247 ええい、口から出まかせッ!
手の中で温めるように――あるいは、手を温めるように両手でカップを持ったファビウス先輩は、なんだか迷子の子どものようだった。先生がたとの会合では、あんなに落ち着いて、しっかりして見えたのにな。
「位置を計算なさってるって、おっしゃってましたね?」
「そう。封印中の魔王は物理的な法則にとらわれないから――前回封印された場所に、そのまま存在するわけじゃない。封印とは、魔王の実在を喪失させることなんじゃないかと思う。物理的に観測できない存在にする、というか」
「つまり……さわれないようにする?」
「そういうことだね。僕らも魔王にふれることができないけど、向こうも同じだ。世界に直接的な影響を与えることが不可能になっているわけだけど、だから逆に、場所にとらわれなくなってしまう。そして、復活場所が読めなくなるわけだ」
「なるほど……」
封印した場所からおとなしく復活してくれるなら、注意すべき場所がわかって便利なのになぁ。
前回封印時に現場にいたエルフ校長なら、正確に教えられるだろうし。根に持つ長命種の利点がまったく活かせない、魔王復活の特性よ……。なんて残念なの!
「魔王を封じると眷属の力が弱まり、討伐しやすくなる。殊に、魔王封印直後は弱体化が激しくて、与しやすい。……とはいえ、全滅させることはできない。生き延びた眷属が少しずつ魔力を集め、それが魔王のもとへ集約されて、次の復活に通じてしまう――では、全滅させれば魔王の復活もなくなるのか? ってことについて考えているんだ」
「それは……なんていうか、現実的じゃないように感じます」
理屈で考えれば、魔王に魔力を供給する眷属が完全に消えれば復活は不可能なのではないか? と思う。でも、全滅させるっていうのが難しい。
「そうだね……まぁ、ただの思考実験に過ぎないことは認めざるを得ないな」
「あ、すみません。せっかく考えてらっしゃるのに、否定するようなことを申し上げて」
「気にしないで。どうせ、止められてもまた考えてしまうから」
お、おぅ。そういう「気にしないで」も、なんか珍しいな! でも、なんとなく納得しちゃう。ファビウス先輩らしい、というか。
まぁ、気にしないでっていわれたから気にしない感じの応答を……なにかしなきゃ。
「魔王が完全に消滅したら、聖属性魔法使いも生まれなくなるんでしょうか?」
「ああ、聖魔均衡論か。……それも興味深い問題だよね。当事者の君を前にして、こういう表現もどうかとは思うけど」
気にしないでの意味をこめて、にっこりしてみた。
いやでもファビウス先輩って実はけっこう気にするタイプだから、なにかもっとこう……注意を逸らすような話をしなきゃ。
ああ〜、さっきから会話に対する切迫感がすごいな、なんだこれ!
「聖と魔がこう……天秤の両側にあって均衡がとれるように世界ができているなら――」
「いるなら?」
なにも考えずに口走ったのに、つづきをうながされたわたし、ピンチ!
ええい、口から出まかせッ!
「――なぜ聖属性魔法使いには眷属がいないんでしょう?」
ファビウス先輩は、眼をしばたたいた。
あっ、興味ありそう? よかった。口から出まかせなので……わたしはこれ以上の意見もなにもないけども!
「それは……人間は、そうだな……君はどう思う?」
「えっ? 人間が、なんです?」
「魔王にとっての眷属のような存在として、人間をとらえられるかどうか、って話だよ」
「えっと……?」
口から出まかせだったことがバレてしまうぅ!
