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249 わかりたくないけど、わかります

 急に発生した褒められで喜んでいたわたしだが、そんな甘い話ではなかったことは、すぐにわかった。

 深夜のお茶会に、ファビウス先輩が紙を持って来たのだ。


「明日から、これを描いてみてほしいんだけど。どう、描けそう?」

「……え」


 としか返事ができなかったあたりで、察していただきたい。


「最近の上達ぶりからして、もっと複雑な図形もまかせられるかなと思って、急いで構築してみたんだ」


 また褒められている気はするが、急いで構築しなくていい。

 今描いている図形だって、それなりに複雑なのに……そんなの目じゃないってほど線が込み入っている。


「たしかに……複雑ですね」

「今まで描いてもらっていたのは、魔力を聖属性変換するだけの単純なものだからね」


 あれのどこが単純なのか!

 描きはじめた当初はわたしの実力に見合わなくて苦労していた程度には、ばっちり複雑だぞぉ。腱鞘炎になるほど描きつづけた結果、慣れはしたけども。


「威力の規定や、収束、拡散なんかの指定もまじえるようになると、呪符でできることが増えるだろう? たとえばこれは、魔力を聖属性に変換しつつ、一点に収束させるための呪符だ。もちろん、ジェレンス先生や校長先生のような達人なら、魔力の変換後、ある程度は制御できる。でも、自分の属性ではない魔力の制御って、思うようにはいかないものだからね。そこを呪符でできれば、意識をほかのことに使えるから」

「なるほど……」


 理屈はわかる。……理屈はわかるが、呪符を描くわたしは大変っていうか、描けるか不安っていうか! 


「こっちは逆に、拡散させる効果がある。ほら、網を投げるみたいに使えると面白いかなと思って」

「そんなこともできるんですか」

「通す魔力量次第で強度も変えられて、面で敵の攻撃を受け流しつつ、収束できれば捕縛にも使える。うまく生捕りができれば、眷属の研究も進むしね」


 ああ……うん、そうだった。研究所ってそういうところだったな!

 ファビウス先輩があまりに親切なので忘れているが、本来は、魔法関連のものはなんでも実験材料としてしか見ていないような人材が集う場所らしいのだ。

 そりゃ、眷属も監禁して実験したいよね。

 なお、前回の吸血鬼はずっとデータとられてるらしいけど、存在自体が危険なので、あまり尖った研究はできないらしいよ。安全マージンがきちんとしてないと、実験計画書を提出しても差し戻されるだけなんだってさ。そのへんは、組織としてちゃんとやってるみたい。


「でも、どうでしょう……生捕りは難しいんじゃないでしょうか。こう、魔力が拡散するところまでは呪符で一気にできるとして、それを絞るのは……自分の属性でなくても、一瞬でできますか?」

「そこが問題だよね。運用してみないとわからないけど、拡散と収斂を両方組み込むとなると、呪符がちょっと複雑になり過ぎるからなぁ」

「これ以上、ですか」


 今ある見本でさえ複製できるか疑わしいのに……これより複雑なんて、無理では?


「うん、どうしてもね。指示が多いと呪符に組み込む内容が増えて、複雑化せざるを得ない。でも、呪符って複雑化すればするほど安定性が失われるんだよ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。図形を複数組み合わせることで、図形と図形のあいだに別の意味をもつ図形が生まれたりするから……その可能性をつぶしていかないと、思いもよらない魔法ができあがったりするんだ」

「つまり……すごく単純にいうと、一本線を三本描いたつもりが、三本線として扱われるとか?」

「そういうこと。あるいは、一本線と二本線で分けた効果になったりね。だから、呪符はできるだけ簡素にすべきなんだ。誤動作がないように、意図しない繋がりを生じさせない構成を考えないと……」


 なるほど。呪符開発って、そういう難しさがあるのかー!


「でも、すごいですね」

「そうだね、呪符には無限の可能性があるよ」

「いえ……そうじゃなくて。そんな呪符を描けるファビウス様が……すごいなって」


 ちょっと褒め返ししたかっただけなのに、なぜか顔が……顔が熱く! これ冬場の寒さ対策としていいかもな! ああー、なにこれもうほんと!

 ちらっとファビウス先輩を見ると、先輩も赤くなっていた。えっ、可愛い。


「うわ……。急に、すごく恥ずかしくなっちゃった」


 イヤァァァ! 可愛い!


