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24 校長の部屋を表現するのに語彙がたりない

「この部屋に人を入れるのは久しぶりだな」


 ……ひぃぃ。と首を縮こめているわたしは、エルフ校長の部屋にいる。

 学園内の食堂に行くものだと思ってたんだよね、そりゃ思うよね? 誰だって!

 でも、案内されたのは校長室の奥にある書棚……の形をした隠し扉の向こう。えっそれドアなんですか、うっそ、かっこいい! とテンション上げる暇もなく移動をうながされ、なんだか妙に身体がふわっとしたとは思ったんだけども……。


「たいへん結構なお部屋で……」


 ほかに、なんていえばいいの。

 足を踏み入れた部屋は多角形……数え間違ってなければ十二角形。天井はドーム型で、それは美しいステンドグラスだ。壁も互い違いに窓、ドア、窓、ドア――ひとつだけは、ただのアーチだ。つづき部屋に行けるようになっているらしい。窓は大きくて、空と緑がよく見える。

 ……校長室からこんなん見える? 一階だったはずだけど。これ転移魔法とか使ってない!? 使ってるよね、絶対!

 ここどこー!?


「よかったら、外の景色も楽しんでください。僕の故郷――エルフの里です」


 ……エルフの里という言葉に頭がついていかないので遠慮したい気もちが半分、そんなもん見るに決まってますよねと鼻息荒く突進する気もちが半分。結果、わたしは適度な歩調で窓に歩み寄ることになった。

 空はただ青いのではなく、空気に金粉が混ざっているみたい。きらきらしてる。濃いのから薄いのまで、あるいは青っぽいのから黄色っぽいのまで、多種多様な緑の葉が一面を覆う森の世界。巨大な樹のあいだにまたたく灯火は、そこに建物があることを教えてくれる。そこは森であり、街であり――それがエルフの里なのだった。


「綺麗……」


 わたしに詩人の語彙があれば! なにかもっと感想がいえたと思うのだが、残念ながら、わたしは徹頭徹尾パン屋の娘であった。今この瞬間さえ、エルフってパン食べるのかな、などと考えている程度には。


「たまに、息抜きにこうして帰るんですよ。ああ、この部屋の扉はいろいろな場所に通じているので、迂闊に開けないように。帰りも僕にエスコートさせてください」

「たとえばどこに通じてるんですか?」

「滅びの山や、海底神殿といったところです」


 滅びの山とは、おとぎ話でしか聞いたことがない場所だ。魔王が生まれたのは、そこらしい。極寒の世界なので、魔法学園の制服で行ったら簡単に凍死できるだろう。海底神殿は、海底神殿だ。創世神話に出てくる、滅亡した文明の遺跡だ。こっちは溺死がしやすそうだ。

 ……校長先生の部屋、剣呑過ぎない?


「ふつうに外に……ええと、エルフの里に出る扉はないんですか?」

「直接は出られません。出てみたいですか?」

「あの、いえ……どうなんでしょう」


 自分でもなにをいってるかと思うが、でも、それが正直なところだった。

 出てみたい気はする。だって、とにかく綺麗だし。でも、自分が足を踏み入れていいのか、って躊躇もすごくある。ほら……この部屋でさえ、来てはいけなかったように感じているわけで。これ以上、エルフの世界に近寄るのは、ちょっと。引け目っていうか場違い感っていうか……飲み込まねばならないものが大き過ぎる。


「今日のところは、やめておきましょう。我が同胞に悪気はないのですが、人間を見ると失礼な態度をとりますからね。それはもう、呼吸をするように。だいじな生徒を、そんな風に扱われたくはありません」


 校長先生の声が少し悲しげだったので、わたしはふり返り――ルルベル2オープンβでさえよろめくような衝撃を受けた。

 こ……校長先生……魔法とけてないですか? 例の。その。逆魅了みたいなやつ? 人がバッタバッタと倒れるのを防止するためのやつ、ねぇ、これ素顔だよね?

 わたし、よろめくだけで済んでる? やばい、壁に手をつかないと床にコンニチハしちゃう、さすがに礼儀としてそれはどうなんだろう、ああ壁が少ない、手をつくなら窓になっちゃう、この透明なガラスにわたしの手形や指紋を残すだと……ッ!? 無理ッ!


