238 あらたな嗜好の扉が開きそう
午前中の授業がはじまる前に、舞踏会のとき仲良くしてくれたメンバーが周りに揃った。席がだいたい決まっているというのは事実らしく、皆が迷わず場所をとる。
シスコも、このあいだ見た位置にいた。わたしが手をふると、ふり返してくれたが――こっちには来ないみたい。まぁ、この舞踏会メンバーって、はっきりいって強者軍団というか……「皆が話してみたい聖女様にぱぱっと話しかけられちゃうメンタルと立ち位置の皆様」なわけだしなぁ。
いつも真っ先に話しかけてきていたお嬢様は、シデロア嬢とおっしゃることを把握した。
シデロア嬢はなんかこう……明るい。ぱーっとしてる。
髪は、言葉にしたら赤毛ってことになるけど、アリアン嬢のとは色味が違うんだよな。全然違う。アリアン嬢の赤が硬質で暗めなら、シデロア嬢はふわっとした明るめの、茶色がかった赤。綺麗に巻いていて、由緒正しいご令嬢って感じ。クール・モダンなアリアン嬢と一緒にいると、好対照。
もっとも、髪は近々短くされるご予定とか。なるほど、ショート・ボブが流行しつつあるってことか。
「よかったら、ルルベル嬢もどうかしら? ご一緒に」
「え、髪を切るってことですか?」
「そうですわ。きっとお似合いよ」
想像してみる。ショートボブにした自分……絶対クールにはならない。へなちょこ癖毛が爆発するだけだ。うまく撫でつけたとしても、幼稚園児みたいに見える予感しかしない。
どうやって断ろうかと悩んでいると、ドアが開いた。
「午前の授業をはじめる――いつも通り、完全自習だ。わからないことがある者は、質問しに来るように」
入って来たのは、ジェレンス先生ではない先生。一方的に宣言するや、教壇に椅子を引き寄せて座った。そして読書をはじめてしまった!
どうやら生徒の自主性にまかせるって方針だね。だが、知っているか、知らない先生よ。自主性にまかせると、自主的に勉強する子しか勉強しないんだぞ!
というか、質問ができる生徒って実はすごいんだぞ。自分がわからないことがなにかを理解してるんだから。駄目な生徒は、なにがわからないのかすら不明なんだぞ……。
しかし、試験は容赦なくやって来る。
「次の試験の対策は、なさってるんですか?」
声をひそめて訊いてみると、アリアン嬢は答えた。
「実践でしょう? だったら得意ですもの」
「そうなんですね……羨ましいです」
「あら、ルルベル嬢は実践はあまりなさらないの?」
魔力感知できなくなってる……とは、いわない方がいいんだろうなぁ。
「皆様と違って、入学するまでまったく魔法の扱いかたを知りませんでしたし……知識もなにもなくて。お恥ずかしいです」
「まぁ。では、試験であんなに答えられたのも、入学なさってからの学びの成果ということね? 素晴らしいわ。恥ずかしいのはわたしの方」
アリアン嬢の、ふふっ、って笑うのほんと可愛い……。よく見ると、左目の下に泣きぼくろがあって、なんかキュート!
参考までに説明しておくと、この世界には「泣きぼくろ」をあらわす表現はない。強いていえば、「目の下のほくろ」である。情緒もなにもない!
「お小さい頃から魔法に親しんでらしたんですね」
「ええ、この学園の生徒はだいたいそうじゃないかしら? 貴族に生まれると――ああ、駄目ね。身分の垣根など関係ないって、自分でいっておいて」
「いえいえ、垣根はともかく身分は存在するわけですし、お気になさらず」
「そう? そうね……とにかく、貴族に生まれると魔力を期待されるものなの。魔力がないのは、恥とされるほどよ」
そこまでかぁ!
「そうなんですね」
「わたしは魔力が潤沢にあったから、ジェレンス先生曰く――それだけで得意になって、座学をおろそかにしている、ということらしいわね」
「得意なことを伸ばすの、とても重要だと思います」
「あら、気が合うわね。わたしもそう思うの。本職の魔法使いになるわけでもないのだから、学問としての魔法には、あまり興味が持てなくて」
「そうなんですか? つまり……魔法使いは目指してらっしゃらない?」
「ええ、とても無理だと思うもの。資格試験なんて……考えただけでも、目がまわってしまうわ」
そうなのかぁ。実技が得意なのに、魔法使いになる気がないのか。
なんか……こう……もったいないなぁ!
