231 釣り合いなんかを気にするってことはですよ?
先週金曜日は予告なしにお休みしてしまいました、すみません!
会期終了間近の美術展に気がついたので、なにもかも抛って見に行ってしまいました。
「大丈夫?」
研究室に戻ったとたん、ファビウス先輩に心配された。
いや、わたしは外をねり歩いて来ただけなので……なにも大丈夫じゃないはずはないし。
「視線で疲れたんですけど……」
「けど?」
「そういえば、ファビウス様おっしゃってましたよね。そういうのは慣れてる、って」
ああ、とファビウス先輩は微笑んだ。いつものことだが、まぶしい。
「無視はできるけど、それでも、なにも疲れないってわけじゃないかな。だから、わかるよ」
わかるよ、の部分に真情がこもっているように感じてしまい、わたしは返事ができなくなった。
……これ駄目だ。ほんとに疲れてる。
「すみません、お食事の時間まで部屋で休んでもいいでしょうか。あっ、でも呪符を描いた方がいいですよね」
「僕に無理をするなっていうなら、お手本を見せてくれないとね?」
といった調子で丸め込まれ、わたしは与えられた個室に入った。リートは外なので、ひとりきりである。
あ〜〜〜〜!
ヤバい!
ベッドにごろんとして、わたしは枕を抱えた。
「ヤバい!」
なお、枕に顔を押し付けて叫んでいるので、外には聞こえないはずだが……リートがその気なら、たぶん聞こえちゃうだろうな。恐怖の生属性魔法使いだからな!
要は、聞かれたくないことは音声にしない! これ鉄則!
ヤバい、くらいはいいだろう。
「ヤッバい!」
なにがヤバいのかは口にできない。
だって、ファビウス先輩がヤバいのである。いや違う、それは前からだ。わたしが駄目なのだ。
なんか最近、ファビウス先輩の顔をまともに見られないのだ。
そりゃ、美形なのはわかってたよ。そういう設定で転生したわけだし! さらにいえば、美形だってだけでヤバがってたら、とても暮らしていけない環境である。
おお、転生コーディネイターと交渉したときのわたしよ……どうして自分も美人にしてくれと、願わなかった! 馬鹿なのか!
あの美形と自分が並んでるというだけで、もう駄目だ。釣り合わない。
「ヤバいでしょ、これ」
釣り合いなんかを気にするってことはですよ?
釣り合いたいってことじゃん。
あり得ないじゃん。
無理じゃん!
……まぁ、わたしの顔の芸術点が低いのはともかく。全然ともかくじゃないけど、ともかく!
それ以外も無理筋が過ぎるでしょ。
相手は元王子様で、現貴族で、国家資格二種持ちの魔法使いで、天才的な研究者なんだぞ。
ひるがえって、わたしの取り柄って……なに?
とんでもなく厄介な聖属性持ち、現在魔力感知不能、魔法と呼べるような魔法は使えない状態。スマイルは使える。……以上。
こんなのに好きになられても困るじゃん。
「……」
ぎゃー!
好きとか考えちゃったじゃん、やめろやめろやめろ忘れろ今すぐ! 絶対、絶対勘違い! 弱ってるときに甘やかしてもらって、ときめいちゃっただけ!
そもそも、ファビウス先輩って女の子の扱いがうまいじゃん。呼吸するように親切にするし、思わせぶりなこというじゃん、たぶん。初対面のときから国宝級の上目遣いで迫ってきたじゃん。
だから!
好きとかになるな! あらゆる意味で、勘違いだから!
無意識に指輪をさわりながら、これ、小指だったら婚約みたいだな……なんて考えるのも、やめろ!
そもそも指輪をさわるな、バレたら困るんだし! だから君には教えなかったんだ、っていわれてまた内緒でストーキング用の呪符を仕込まれるぞ!
……困るのは、「だから君には教えなかったんだ」が脳内再生余裕な上に、なんかうっとりすることだ。
どうしちゃったの、わたし! 疲れてるのか!
「……寝よう」
そうだ、寝てリセットだ。
変な時間に寝たら夜寝られなくなるかもしれないけど、平気平気。先の心配より今の不具合!
こんなの、ちょっとしたバグみたいなものだ。寝ればデバッグできる。
いやでもほんと、なんなの……なんなのこれ?
ちょっと気を抜くと、ファビウス先輩は今なにしてるのかな〜とか考えちゃうし! なにしててもええやろ! ていうか、どうせ研究やろ! 天才的な発想でなんか新しいことやってるに決まってるやろ!
考えるな!
