233 他人の身体能力を、いじるな!
息も絶え絶えになっているところにリートが本を山ほど持って来て、この中で参考になりそうなのはどれですか、とファビウス先輩に訊いてくれた。
助かったーっ! ナイス・アシスト!
このままじゃ魔力玉を作成する程度の作業さえできないところだったよ!
ファビウス先輩がそっちにかかりきりになってくれたので、わたしも平常心……平常心!
順調に魔力玉を作れた……と思う。まぁ自分では感じられないんだけどもね? なんとなく、いい感じのサイズのを……五個くらい作ったところで、ストップをかけられた。
「そんなに一気に作らないで」
「え、大した量じゃなくないですか?」
「呪符作成の作業でも魔力を使っただろう? それに、万が一のときに浄化に使える量を残しておかなきゃいけないからね」
「大丈夫だと思いますけど……」
「この魔力玉、ずいぶん短時間で作ってたけど、君の魔力量の減りかたが尋常じゃない」
はい? なんですと?
集中力がたりぬと思って念を込めたのが、やり過ぎになっちゃった感じ?
「……うん。計測値もかなり高いね。前に何回か作成してもらったときより、密度が濃い。あと、物理干渉性もすごく高い……これなら、問題なく持ち運べると思うよ。リート、どう?」
ファビウス先輩が、不可視の魔力玉を一個手にとり、リートに投げた。リートがそれを難なくキャッチする……こいつら魔力感知力が高過ぎじゃん。作成者本人にはなんにも見えないのに! キャッチボールすんな!
「大丈夫そうですね。一個、持ち運んでもいいですか?」
「試してみよう。寝る前に再測定して……明日もまだ消えてないだろうから、一定時間置きに測定しよう」
「はい。ですが……」
「なに?」
「ルルベルのことですから、毎回同じ密度のものを作れるわけではないのでは?」
んぐっ。
……ほんとのことを! いいやがって!
「これから毎日、五個ずつ作ってもらおう。平均的な期待値くらいは算出できるはずだ」
「はい」
リートから圧を感じる……毎日頑張れ、俺の役に立て、ちょうどいい感じの安定した魔力玉を作れ! ってな。
わかってるよぅ。
「それを使うと、一気に大魔力を使えたりする?」
「この量で?」
さっそく鼻で笑われた。おいおまえ、誰がその魔力玉を作ってやったと思ってるんだ!
「すみませんね、貧弱な量で」
「君の魔力が枯渇したら、俺がウィブル先生に叱られる。貧弱でないと困る」
いちいち! 感じ悪い表現を選ぶなよな!
でもまぁリートなので、すでに諦めの境地であるわたしは、なんとも思わない。……いや嘘、少しはムカつくけど、リートに少々ムカつくのは通常営業。気にするだけ無駄だ。
「では、その貧弱な魔力玉でも、なんらかの役に立ちますか?」
「そうだな……使ってみないと正確なことはいえないが」
ファビウス先輩が、ため息をついて首肯した。
「一個だけなら」
「もう一個、作りましょうか?」
「駄目」
すごい勢いで却下されてしまった! まだ魔力量には余裕ある気するけどなぁ。ま、正直いって、ただの勘だけども。
「では、なにか金属片ありますか? 通常捻り潰せるものと、それより分厚いもので実験してみたらどうかな、と」
金属片を捻り潰せる……通常……通常って、なに?
「いいよ。実験用の鉄片がある」
そんなのあるの。なんに使うの? わたしの頭の中は疑問符でいっぱいだよ!
わたしがおとなしくスカーフかぶって座っている前で、男どもは鉄片の入った箱を引っ張り出して検討しはじめた。……重そうだな。むちゃくちゃ重そう!
「一枚は問題なく行けるので、二枚からやってみます」
「どうぞ。あ、計測していいかな、魔力量」
「もちろんです」
スカーフの下からでもリートの手元が見えるのだが……。だいたい二センチ×六センチくらいの短冊状の鉄片を重ねて、リートが親指とひとさし指のあいだに挟んだ。厚みは一ミリくらいかな?
