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234 罰が当たったんだとマジで思ったよね

 その日の夕飯は、部屋でひとりで食べた。

 ……ほら、スカーフ目深にかぶったまま食事っていうのもね? 変じゃん。

 まぁ、スカーフで顔が半分見えないの自体が変なんだけど!

 ファビウス先輩は、とても気を遣ってくださって、それがまたこう……胸が痛い。

 ごめん。すまん。申しわけない。わたしがなんか妙に意識しちゃってるせいで、無駄に気をまわさせてしまって!

 一晩寝たら治ると思いたい……これ、毎日はつづけられんじゃろ?


「そもそも、それどころじゃないよ。わかってるの、ルルベル?」


 できるだけ小声で、布団の中でつぶやいてみる。小声なのは、もちろんリート対策だよ。生属性めんどくせぇからな!

 いやもうほんとにね、それどころじゃないの。それどころじゃないのよ。

 王都に吸血鬼が出没中、今年二回目であり前回より老獪な相手にエルフ校長やジェレンス先生も苦戦中。軽度の吸血のみで後遺症はないとはいえ、大量の犠牲者が継続して出ている。

 好きだのなんだの、馬っ鹿じゃないの? のぼせあがってる暇あんの?

 ないでしょ!


「わたしが重要人物扱いなのは聖属性持ちだからで、聖属性が重要なのは魔王や眷属に効果がある唯一の属性だからだぞ……魔力感知ができなくても、知識をたくわえたり技術を磨いたりはできるんだぞ……」


 わたしが万全なら、もっとやりようがあったかもしれないんだ。

 魔力感知だって、聖属性魔法使いなら魔王の眷属に敏感に反応するって事例もある――なのに、自分の魔力すら感じ取れなくなっているなんて。

 リートに「つっかえねー」って顔で見られてもしかたない。実際、使えねぇ聖女なんだよ……。

 その上、誰に惚れたとか意識しちゃって困るとか、ふざけんじゃねぇよ。

 わたしが一般人だったら、絶対そう思う。聖女は聖女の仕事をしろ! ってな。


「忘れるな。忘れるな……わたしは守られてるけど、守られてないひとが、いっぱいいるんだ」


 吸血鬼の犠牲者は皆、立ちくらみを起こしたとかなんとか、そういう理解でいるらしい――そこを親切な通行人が助けたという解釈でだいたい済ませてるそうだが、その通行人ってエルフ校長とかジェレンス先生とかだからね! 手の空いてる教員が何名か巡回してるらしいけど、聖属性の呪符を持ってるのはジェレンス先生とエルフ校長だけ。仔細を知らされていない教員の皆さんは、エルフ校長はエルフだし前回魔王封印にもかかわってるし、なんらかの特殊能力があるらしい……と、思わされているらしい。

 ジェレンス先生? あれは〈無二〉だから、皆、勝手に納得するよね。


「頑張れ」


 つぶやいてみるけど……難しいな。

 今のわたしに頑張れることって、なんだろう?

 呪符制作は、すでに頑張ってるしなぁ。腱鞘炎になるレベルで描きつづけた結果、聖属性呪符の制作だけは少々自信がある聖女だが、これに関しては喧伝けんでんできないし、人心を安んじるための材料にはならない。

 ……こんなに使えねぇ聖女なんだから、いっそのこと呪符の存在を公開した方がよくない?

 わたしが描けるくらいだから、そんなに難しい図形でもないのよ。国家資格持ちの呪符魔法使いなら、見本を見ればすぐ描けると思うし……それで量産もできるし、なんとかなるんじゃない?

 明日、提案してみようかな……。


「あっ」


 わたしは気がついてしまった。ファビウス先輩に、夜ふかしは禁止ですよを申し渡しに行く時間が過ぎてしまっていることに。

 あわてて起き上がり、ガウンを羽織り、ちょっと考えてからスカーフをかぶって……部屋を出た。

 廊下にリートの姿はない。自室で仮眠をとってるか、呪符の暗記に励んでるんだろう。呪符に限らず、魔法の知識すごいもんな……あいつの努力だけは、わたしも認めざるを得ない。あと実力。認められないのは、口と性格の悪さ。改善求ム。

 今だって、わたしの動向は漠然と把握しているに違いない。同じ建物の内部なら人間の動きはだいたいわかる、特にわたしは護衛対象として紐づけてあるから正確な位置は常時把握しているが、あまり口にはしないようにしている……と、前に説明されたことがある。

 口にしない理由? そりゃ吸血鬼に襲われたらまずい場所リストと同じだよ……プライヴェートがないって話! 便所・風呂・寝室のどこにいるか把握されてるって、悲劇じゃない? たまに叫びだしたくなるわ。

 ……な〜んて考えごとをしていたら、思わぬドアが開いた。

 ごんっ。

 いっ……たーっ!