……いや、考えないのは難しい。なにかを考えないことにしようとするのは、難易度が高過ぎる。
つまり、違うことを考えればいいんだ。違うこと……なにを?
はじめに思い浮かんだのは、人生について、だった。
これ絶対、ウィブル先生のせいだよな! あんな話をしたからだ。
まぁ、重要なことだとは思う。わたしはもう魔法使いなんだって、はっきりいわれないと意識もできてなかったし。
笑っちゃうなぁ、まともに魔法も使えない魔法使い! リートなら、君が魔法使い? 魔法が使えるのか? みたいなこというでしょ。これも脳内再生余裕だよ。うっとりしないけど!
「寝れない!」
ガバッと起き上がって、わたしは窓辺に立った。
かなり小さめの窓で、あまり開放感はない。リートにいわせると、警備上、窓は小さければ小さいほど好都合であり、窓がなければもっといい……とのことだった。わたしにいわせてもらえれば、窓は大きい方がいい。が、そもそも居室として設計された部屋ではないだろうし、ご好意で一部屋貸していただいている現状で、そんな文句はいえない。
……たまに思うんだよね、食費とか、お支払いしなくていいのかなって。そして、支払える額面なのかな、って……。
ほら、庶民だからさぁ。気になっちゃうわけよ、お金のことが!
お祭りのときでも出てこないようなご馳走が、毎日だからな。正直、体重増えた気がするくらい食べてるしな。
窓が小さくなければ、ここで硝子に映った自分のスタイルを確認するところだ。
ため息をついたところで、ドアがノックされた。
「ルルベル」
リートだ。ほっとしたような、残念なような……。
いや! なにが残念なんだよ! はっきりしろよ、いやはっきりさせるな、もうほんと無理!
大股にそちらへ向かい、ドアを開ける。
「なに?」
「いや、妙に騒いでいるようだったので、なにかあったか確認したい」
ほらー! 生属性!
「なにもないよ。疲れ過ぎて叫んだりしてただけ」
「中をあらためても?」
ごろごろしたベッドがそのままなので、あんまり見られたくはないが……リートも職務だからな。
「ほんとに、なにもないけど……どうぞ」
「失礼」
失礼ともなんとも思ってなさそうな口調で言葉だけ吐き出して、リートはするりと中に入った。
室内を検分するリートを眺めつつ、せめてリートなら釣り合っただろうか? と考える。
……いやでも、こいつはこいつでエルフの血が入ってるしなぁ。しかも、実は超有能だよね? 魔法も……魔力量がたりなくて大魔法が使えないぐらいしか欠点が見当たらないし。魔力量に関しては、わたしが魔力玉を作ってあげれば解決する可能性まである。
「……魔力玉」
思わずつぶやくと、リートがこちらを見た。
「どうかしたのか」
「なんで今まで思いつかなかったんだろう」
「なんの話をしている」
「リートの魔力量補助に、魔力玉を作って渡しておくのはどうかな?」
不審気な表情が、一気に理解と歓迎に変わった。おお、リートなのに表情がゆたか!
「名案だな」
「でしょ!」
「いや……君の魔力量は平気なのか、確認する必要があるな」
「小さいの作れば、大丈夫でしょ」
「雑」
ひとことで! バッサリ!
「わたしの好意を……」
「好意なんかが原因で魔力切れを起こす気か? せっかく魔力量を正確に測定する装置があるんだ、使わせてもらおう。待っていろ、許可をとってくる」
「あ、そんな大袈裟な――」
呼び止める暇もなく、リートは出て行ってしまった。
いや待ってよ、これ絶対ファビウス先輩に報告するでしょ、そしたらファビウス先輩の邪魔しちゃうでしょ、ていうか……間違いなく本人が出てくるでしょー!
気にするな気にするな気にするな、ふつうの顔をしろルルベル!
……ふつうの顔ってどうやるの?
わぁー、ふつうがわからなくなったー! もう駄目だ!
「ルルベル」
ぎゃー!
という反応で、おわかりいただけると思うが、ファビウス先輩の声である。廊下から聞こえる。つまり、わたしはまだ室内である。今なら間に合う……ドアを閉めてヤッパリヤメマシタできる……いや無理じゃない? 不自然過ぎん?
腹を括れ、ルルベル!
行って参りましたのは、東京都庭園美術館の建物公開2023『邸宅の記憶』展です。撮ってきた写真を少しアップしました。ご興味がおありでしたら、こちらのスレッドでご覧いただけます。
https://mstdn.jp/@usagiya/110468338703874640