「わかります。わたしもです」

「あと、リートがものすごく面倒だなって顔をしてるのが見える気がする」

「わかりたくないですけど、わかります」


 聖女にプライバシーはないが、聖女とつきあう者も同様になるのは、ちょっと……なんか申しわけないな。


「うん……話を戻そう」

「はい」

「これ見て、どう? 描けそう?」

「正直にいって、いいですか」

「もちろん」

「無理、とまでは申しませんが……描けると断言することもできません」

「そうか。よかった、安心した」

「え?」


 ファビウス先輩は、余裕を取り戻した笑顔である。


「描けると断言してたら、不安になったと思う。君が自分の実力を見誤ってる可能性があるから、そのぶん、気をつけなきゃいけない。もちろん、僕だけじゃなく……周りの皆がね」

「ああ……なるほど」

「無理だといわれたら、それも困っただろうね。結局、呪符なんて君の代用でしかないんだけど……それでも、代用品があるとないとでは、大いに違う。今後のことを考えても、確実に効果がある聖属性の呪符を安定して作るのは、必要なことなんだ。君自身にとっても」

「……はい」

「無理っていうのは、諦めるってことだ。君なしで呪符を作るとなると、秘密を明かす範囲を広げる必要がある。僕ひとりでは、描ける量に限界があるし……ジェレンス先生や校長先生には、ほかにやってほしいことがあるし」

「そうですね」


 考えてみれば、そもそも聖属性呪符が存在するってこと自体が、すごいポテンシャルだよな。

 過去の聖属性魔法使いたちには、呪符の援護なんてなかったはずだ。自分の身ひとつで、聖属性魔法を使って魔王や眷属と戦っただろう。

 でも、わたしには聖属性呪符がある。

 呪符を使えば、聖属性魔法を使える人間を増やすことができるし、それは戦術を根本から変えてしまうはずだ。


「まだ、この呪符の存在を明かしたくないんだ。……どう扱うべきか、確信が持てない状態ではね」

「いっそ、全世界に広めてしまえばどうでしょうか。そしたら、眷属との戦いで有利に立てるのでは?」

「一斉に広めるって、実は難しいんだよ。まず、各国の代表が集まるような場所、ごまかせない状況を用意しなければならない」


 あー……なるほど!

 さすがにわたしにもわかるぞ。一国だけを相手にプレゼンしたら、その国が独占しようとするだろ、ってことだよな。


「もっとも、あまり猶予はないんだけどね……東国セレンダーラで使ってしまったから。あのときは、呪符がなければ巨人に防衛戦を突破されていただろうから、ほかに選択肢がなかった。巨人に貼ったものは事後消滅まで組んであるし、防護柵に使った方も処理を依頼した。でも、ハーペンス師は当然、僕が処理を依頼した理由を察するだろうし、実際に効果を見てるからね……まぁ、このへんのことはもう、考えてもしかたがないな」

「えっと……草の根運動というか……市民の皆さんに教えるのは?」

「呪符は魔力を持たない者でもある程度は使えるけど、聖属性の呪符は『魔力の属性を変換する』ものだから」


 ……そうね。平民は魔力ない民がほとんどだから。


「平民では呪符を扱えない、ってことですね」

「実効性のないものを配っても、どれだけ支持を得られるか、理解してもらえるかは難しいところじゃないかな。大気からの魔力取り込みも可能は可能だけど、眷属相手になんらかの効果を及ぼすほどの出力は得られないはずだし」

「つまり、たとえ呪符があったとしても……眷属との戦いで聖属性を使えるのは、魔法使いだけ、ってことですね」

「そうなるね」


 換言すると、ほぼ王侯貴族の皆様だけ、という意味でもある。


「わたし、魔道具に憧れてたんですよ――」


 前世の記憶が戻る前のことだ。今のルルベルよりも純真だった頃。

 魔道具の多くは容易には手に入らない高級品で、でも――平民が魔法を使うための、唯一の手段だった。


「――だから、魔道具は平民にも使えるものであってほしいです」

「上流階級に独占させたくない、ってことだね?」

「あ、いえ、そんな大袈裟な話ではないんですけど」

「いや、君の意見はもっともだと思う。今後のことを考えるとき、参考にするよ。ありがとう」

「でもファビウス様、今夜はもう考えちゃ駄目です。そろそろ、お休みになってください」

「わかった。そうだね、もう寝ないと」


 ファビウス先輩は、わたしの手をとって立ち上がらせてくれた。そして、少し顔を近寄せてささやいた。


「今夜はもう、君のことだけを考えるよ。おやすみ、ルルベル」


 はい無理、もう無理、まるで無理ー!

 一瞬で真っ赤になって硬直したわたしの指先にくちづけると、ファビウス先輩は中庭を出て行ってしまった。


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