243 とりあえず魔法で殴り勝つ! って感じ
その晩、ファビウス先輩の研究室に吸血鬼対策チームが集まった。
メンバーは校長先生とジェレンス先生。あとはもちろん、研究室のあるじファビウス先輩と、聖女のわたし。護衛のリートも添えられている。
そして珍しいことに、光学迷彩忍者がいた……。えっ、なんで?
そう思ったのは、わたしだけではなかったらしい。
「なんでナヴァトがいるんだ?」
「僕が呼びました」
ジェレンス先生の質問に答えたのは、ファビウス先輩である。
「ローデンスからひっぺがせたのか、こいつ? 俺が特訓してたときは無理だったぞ」
「そのローデンスに命じてもらったんですよ。彼には貸しがあるので」
「なんだなんだ、どういう貸しだ」
「試験勉強を見てやったんです。次もまたよろしく、といわれましたよ」
「王子の正答率が急に上がったと思ったら、おまえだったのか! ……待て、スタダンスもか?」
「そうですよ。皆、僕に気軽にものをたのみますけど、貸しは返してもらう主義です」
こんわ。……気をつけよう。
「気をつけねぇとな」
ジェレンス先生と同じ感想……なぜか負けた気分である。
……と、ファビウス先輩がわたしを見てにっこりした。えっ、なに? なんなの!
「もちろん、ルルベルは別だよ。取り立てたりしないから、なんでもたよってね」
ひぃ。その笑顔、なんか怖いんですけど!
「いやそれ疑わしいだろ。信じるんじゃねぇぞ、ルルベル」
「ひどいな先生。生徒のことを疑うの?」
「おまえはもう生徒じゃねぇんだよ。都合次第でころっころ立場変えんな。……で、ナヴァトの役目は?」
「稀少な光属性を吸血鬼に当てたいので、前段階からの情報共有を、と。ナヴァト、吸血鬼の情報はどれくらい入ってる?」
「先だっての舞踏会に魅了された者が入り込んでいた、という程度のことは」
相変わらずイケボであるが、発言内容はショボい。ファビウス先輩が、手早く現状――吸血鬼の脅威度や判明している手口などを説明した。
王都の地図上では、今日も色属性魔法が効果をあげている。時系列、人数、吸血の程度などなど、確認したい要素をいえば即表示。これ便利過ぎん?
最新の状況まで説明し終えたところで、ジェレンス先生が尋ねた。
「塒は絞れそうか?」
「無理ですね。前回の吸血鬼の行動を分析したものと比べてみましたが、まるで参考になりません。前回の吸血鬼の場合、被害が出た場所は固まっていて、塒はその近くでしたが……」
「今回は、完全に散らしている。意図的な誘導さえない」
そう断言したのは、エルフ校長だ。
無二の親友であったロスタルス陛下に賜った土地を吸血鬼に穢されたとあって、殺意っていうか戦意っていうか……まぁそういうのが半端ない。
「誘導するとしたら、こちらが痺れを切らすまで追い込んでから、自分に有利な場所に……でしょうね」
「めんどくせぇな。さっさと出て来りゃ相手してやんのに」
「たぶん、それじゃないですか」
「それ?」
「年を経た吸血鬼が、ここまで警戒している理由ですよ。校長先生にせよ、ジェレンス先生にせよ、ここには強力な魔法使いが揃っている。相手はそれを把握してるんです。しかも、聖属性魔法使いではないはずなのに、聖属性の浄化ができる――呪符を使っているとまで推察しているかどうかはわかりませんが、手段はともかく、聖女以外であっても聖属性魔法を使えることは理解しているでしょう。だから、用心している」
ファビウス先輩の説明に、ジェレンス先生は顔をしかめた。
「用心しながら、こっちを刺激してんだな」
「そういうことです。冷静さを欠くまで待つつもりでしょうね。相手は事実上不死の長命種です。持久戦なら、お手のものだ。このやりかたなら、彼は食事には困らない。それに、被害が広がればさすがに隠しきれなくなって、こちらが動かざるを得なくなる可能性も高い」
「実際、警備隊で噂になっています」
口を出したのは、光学迷彩忍者である。王子の護衛をつとめているだけあって、そっち方面に知人がいるのだろう。
「ルルベルを研究室から出しても、すぐには食いついて来ない。ほんとうに、用心深いです」
「だからまだ滅びていないのだ……あれを長命種と呼ぶのはやめてほしい。命ではない。形をとった、不滅の悪意だ」