ぐにゅっ。
「二枚も問題ないですね」
「それやるときは、指の皮膚も強化してるの?」
「はい。そのへんは無意識にやってますね。関連する身体能力が、すべて上がります。筋肉や骨、それから血流なんかも。複雑な作業や、他人の身体能力をいじったりするときは、こんな風にはできません」
他人の身体能力を、いじるな!
いやでも、声を聞こえなくしてるときとかは、他人の聴力に干渉してるんだよな……そう考えるとヤバいな。
「詳しく測定したいけど、身体能力を仔細に観測できる装置はないな……。いや、そんな話じゃなかったね。今は上限計測だ」
三枚に増やされた鉄片は、ふたたびリートに敗北した。鉄……鉄が可哀想になってきたぞ。金属としてのプライドを持て、鉄頑張れ!
わたしの応援が効いたのか、実験は四枚目で行き詰まった。しなるけど、曲げられない。
「こうなった場合、今までなら継続して魔力を流すことで解決してました」
「なるほど。じゃあ、魔力玉を消費して一気にやってみようか」
リートが力を入れると、鉄片は一瞬で曲がった上に、これはその……ちょっと信じがたいんだけど……つぶれた。つまり、鉄片の厚みが限りなく薄くなった。四枚ずつ重なって八枚になってるんだから、概算八ミリの厚みになるはずが、ちょっとその……紙みたいよ? リートが指をはずして見せると、ああ〜、指の形に跡が!
鉄くん、頑張れなかったかぁ……。
「これは……自分の指を自分でつぶしそうですね」
ひぃ。やめろよ、怖いよ!
「……残置性といい、物理干渉能力といい、独特だ」
「この魔力玉、前に練習で作ってたときより、密度が高くないですか?」
「高い。あきらかに違う」
「そんなに?」
思わず声をあげると、リートが淡々と告げた。
「調子に乗って数をつくると、魔力枯渇でひっくり返ると考えた方がいいな」
「……全然、枯渇してる感じないんだけど」
「今は大丈夫だよ。測定してるからね、そこまで危険な数値になる前に止めた」
そういえば、制止されてたな! じゃあなに、あのまま魔力玉作り足してたら、ギボヂワドゥイになってたのか!
……こっわ! 自覚なさ過ぎ、こっわ!
「あと何個くらい、行けますか?」
「いざというときの余力を残さずに、という意味? 余力を残すなら、もう使い過ぎだよ」
そんなにか!
「わたし、魔力玉になにか込め過ぎですかね……毎回こうなるんでしょうか」
「わからないね。毎日やってみよう。ただ、魔力を使い切る危険があるから、僕が立ち会って測定しながらだね。勝手には、やらないようにして。約束だよ?」
「あ、はい……わかりました」
わたしだって、ギボヂワドゥイにはなりたくない。
最近体験してないから少し記憶が薄れてきたけどね、それでも嫌。絶対。ほんとに無理よ、無理。二度と体験したくないよ。
「魔力の残量が一定値に達したら警告できるような魔道具があればいいんだけど」
「あまり需要がないでしょう。通常は、自分の魔力の残量くらい、感覚できるわけですし」
リートが当然のことを当然のごとく口にした。うんそうね! ふつうはね!
そして、たしかにそんな道具があったら便利だろうけど、ファビウス先輩は駄目! これ以上、やることを増やしちゃ駄目!
「そんなものなくても、気をつけてれば使い過ぎたりしませんよ。今日、魔力玉は作り過ぎちゃいけないことも把握しましたし!」
「君はすぐに無理をするからなぁ」
「無理するような場面にならないよう、気をつけます」
ほんとにほんと! ギボヂワドゥイは避けたいので!
「気をつけられるの?」
「リートが気をつけてくれますよ」
「勝手に請け合うな」
「だって、わたしが倒れたら困るでしょ? 護衛としては」
ファビウス先輩が小さく笑った。
「君たち、仲良いね」
「はぁ?」
なお、この「はぁ?」も、完全に同時にふたりで――つまり、リートとわたしで――発声してしまい、ますます息が合ってる雰囲気を醸し出してしまったわけだが……。
仲が良いなどというのは! 誤解である!