 かろうじて変な声をあげるのは堪えたが、そのまま廊下ですっ転ぶ……ふかふか絨毯よ、ありがとう!


「……ルルベル? 大丈夫?」


 ドアを開けたのはファビウス先輩で、ひどくおどろいていた。

 そりゃそうだろう、ふつうはこんなことで尻餅はつかない。というか、年頃の乙女的に許せないぞ、尻餅のポーズ。しかもスカーフがとれちゃっ……あーっ!

 まじまじと、我々はお互いを見た。わたしは急いで右手で前髪をととのえた。この下に! なにかこう、見せたくないコブとか傷とかあるという想定で動かないと!

 というか、今まさにぶつけたな、ドアに! 思いっきりよく!

 ……罰が当たったんだ、とマジで思ったよね。嘘をついたから……ほんとにそうなっちゃったんだ。……痛い。涙目になっちゃう。


 呼吸をひとつしてから、ファビウス先輩が心配そうに尋ねた。


「ごめん、ほんとに大丈夫? 君がいると気がつかなくて」

「いえ、とんでもないです。わたしの方こそ、ぼんやりしてて」

「どうかしたの?」

「ファビウス様に残業禁止令を申し渡しに行く時間が過ぎていたことに気がつきまして」


 一瞬の間を置いてから、ファビウス先輩は声をあげて笑った。


「残業禁止令? いいね、その呼びかた」


 笑いながら手をさしのべてくれるが、わたしの両手は現在、それぞれの任務で忙しいのである。

 右手は、さっきもいったように前髪あたりのカバー。そして左手は、尻餅状態の不安定な姿勢を支えるために必要なのだ。この手を出してしまうと、本格的に床に転がる未来が待っている。

 おでこカバーも体勢維持も必須、しかし、立ち上がらせてくれようとする手を無視するのも無礼! 絶体絶命!


「あの……」

「なに?」

「絶対にこっちを見ないって約束してくださいます?」

「うん? ああ……了解。どうぞ」


 ちゃんと顔をそむけてくれるファビウス先輩のやさしさに、心が痛む……とかいってる場合じゃないので、すみやかに右手でその手を握り、立たせてもらった。


「ありがとうございます」

「僕のせいで転ばせてしまったんだから、お礼をいわれるようなことじゃないよ。もう、そっちを見てもいい?」

「あ、ちょっと待ってください」


 急いでスカーフを拾い上げるべく身を屈めたら、ぶつけたばかりの額にズガーンと痛みが響いた。

 思わずうめき声が出てしまう。


「ルルベル? ……ひょっとして、ドアにぶつけた……よね?」

「いや、その」

「ちょっと見せてくれる?」


 急いでスカーフをかぶっているので、もうファビウス先輩の顔は見えないが、これは……かなり心配されているような……。


「大丈夫です、石頭ですから」

「そうだ、リートを呼ぼう」

「やめてください」


 絶対、なにやってんだおまえはって顔で見られる! そういうの間に合ってますから!

 だいたい、今だって打撲を負ったくらいのことは把握してるはずなのだ。本人の言葉が事実ならね。でも出て来ないってことは、治す気がないか、治せないかのどっちかである。

 どっちにせよ、リートを呼んで得られる結果は、馬鹿にされるだけ、ということだ! なんと論理的な結論!


「……傷になってない?」

「なってませんよ」


 わからんけど。


「見せて」


 ものすごく強い声でいわれて、わたしは諦めた……ていうか、もうほんとにコブができてる気がするから、見られても問題ないっていうか、もはや嘘をつく必要がなくなったわけだしね?

 スカーフを自分で取ると、ファビウス先輩に間近から凝視された。

 お、おぅ……これは……キツい……。

 今のところ視線は合ってないけど――ファビウス先輩はわたしのデコを見ているのであるから、当然だ――この距離で真正面はキツい。

 そして、わたしは思いだしたのだ。ファビウス先輩を見たり見られたりするのがキツいと思ったからこそ、スカーフをかぶっていたのだ、ということを!

 遅っ! 手遅れっ! 馬鹿なのかーっ!


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