「ルルベル嬢だって、魔法使いの資格を取得する必要はないでしょう?」
「え? いや……そもそも、資格試験を受けるほどの実力がないですし……」
「なにをいっているの。あなたは聖女なんだもの。試験で判定される必要なんて、ないじゃない?」
……そんな風に考えたこと、なかったけど。たしかに、聖女の国家資格とか資格試験とかって……なさそう。第一、わたしはすでに国に認められた聖女である。
えっ。つまりこれって、国家資格持ち同然じゃん! マジかぁ。
「そうですね。でも、魔法学園で満足な成績を出せなかった聖女、なんて……聞こえが悪くて」
「まぁ、聖女様は聖女様よ。学園の試験なんてものに、とらわれる必要ないわ」
アリアン嬢が、座学不得手な理由はわかったね。本気で興味ないんだ!
彼女に比べたら、わたしの方がまだ興味あるし勉強する気もあるな。
「できれば、どの試験もよい成績で突破したいなって思ってます。大変なことですけど」
「……ああ。さすが聖女様ね。なんてまっすぐでいらっしゃるのかしら」
「いえ、そんな」
「今日のお昼、一緒に召し上がるでしょう?」
えっ、もう昼の話? まだ午前中たっぷり残ってるぞ。
「今日はその……」
「シスコ嬢だったら、いつもお昼を一緒に食べるお友だちがいらしてよ。ほら、今も隣に座ってらっしゃるかた。……そうね。垣根はどうしてもあるんだわね。だって、彼女たちは平民だもの」
なるほど。数少ない平民友だちをゲットしたんだな、シスコ。おめでとう!
できればわたしも、そっちに混ぜてほしいものだが!
「わたしも平民ですので」
「身分の話ばかりなさるのね。……よくお考えになって。あなたは聖女様。貴族だ平民だとくだらない規範にとらわれるのは、やめるべきだと思わないこと?」
いわれれてみれば、それはそうかもと感じなくもない。
でも、ここは階級社会。階級の垣根というやつ、ハードルとしては高過ぎる。いうなら、棒高跳びでも越えられないレベルである。
「努力しますけど、なかなか難しいです」
「大丈夫。まず、わたしたちと友だちになるところから、はじめましょう? 生まれ落ちた身分の差など、友情の障害にはならないということを示せばいいわ」
字面だけ見るとアツい感じなのだが、アリアン嬢の口調は冷めている。むっちゃクールで理性的。
どこかつまらなさそうな雰囲気さえただよわせながら、アリアン嬢は言葉をつづけた。
「時代は変わるものだけれど、それを待っているだけなんて、つまらないわ。そうでなくて?」
かっ……こいいな、おい! あらたな嗜好の扉が開きそう!
「アリアン嬢は、先を見据えてらっしゃるんですね」
「あら、そんな風に見える? だとしたら、光栄だわ。でもね、わたしはそんなに上等なものじゃないの。これってたぶん……今が嫌いで、今を見たくないだけなのよ」
そういって目を伏せたアリアン嬢は、やっぱりクールでかっこよかった。
でも、今が嫌いって。
「なにか問題でも抱えてらっしゃるのですか? あの……失礼なことを訊いているのでしたら、すみません」
「わたしが自分で持ち出した話ですもの。あなたが責任を感じるようなことではないわ。……そうね、問題というほどのことではないようにも思えるし、根が深くて、ひとりでは太刀打ちできないとも思えるわ」
「なにか……お力になれることがあれば」
それまで空気になっていたリートが、わたしの足を蹴った。
わかってるよ、軽々しく言質を与えるなっていうんだろ!
「そんな風にいってくださるだけでも、嬉しい」
アリアン嬢が、わたしを見た。
やっぱり、どこか冷めてる口調――なんだろう、これ。今が嫌い、って話に通じてるのかな。
「わたし、あなたのこと好きかもしれないわ」
そんな淡々とおっしゃられましてもー! いや熱烈にいわれても困るけど!
わたしは口を開いたけど、なにをいえばいいか、わからない。
アリアン嬢は、さらに言葉をかさねた。
「お友だちになってね、ほんとうに」
正真正銘の貴族っぽい友だち、ゲット……だぜ?