重々しく、エルフ校長が告げた。
不滅の悪意……。まぁ、善意の存在じゃないのは確実だよな。
「校内のことだから気づいていないという可能性は?」
リートの質問に、ジェレンス先生が肩をすくめる。
「いや、気づいてはいるだろ。魅了した人間を潜伏させてるのは間違いない。たまに、そういう魔法の気配を感じる」
「特定は?」
「無理だな。気配が薄過ぎるんだ。たぶん、利用するまでは本人にも気づかせないような手法だろう。俺は吸血鬼には詳しくないが――」
ジェレンス先生が視線を向けると、エルフ校長がうなずいた。
「ええ。過去に例があります。本人は吸血されたことはもちろん、魅了されたとも気づかないまま過ごし、いざというときには使い捨てられる」
「使い捨てられる方が幸せかもしれねぇな。気に入られて眷属に引き入れられるよりは」
「ですが、だいたいは危険なことをさせるために使うわけですからね」
嫌な感じの沈黙が室内を支配した。
つまり……使い捨てって、命を使い捨てるって意味なんだな。
「そんなこと、させたくないです」
思わず口を挟んでしまう。じゃあ頑張れよって話だが、わたしができることって今のところ、囮として歩き回る一択なので……。そういう意味では、すでに頑張っているのである。
あっ、あと呪符を描くのと、魔力玉を作ってリートに渡すことくらいか……。
「大丈夫だよ」
小さく答えて、ファビウス先輩はうなずいた。
うん、かっこいい……かっこいいとか考えるな! 今、そういう場面じゃないから!
でも容赦なくかっこいいファビウス先輩は、ジェレンス先生やエルフ校長に向かって宣言した。
「明日はルルベルを研究室から出しません。そういう日もあることを把握させるためです」
「……つまり、餌が近くに来たらさっさと食いつけって煽るわけか。いつでもいるわけじゃねぇからよ、ってことだろ? こっちも気長にやるのか? 相手と同じ戦術じゃ、うまくいかねぇぞ。向こうの方が上手に決まってる」
「同じ戦場、同じ戦術で戦っていると錯覚させて、こちらが狙っているのは即決です。スタダンスに話をつけて、ノーランディア侯爵家の荷物のやりとりを期間を絞って調べ、吸血鬼が運び込まれたと思しき候補を抽出しました」
「……えっ? 吸血鬼って、またスタダンス様の家の荷物で来たってこと?」
わたしの問いに、ファビウス先輩はうなずいた。
「その可能性が高い。というより、間違いないと思ってる」
「自分で旅をして来るわけじゃないの?」
「吸血鬼は戸外を嫌うんだ。日光に当たりたくないからだろうけど。長距離の移動は、仮死状態で運ばれるのを好むものらしい」
わたしだったら絶対に嫌だが……仮死状態で運ばれるのとか!
「魅了した人間に運ばせるのですよ」
エルフ校長は、穢らわしいといわんばかりの口ぶりである。ほんとに嫌いなんだなぁ、吸血鬼。
まぁ、わたしだって嫌いだけども。会いたくないし、存在していてほしくない。
「各種の記録と校長先生の記憶を照合したところ、問題の吸血鬼が眠ったのは――つまり、前回の魔王封印にともなって力が弱まり、姿を見せなくなったわけだけど、さいごの目撃場所は西国で間違いない。そして、西国からの貿易のほとんどを担っているのが、ノーランディア侯爵家なんだ。量の面でもここを疑うべきだし、侯爵家の荷物だと、関所での検査が甘いというのが最大の理由だね」
な、なるほど……。やっぱりあるんだな、そういうの。
「運び手はもう調べましたか」
「特定したのが今日なので、まだです。お願いしても?」
「僕が行きましょう。魅了を解いていいですね?」
「ええ。こちらも、奴を焦らせる必要がありますし。お願いします」
何回もいうが、ファビウス先輩ってわたしと同い年だよな? ……なんで大人たちを仕切ってんだ。
いやでも、エルフ校長とジェレンス先生って、わりと狂戦士タイプっていうか。なまじ魔法使いとして高レベルなせいか、とりあえず魔法で殴り勝つ! って感じだよな。計画性がないのか。
……いいのか? 王立魔法学園の教師陣、いいのかそんな脳筋で!
明日(2023年6月23日金曜日)の更新はお休みします。
次の更新は、月曜日の予定です。




