244 悪口雑言が服着て歩いてるみたいなやつ
その後、見せたいものがあるとかで、ファビウス先輩がエルフ校長とジェレンス先生を書斎に連れて行ってしまい。結果、リートとわたし、そして光学迷彩忍者だけがその場に残された。
う〜ん、話題がない!
「帰ってもいいだろうか」
光学迷彩忍者の問いに答えたのは、リートである。
「駄目だ。君は今、ルルベルの護衛の一翼を担っている」
へ?
わたしと光学迷彩忍者は顔を見合わせた。
「そのような話は聞いていない」
「関係者がこれだけ集まっていれば、くだんの吸血鬼なら一網打尽を狙いかねない。その程度の知略と実力はある相手だ。その場合、あっちの三人は気遣う必要がないし、君と俺も自分が逃れるだけなら容易だろう。問題は、ルルベルだ」
ひとことでいい。いわせてくれ。
「……一応、吸血鬼に特効のある聖属性魔法使いですが?」
「君はまだ魔法使いと呼べる段階に達していない」
出たー! 達していない! 魔法学園の流行ワードかよ。これ、総合魔法……なんだっけ? 総魔演のときにも、ジェレンス先生にいわれたよな〜!
「そりゃ、今はちょっと……だけど」
「今も全然、の間違いだろう」
「失礼ね。これでも、魔力覆いくらいはちゃんとできてるはずだよ」
「はず、では困る。それに、その程度のものでは強力な吸血鬼を阻むことはできない。君の隙をついて動揺させれば、容易に崩れる防御だ。ゆえに、護衛も人数が必要だ」
ここで、リートは光学迷彩忍者の方に話を向けた。
「ファビウスが殿下から君を借りたのは、そのためだろう。違うか?」
光学迷彩忍者の表情が、少し、動いた。……あっ、これは正解をぶち抜いたか。
「この会合への派遣と解釈した」
「本気でそう思っているのか? 話し合いに同席するだけで、君がなんの役に立つ? 新たな情報を握ってもいなければ、豊富な知見を提供できるわけでもないのに」
リートが容赦なく光学迷彩忍者を攻め立てはじめた。……リートよ……わたしは慣れてるからもう失礼ねとかイラッとするわとかで済ませることができるけども、光学迷彩忍者は……大丈夫だろうか?
いやこれ駄目じゃない? こめかみのあたりが、ぴくぴくしてない?
ん? 光学迷彩忍者、なんか口の中でぼそっとつぶやいたぞ?
「なるほど」
リート! 聞こえたのかリート! 生属性魔法、便利過ぎるだろ!
「俺の使命は、殿下をお守りすることだ」
今度ははっきりと、光学迷彩忍者が断言した。
リートは黙って相手を見ているが、こう……ふ〜ん、へぇ〜、みたいな顔だ。意味わかる? つまり、馬鹿にしてる雰囲気だよ!
これがまた、光学迷彩忍者を苛立たせたらしい。
「こんなところで、卑賤の――」
ここまで喋ったところで、光学迷彩忍者は口をつぐんだ。さすがに、ちょっとまずいと思ったんだろう。
卑賤かぁ……。わたしのことだよなぁ。そりゃ底辺平民だから、卑賤で間違いないけども。聖属性原理主義者のエルフ校長が席をはずしてて、よかったわね? とは思わなくもない。
と、リートが口を開いた。
「聖女様。このかたには、帰っていただきましょう」
……いやいやいや、やめてよ! 聖女様呼びとか、絶対なんかたくらんでる系じゃん!
「それを決める権利、わたしたちにはなくない?」
「この者は聖女様を見下しております。そのような認識の者に、護衛がつとまるはずがありません。いざというとき、役に立たないでしょう。卑賤の者であれば見捨ててもよしとして、自身の落ち度さえ糊塗しかねない。信用できません」
光学迷彩忍者のこめかみが、マジでびりびり震えてる。意外と煽り耐性低いんだな……。ていうか、わたしを見下してたら護衛の資格ないなら、リートこそが全然資格ないだろ!