「おっと、いけない」


 わたしの顔を見てそうつぶやくと、校長先生はにっこりした。……あっ、人類の範疇に戻ってきた。

 やっぱり魔法切れてたんだな、と思うと同時に、ほんとに逆魅了のたぐいの魔法を使ってたんだな! と実感した。いやぁ……おそろしいものを見てしまった。


「あの……」

「食事はあちらに。行きましょう」


 つづき部屋に移動すると、綺麗にセッティングされた食卓があった。並んでいる料理自体は、見た感じ……人類のものっぽいが……食器が美しいしテーブルセンターが美しいしテーブルクロスが美しいし、なんかもうすべて芸術品!

 わたし、ここに混ざっていいの? えっ、駄目じゃない? 絵面を破壊してない?


「どうしました、ルルベル」

「すべてが美しくて、感激しています」


 語彙力が下町! でも、エルフ校長は微笑んでわたしの言葉を受け入れた。


「ありがとう。自分が気に入っているものを褒めてもらえるのは、いつでも、嬉しいものですね」


 エルフ校長なんでこんな丁重なの。ジェレンス先生は校長先生から学ぶべき! 早急に!

 そしてわたしは弟じゃない方のリートから、心臓の装甲を分けてもらうべきだと思う。いや、やばいって、これ。

 椅子に座るにも……なにこれ美しい。蔓草が絡まったようなデザインに、見たこともないほど繊細な蝶が……ふれたら崩れてしまうのでは、いやその前に飛び立ってしまうのではと思えるようなすごいのがくっついてるの! 背もたれだよ、背もたれ! 椅子の背もたれが芸術! こんなん雑に引いて座るわけにいかないじゃん!

 先生、今からでも遅くないから食堂に行きませんか……と思いながらも、わたしは頑張って丁寧に、静かに、なにも破壊しないように椅子を引き、そっと座った。座面の織物もなんかすごかったが、考えないことにして体重を預けた……さすがに空気椅子状態で礼儀正しく食事できる気がしない。


「呼吸を止めなくてもいいのですよ」


 ……止まってましたか、いやでも意識してなかったので……無自覚に息を止めてたので……。


「すみません、緊張してしまって」

「僕しかいないのだから、気にしないで」


 それは無理。校長先生とふたりきりの会食。……ふつう緊張するだろ! しかも相手はエルフで公爵で世界を救った英雄パーティーのひとりだぞ!

 無理無理、校長先生ご自身にはわかってないみたいだけど、かなり無理!


「あたたかいうちに食べてください」


 勧められるままに、わたしは食事をはじめた――勧められたのに食べないという選択肢もなかったので、芸術品としか表現しようのないカトラリーを使って、自分にできる最高のお行儀のよさを発揮したつもりである。

 ナイフが皿にこすれて音が出たとき、妙に心地よい音楽のようなものに変換されていたのはびっくりした。これも魔法なのか? だったら人間界の食器にもかけてほしい……。かけてほしいが、はじめにその音が鳴ったときは、あやうくナイフを取り落とすところだった。やばかった。

 マナーに神経をつかったつもりではあるのだが、それ以上に気もちがふわふわしていて、なにが起きているかわからないあいだに食事は終わった。

 食後のお茶は、校長先生が手ずから淹れてくださった。今まで飲んだことがないような香りのが出てきた。なんかすごい。


「この茶葉も、ここでしか採れないものなのですよ」

「とても、美味しいです」


 急募:語彙


 校長先生は、わたしの貧しい語彙を気になさるご様子はなかった……思わず敬語が飛び出る程度の語彙はあるんだが! あるんだがしかし、この全般的な美しさとか紅茶の味わいとか芳香とかを表現する素養はない。

 人類を倒さない程度の微笑みをたたえ、校長先生はカップを置いた。今さらいうまでもないことではあるが、カップももちろん、どこをつまめばいいのか悩む感じのアレだった。わたしの語彙がアレなので表現ができず、口惜しいばかりだが、すごくアレだった。


「わたしの故郷を見てほしくてお招きしたわけではないのですよ、ルルベル」

「……はい。研究所のことですよね?」

「それもありますが、もっと重要な話をしなければなりません」


 えっ。人権無視のマッド研究所で実験台になりかねない話より重要……って、なに?

 身構えたわたしに、校長先生は哀しげに告げた――身構えが無意味になるくらいの衝撃度のやつを。


「魔王の眷属が、目撃されました」


ストックあるので、今週も毎日更新できる予定です。

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