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241 困ってから考えればよくない?

「恋愛って、どうしようもないからねぇ」


 ウィブル先生にいわれて、今の自分ならわかるな、って思う。

 どうしようもない……ってことは、やっぱりこれって……恋ってやつなのかな。

 シスコとふたり、恋したことがないからわからない〜って話してた頃は、こんな風になるとは思いもしなかったけど。


「それじゃ困るんです」

「困るわよねぇ。でもルルベルちゃん、すっごく警戒してるみたいだけど、なんとかなるんじゃない?」

「なりませんよ……」

「いいえ、なるわ」


 力強く断言されて、わたしは顔を上げた。

 ウィブル先生は真顔である。つまり、マジのガチの意見なのだ。


「無理です」

「そんなことないわよ。……ねぇ、恋をしてるのは、ルルベルちゃんだけじゃないのよ? 今、この世界に生きていて、恋愛中なのが何人かなんてわからないけど、たくさんいるはずじゃない? それは、認めるでしょ?」

「はい」

「で、たくさんの恋人がそれぞれの仕事を放り出してるように思える? 社会がうまく回らなくなってたりする?」


 皆、立派にやってるんだなと思う。

 でも、わたしはできる気がしないんだよ。全然、駄目。無理。


「ファビウス様は、おやさしいから……わたしを甘やかしてくださると思います」

「それは否定できないわね」

「でも、甘やかされたらわたしだって、調子に乗ります」

「調子に乗ればいいじゃないの」

「よくありませんよ。わたし、ただの下町のパン屋の娘です。貴族の皆様とは、生きてきた場所が違うんです。常識とか……考えかたとか。なにもかも。たとえば今日、同じ組のお嬢様たちと昼食をご一緒したんですけど、とにかく考えかたがわからなくて……話の途中で笑うところも、わからないんですよ」

「笑うところ?」

「そうです。たぶん、皆さんがご存じの笑いなんです。フレーズなのか、なんなのかわかりませんけど……」


 厳しい伯母様の話以外にも、いろいろあったわけ。えっこれ笑うとこなの? ……みたいな場面がね。

 前世日本っぽくいえば、昭和世代のギャグが令和世代には通用しないようなものだ。

 常識って、集団ごとに違うじゃない? そしてそのギャップを埋めるのは難しい。


「上流のかたがたが教養として身につけているものも、わたしはなにもわからないです。だから、上流の皆さんから見たら突拍子もないことをするでしょう。短期間ならいいですよ。それも、ほかのひとと違う魅力、みたいなことになると思います。今日も、皆さんわたしのことを褒めそやしてくださいました。でも、わたしは……自分は違うんだな、って感じてました。居場所がないな、って」

「ああ……そうね。わかるわ」


 ウィブル先生も平民だからか、思い当たる節があるような表情だ。

 王立魔法学園では、平民は少数派だ。いたとしても、上流寄りの平民だろう。ウィブル先生はたぶん、そっちなんじゃないかと思う。わたしのようなコッテコテの下町庶民が入学する機会なんて、滅多にないだろうし。


「ファビウス様も、住んでる世界が違います。今、その……『す』であっても、一緒にいたら、いろいろ困ったことになるんじゃないかって」

「そうねぇ……それはそうだけど、困ってから考えればよくない?」


 わたしは眼をしばたたいた。

 ウィブル先生にしては雑な意見じゃない?


「困りたくないです」

「うん、それはわかるわ。わかるけど、困りたくないからって立ち止まってたら、なにも変わらないわ。むしろ、こっちの常識を相手に教え込んでやる! くらいの心意気でいればいいじゃない?」

「教え込んで、どうするんです? 下町の常識なんか」

「なにいってるの、ルルベルちゃん。貴族は平民の文化を知るべきなのよ。それを知ろうとしないのは罪よ。わかる?」

「いえ……いや……えっと、理屈としてはわからなくもないですけど」


 前世日本人の常識を適用すれば、まぁわかる。でも、ルルベルとしてこの世界で生きてきた実感を踏まえると、無理だろって感じ。

 そして、無理だろってことをウィブル先生が主張するのが、びっくり。


「そもそも、生命としてはどっちも同じよ。ただの人類。尊い血が流れてる〜、もなにもないと思うわ。アタシがいうんだから、間違いないわ」


 国一番の生属性魔法使いの太鼓判ね……うん、そりゃ説得力はございます。

 でも、階級社会に真っ向から喧嘩売ってるのか、みたいな発言ですね!