……と、ここまで考えて、わたしは見破ったね。リートの狙い。
うまいこと煽って、そんなにいうならやってやる! って流れでしょ。
「俺は王宮騎士団の団員だ。我が名を辱めることは、許さん」
「王宮騎士団? 聞いて呆れるな。その名にどんな意味がある」
「貴様、王宮騎士団の栄えある名を――」
「ここで必要とされているのは、聖女の守り手だ。君はそれに値しない。見下げ果てた屑だ。護衛のくせに危機意識もない、視野も狭い、しかも守りたいものは自分の名誉か。何回でもいおう。見下げ果てた屑だ。要は、まったく使えん。さっさと帰れ」
……あれっ?
ちょっと待ってくれ。これは煽り過ぎではないか? もっと手前で、うまいこと調整するんじゃないの?
「待って、リート。言葉が過ぎるんじゃないの? 実際、わたしは平民なわけだし。平民の護衛なんて、王宮騎士団の騎士様のお役目とは、かけ離れてるに違いないでしょう。だったら、当然の反応じゃない?」
「だが、ローデンス殿下はこいつを信じて君の身の安全を委ねたに違いないんだ。君だって、逆の立場ならやるだろう。まぁ、君は俺の雇用主ではないが……いちばん危険なのが殿下だと考えたら、自分のことはいいから行って殿下を守ってくれ、と主張するに違いない。君はそういう人間だからな。そして俺の知る限り、殿下もそうだ」
「いや、そんな仮定の話で」
「未来の話は、すべて仮定に過ぎん。そして、護衛とはあらゆる未来を仮定し、すべてにそなえる業務だ。こいつはそれができていない。あるじの考えを推しはかることさえ、放棄している。これでは、ただの肉壁だ」
……いいおった! 肉壁とか!
「リート、黙りなさい! さすがに無礼でしょう……肉壁だなんて」
あっいかん。衝撃のあまりリピートしてしまった。
こわごわ、光学迷彩忍者に向き直ると――ああ〜、これもう駄目じゃない? 完全に、青筋立ってる! 殺気立ってもいる! 護衛どころか殺されそうな勢いですよ、これどうすんの。
「あの……ナヴァト様? リートがその……口が悪くて、すみません。リート、謝ってよ。ほんと、謝って!」
「なぜだ。気づかせてやったんだぞ。俺の指摘で蒙を啓くことができれば、護衛としての腕が上がる。感謝してもらいたいほどだ」
……誰かこれをなんとかしてくれ! この! 悪口雑言が服着て歩いてるみたいなやつ! しかも、いってることが妙に正しいから手に負えないタイプ!
「どうしたの?」
ファ……ファビウス先輩……後光がさして見える!
後ろから、教師陣もやって来た。見せたいものとやらについての話は終わったのか。
「リートが口の悪さを最大限に発揮して、ナヴァト様に失礼を……」
「こいつがルルベルを卑賤の出だとぬかしたからです」
……あっ。
はいやめて、もうやめて、ほんとやめて!
「ルルベルを?」
ほらぁー! エルフ校長がさっそく圧をかけはじめた!
おまえ絶対わかっててやっただろ! ……と思ってリートを見ると、視線が合った。とくに表情は変わらんけども、底意地の悪さが透けて見えるぞ! ほんともう……ほんっと! なにがしたいんだよ、リート!
「ローデンスは護衛にどういう教育をしているんでしょうね」
「あいつは自分がまず適切な教育を受けるべきだろ……ファビウスに頼らず」
ジェレンス先生も! 光学迷彩忍者の逆鱗にふれるような流れにしないでほしい!
かるく、ため息をついて。ファビウス先輩が前に出た。あ〜、たのみますお願いします、さすファビでよろしくです!
光学迷彩忍者も、さすがにおとなしくなったよね。一応、相手は王族――今は東国の王籍は離脱したけど、それでも我が国の前王太子妃の実弟であることに違いはない。
「ローデンスは、わかってくれたよ。この国を守るためには、まず聖女を守ることが肝要だとね。だから、君を寄越してくれたんだ。でも、残念だな。君はローデンスの信頼にも、僕の期待にも値しなかったようだ」
……待って! 待って待って、まさかファビウス先輩まで!
ちょっと待ってー!
「一方的です! ナヴァト様がお気の毒に過ぎます!」
ただのリートの毒舌の被害者だぞ!




