプだし。
「ねぇ、わたしシスコと食事したい」
「そうか」
そうか……じゃ、ないだろぉー? もうちょっとなんかさぁ!
「伝言役をお願いできない?」
わたしが自分で近寄るのは、無理がある。リートなら、行ける。
「まず図書館に入れ。話はそれからだ」
「わたしが図書館でおとなしくしていれば、シスコとの連絡役はお願いできるの?」
「いいだろう。以前なら断っていたが、今日からは護衛が増えているからな」
え。
もちろん、図書館への道を歩いているのはリートとわたし、ふたりきりだが……それってつまり……。
「ナヴァト様が、いらしてるの?」
「そういうことだ」
光学迷彩忍者……ほんとに忍者だな! わたしは立ち止まり、あたりを見回した。
うん、なにも見えないな!
「ナヴァト様、いらっしゃるのでしたらお声を聞かせていただけますか?」
「はい、聖女様」
イケボー! 姿は見えないが、えっ、これっていつでもイケボを聞けるということなの? 役得じゃん。すごいな聖女。
「そういうわけだから、多少は君を置いて活動することができる」
「わかった。図書館に着いたら、シスコに手紙を書くね」
「口頭で伝言をくれればいい」
「いやだって、教室で喋ったら聞かれちゃうじゃない」
「俺がそんなに迂闊だと思うのか?」
……思わんけど。思わんけども!
「たしかにね。リートは、わたしよりずっと隙がないとは思うけどね……」
「君と比べて隙がないといわれても、なにも意味がないな」
「はいはい、わたしは隙だらけだって?」
「わかっているなら改善したまえ」
うるせーわ!
そんなこんなで通常営業の雑談をしつつ、わたしたちは図書館に入った。
……と、不意に光学迷彩忍者が姿をあらわした。うおっと。
このひと、圧がすごいな。ガタイがいいからかぁ。
最近、周囲にひょろっと男子が多いよね。家にいたときは、お客さんにも肉体労働者がけっこう多かったし、家族もねぇ……父も兄も、ガッチリ体型なのだ。パン職人ってけっこう力仕事だわたしもほら、こう……あんまり華奢な感じじゃないしね。
「ではナヴァト、俺は一旦、教室に戻る」
「わかった」
以上、業務連絡・完!
って感じで、リートはさっさと図書館を出て行った。残されたわたしは、ナヴァト忍者にどう接していいのか、よくわからない……。前回がねぇ。あんな感じだったし。
「差し出がましいようですが、聖女様」
「はい?」
「ジェレンス先生の書きつけをお貸し願えますか」
「書きつけ……ああ、書名の」
わたしは抱えていたノートを開いて差し出した。すると、ナヴァト忍者はカウンターに進み出て、司書さんと会話をはじめた――どうやら、めんどくさい書類書きをやってくれるらしい。えっ、助かる。
司書さんが本を探しに行くと、ナヴァト忍者はわたしに声をかけた。
「聖女様、閲覧室をお借りしました。参りましょう」
「はい」
イ・ケ・ボ〜! 前世日本で知り合いだったら、絶対、声優になるべき! って勧めてたと思う。……演技ができるのか、という問題はあるが。
閲覧室に着くと、ナヴァト忍者は扉を開いて内部をあらため――いやマジでほんとに、椅子なんか持ち上げて座面の裏まで見てた――納得がいったところで、わたしに入室をうながした。
「では」
って外に出てドアを閉められたよね……。
あっ、これってドアの外で番をするつもり? だから内部点検しっかりだったの? いやしかし……いやしかし!
わたしはドアを開けて、外を覗いた。ナヴァト忍者は姿を消しておらず、即座にこちらを向いた。
「なにか問題でも?」
「あの……外にいらっしゃると、ナヴァト様も疲れてしまうのでは?」
「お気遣いなく。任務です」
「でも、リートはそんな風にしたことないですよ」
「彼とは立場が違いますので」
「同じでしょ?」
ここでようやく、ナヴァト忍者は嫌そうな顔をした――つまり、それまでは完璧に冷静な護衛顔だったんだけど。護衛顔ってなんだと問われると困るが……護衛顔だよ! つまりクールな感じ。
「とにかく、ご心配はご無用です。本が届いたらお知らせしますので、聖女様は中でお待ちください」
反論虚しく室内に押し込まれてしまった。
……これさー、ナヴァト忍者は王子の護衛からの流れで、そういう感じでやろうとしてんのかもしれないけども。
わたしはもともと護衛がついてること自体に慣れてないし、入寮時に使用人さんとのつきあいかたに頭を悩ませたレベルなので、これは気疲れする。ド平民を舐めるな!
逆にリートみたいな感じの方が楽なのね。……なんということでしょう。リートが楽だなどという、気がつきたくもないことに気づかされてしまった!
とはいえド平民は、強硬に自分の意見を主張することにも慣れていない……それこそ、王子なら「中に入れ」と命令一発で済ませるんだろうけどー! 無理。絶対無理。
リートぉ、早く戻ってくれぇ……なんて思うことになろうとは!