「つまり、人間の活動から魔力を得てるような感覚って、ある?」
「ないです」
おっと、食い気味に断言しちゃったよ。
「そうだろうなぁ……」
「厳密には、よくわからないですけど。わたしは現在、魔力感知が全然ですし……それ以前も得意ではなかったですから、知らないあいだに魔力を受け取っている可能性はあります。でも、人間ってたくさんいますけど、わたしの魔力量はべつに……」
「まぁ、多くはないね」
魔力量については、わたしよりファビウス先輩の方が詳しいくらいだろうな。数字とりまくってるし、記録もつけてるみたいだし。
「あ、そういえば……」
「そういえば?」
「最近、聖属性魔法使いにとっての眷属みたいなものかも、って考えた記憶が……」
「人間が?」
「いえ、エルフが」
くだらないこと口走っちゃったな、と思ったのだが。ファビウス先輩は、それは大発見! みたいな顔である。
「ルルベル、その思いつきは面白い」
「いや、校長先生があんまりその……だいじにしてくださるので」
「そう考えると、聖魔の戦いは消耗戦だし、厳しくなるばかりだな」
「……はい?」
「往古に比して、エルフは数を減らしているからね。聖者の眷属がエルフだとするなら、聖属性を集め、束ね、還元するための存在だろう? それが減っているということは、力と力で正面からぶつかったら――」
そこまでいって、ファビウス先輩は言葉を切った。あまり好ましくない流れだと感じたのだろう。
でも、ここまで来ちゃったなら、もう声にするかしないかの差でしかないよ。
「――押し負ける。そういうことですね?」
「根拠に乏しい憶測でしかないけど」
おかしい。
すべり出しはイチャイチャするのを我慢しなきゃみたいな場面だったはずなのに、なんだこのシリアスな流れ!
まぁ、おかげで我慢は簡単になったな! ポジティブに考えよう!
「エルフって、どうして減ってしまったんですか? ほぼ不老不死みたいな存在なのに」
「不老不死に近いだけで、死なないわけではないからね。人間と同じ病気には罹らないし、怪我も治りやすい。たぶん――これは僕の勝手な仮説なんだけど、物理的な存在としては薄いんだ。だから、都合よく状態を書き換えやすい」
「……はい?」
えっ。なんの話?
「校長先生を見ているとわかるんだけど、身体はほとんど魔力でできている」
「……えっ」
「魔王が封印されると物理的な存在じゃなくなる、って話したよね? つまり、魔王は物理的な存在から非物理的な存在に遷移するものだってこと。エルフも、それに近いんじゃないかと思ってる」
「でも、身体はありますよね?」
「あるよ。ただ、人間とは存在の次元が違うと感じるんだ」
「存在の次元……」
「僕らはこの肉体に縛られて、地上を歩む生き物だけど。エルフは違う。気が向けば、身体をほどいて風に乗り、万里を翔けることもできる――と、いわれている。実際どうかは、知らないけど」
風に乗り、万里を翔ける……だけ聞くとかっこいいけど、体をほどくってどういうことだ。実体がなくなるってこと? えっ、エルフってそこまでこう……違う生き物なの?
じゃあ、エルフの血が混ざってるリートとかはどうなんだろう。
いや……リートは魔力量が乏しいはずだから、身体が魔力でできてる、なんてレベルじゃないだろうな。ちょっと訊いてみたいけど、地雷踏みたくないしなぁ。まぁ、やめておこう。
「そういえば……きちんと覚醒した聖属性魔法使いがいるだけで、エルフは力が増すとかなんとか……先生がたも、おっしゃってました」
「うん、僕も聞いたことがある。校長先生は? そういう話をしたことはない?」
「……あります」
わたしたちは、顔を見合わせた。ロマンティックな感じとは無縁な雰囲気で。
「もしかして、ひょっとしちゃいますかね?」
「だとすると……これは希望的観測だけど」
「なんでしょう」
「ルルベル、君が聖属性魔法使いとしてのつとめに熱心であるほど、エルフの力も強化されるんじゃないかな? はっきりいって、最近の校長先生の魔力、ちょっとおかしいよ」
「ちょっとおかしい……」
「計測してみたいくらいだけど、あのひと、許してくれないからなぁ」
「わたしがお願いしてみましょうか?」
「え」
ファビウス先輩が、ものすごくマジな顔になった!
ほんと、データとるの好きだよな……。
「……うん。すごく興味はあるけど、やめておこうかな」
「なぜですか?」
「君を、エルフに取られてしまいそうな気がするから」
そういってわたしを見る眼は、ああ〜、吸引力! 吸引力の落ちない魔性アイ!
「だ……大丈夫ですよ」
「なんで自信なさそうなの」
「自信なくはないですよ……自信あります」
ファビウス先輩は笑って、吸引力が薄れた。
「自信がある口調じゃないなぁ、それ」
でも、大丈夫ですよ。だって、わたしはファビウス先輩と一緒にいたいから――って、言葉にはね。ちょっと、できないですね!
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