「たとえそうでも……生まれも育ちも違うな、って。わたしは思っちゃいます」

「育ちは違うわね。でも、ヒトという種であることに違いはないの。ルルベルちゃん、あなたは義務とか使命とかに熱心だけど、だったらこれは躊躇しちゃいけない場面よ。むしろ、歩を進めるべきところよ」

「でも先生……」

「でも、なに?」

「居場所がないって感じながら、そんなに頑張れません」

「そういうときこそ、ファビウスに慰めてもらえばいいじゃないの。甘やかしてもらいなさいよ。きっと喜んで支えてくれるわ」

「ファビウス様も、貴族ですよ」


 ていうか、本来は王族だよ!

 住んでる世界が違うどころの騒ぎじゃないよ!


「そんなの知ってるわよ。でも、だからなに? 好きになったんなら、相手を信じなさいよ。信じて、たよればいい。信頼に応えてくれなかったら、そのときは嫌いになれるかもしれないじゃない」


 信じて、たよってほしい――いかにもファビウス先輩が口にしそうなことだ。

 まさかこの場面で、ウィブル先生にいわれるなんて。


「そんなことして、ファビウス様にご迷惑をおかけしたら」

「ちょっと迷惑かけられたくらいで嫌な顔するような男、こっちから願い下げ! って、いってやりゃいいのよ」

「嫌われちゃいます!」


 思わず悲鳴のような声が出た。

 すると、ウィブル先生はにっこりした。あっ、まぶしい。


「それが本音」

「……え」

「嫌われたくないんでしょ、ファビウスに」


 違う……と、口にしようとしたけど。

 できなかった。

 ……わたし、なんなんだろう、ほんと。

 いっそ嫌ってほしいとか思ってたはずなのに……でも、そうだ。嫌われたくないんだ。身分が違うとやっぱり話が通じないね、みたいなことも、いわれたくないんだ。

 わたしって、おもしれー女枠じゃん? だけど、そういうのって新鮮なおどろきがあるだけで、慣れると駄目だと思うのよ。

 つまり、わたし……飽きられるのが怖いんだ。


「嫌われたくないって思うのはね、当然よ。ただ、認めないのは意気地がないわ」

「……はい」

「しょんぼりしないで」


 ウィブル先生は、握った手に少しだけ力をこめた。

 相談に乗りながら治療も進んでいたようで、気がつくと手のだるさが消えている。でも、心はぐちゃぐちゃだ。


「ルルベルちゃんの話はね、ぜんぶ、ほんとのことよ。アタシは信じる。皆に応援されたから頑張らなきゃって思ってるのも、本気でしょ? 平民は上流階級の人間とわかりあうのは難しいっていうのも……わかるわよ。すごく、わかる」

「ありがとうございます」

「でも、だからこそよ。ルルベルちゃんが勇敢で、聖属性魔法使いとしての使命を真面目に考えてて、皆の役に立ちたいって思ってるから――そういうところも含めて、ファビウスだってルルベルちゃんのことを好きなんでしょ?」

「え、違います」

「……違う?」

「ファビウス様は、おやさしいですから……わたしがその、好意を寄せてると知ったら、断ったりはなさらないですよね? それだけでも、ご迷惑だろうと思います」

「……」

「あんな親切なひと、ほかに知らないです。研究の邪魔だろうに、ずっと研究室に置いてくださってますし、あまり仲がよいわけではないお姉様に後ろ盾をお願いしてくださったり、あと、わたしが気がついていなかったのに、うちの家族も守られるように手配してくださったりして」

「ルルベルちゃん……」


 ウィブル先生は、長いため息をついた。

 それから、こういった。


「それ、あなただから親切なんだと思うわよ?」

「そうですよね。わたしが聖女だから、特別扱いしていただけてるんです。ちゃんと、わきまえないといけないと思います」

「おやめなさいな、わきまえる、だなんて。しかしこれは……根深いわねぇ。……まぁ、リートが外で待っているようだから、恋愛相談はここまでにする?」

「そうしてもらえると助かります」


 さすがに、リートに聞かれるのは嫌だし! こんな話題!


「なにかあったら遠慮せず話しに来て。約束よ?」


 こんな台詞とともにウィンクするのが似合ってるあたり、さすがウィブル先生である……。


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