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230 職業選択の自由に関して話してるだけ

 結局、わたしはジェレンス先生に勉強の進度を確認される……というよりは、今後の方針を指導されることになった。

 クラスメイトたちと比べると、一歩どころか百歩も千歩も遅れまくりで、まさに後塵こうじんを拝している状況……いや、それすら見えないくらい距離が開いている気がしないでもないが、まぁね。べつに競争じゃないしね、勉強って。

 前世日本の記憶でいえば、勉強するって受験とセットになっているイメージが強い。だから、どうしても他人と競うとか順位を上げるとかに結びついちゃう。

 だけど、この王立魔法学園って、学園にいるあいだは基本、競争しないのである。


「そりゃあ、他人を負かすための学びは推奨されないからよ」


 午後。わたしは保健室にいた。名目上は、保健指導――心身の健康を確認するための時間である。

 が、正味はボディガードつき休憩って感じかな。

 もともとは、腱鞘炎の治療時間をもうけた方がいいね、って話だったんだけども。保健室に入ったとたん、へたりこんでしまったのだ。なんかもう、身体が重くて。

 聖女のわたし、むっちゃ衆目を集めるのでね。視線を受けるってこんなに疲れることなんだな。知らなかったわ。

 前世のタレントさんとか、みんな鉄の心臓持ちだったんじゃないの? わたしの心臓はね、パン屋向きなのよ……無理なの、こんなの!

 で、今は椅子に座り、右手をウィブル先生に握られて、じわじわ〜っと微弱な魔力を通して癒してもらっているのである。腱鞘炎に限らない、全身治療である。筋肉ガッチガチに強張ってるわよ! って指摘されたので、それも緩めてもらってる。

 正直、気もちよさが眠気に結びつきかけている……。


「他人を負かすための学び、ですか?」

「競うって、やる気には直接影響するのね。その子の性格にもよるんだけど。競争にしたとたんに燃え上がる子って、いるじゃない?」

「ああ……そうですね」


 このとき、わたしが思いだしていたのは早押しクイズ化した試験勉強会である。あれ、王子もスタダンス様も、むちゃくちゃ盛り上がってたもんな。


「でも、魔法ってそんな短期的なものじゃないから。他人と比べてどうこうを自分の中の芯にすると、いつか折れちゃうのよ」


 ウィブル先生の言葉は、わかるようで、わからない。


「長期的なもの、なんですか?」

「そうよ。魔法は人生だから。自分の中にある力と、どうつきあうか。それは、どう生きていくかと同じ問題なの」


 て……哲学的だな!


「えーっと……たとえば、わたしが聖女としてしか生きられないみたいな?」

「そう思っているなら、そう生きるしかないでしょ? でも、聖属性魔法の素質があるからって、聖女にならなくてもいいじゃない?」


 わたしはびっくりして、ウィブル先生をまじまじとみつめた。

 リートが、ぼそっとつぶやく。


「国家反逆罪」

「なにいってるの、ちょっと職業選択の自由について話してるだけじゃない」

「あのでも、先生……聖属性魔法使いに、職業選択の自由って……なくないですか?」

「そう思ってるなら、そうなるわね」

「まさか、エルフの里に移住するとか……?」

「エルフ?」

「でも、あそこに行くと、もっとあがめられそうです」


 ウィブル先生は目をパチパチッとしてから、破顔した。


「ああ、なるほど! 校長だけが、ああいう態度ってわけじゃないのね」

「たぶん……はい」

「だったら、その道を選べば国の道具にはならなくて済むでしょ」

「まぁ……そう……なのかな?」

「魔法使いになるってことは――それも力のある魔法使いになるってことは、本人に錯覚をもたらすの。自分は遊戯ゲーム指し手(プレイヤー)である、ってね。周りの、力のない人間は駒に見える」


 でもね、とウィブル先生はつづける。


「その認識は間違っているし、それに気づくのは往々にして手遅れになってからなのよ。力を道具として見る生きかたをすると、周りも皆、道具になってしまう。力ない者を馬鹿にするなら、そんな世界で頂点に立とうとも、なんの意味があるの? って話よ」

「えっと……つまり?」

「俺は一等賞だぞって威張っても、大したことのない役立たずの集団における一等賞に価値があるのか、ってこと」

「……なるほど」

「競争をつづけていると、そういう考えにおちいりがちなのね。わかりやすいし、無理もないわ。強いのが正義。弱い者は、単に努力がたりない……って勘違いしちゃう。でも、強さや弱さの尺度は無限にあって、魔法を使うのがうまいとか魔力が潤沢だとか、単なるひとつの要素でしかない。だから、学園では競争を推奨しないのよ。勘違いを助長しないようにね」

「でも」


 思わず声をあげてから、気づいてしまう――自分がなにを主張したいのか、わかってないってことに。

 ウィブル先生は、黙って待ってくれている。

 ちょっと不自然なくらい長い沈黙を経て、わたしはようやく言葉をみつけた。


「羨ましいです。ちゃんと魔法を使えるひとたちが」

「ルルベルちゃんだって、使えてるじゃない。魔法の被膜もきちんと維持できてるし」

「自分では感じられないんです」

「感じられないのにできてるって、すごくない?」

「そう……なんですけど」


 他人と比べて自分はどうこう。

 ……これ、さっきウィブル先生が話してた条件そのまんまだ。そういう考えかたをしていると、心が折れるってやつ。

 でも、抜け出せない。どうしても、考えてしまう。


「たぶん、羨ましいんですね。周りの、ふつうに魔法を使えてるひとたちが」

「皆が、ふつうに魔法を使えてるわけでもないわよ。スタダンスなんか、今日も夕方近くまで寝てたし」


 あんな特殊な例と比較されましても!


「スタダンス様、最近は調子がよくないと伺いました」

「教室で噂になってた? まぁそうね、よくないわね……。心理的な問題なんだと思うわ。たぶん、意識しないまま悩んでるのよ。あの子、真面目だから」

「心理的、ですか」

「それこそ、どう生きるかって話じゃないかしらね。家に忠実に生きるか、視野を広げて国や世界のために生きるか。あるいは、もっと身近な個人としての幸せを求めるか」


 訊かれた気がした――ルルベルちゃんは、どう? って。

 どう生きるか?


「スタダンス様に比べたら、わたしはずっと単純ですね。聖属性魔法の使い途って、魔王や眷属との戦い以外にないし……それが嫌だっていうなら困ったことですけど、役立ちたいって思ってるわけだし」

「比べなくていいのよ、ルルベルちゃん。あなたの問題は、あなたの問題。ほかの誰にも肩代わりできないけど、それってね、荷の軽重を問うとき他者と比較する必要がない……ってことでもあるの。第三者から見て深刻かどうかなんて、どうでもいいのよ。あなたがそれに深く悩んでいるか、傷ついているか――それだけ考えればいいの」

「べつに、傷ついてなんてないですよ」


 今日はちょっと、視線が重たかったが……それも慣れるだろうし。そもそも、傷ついたってより疲れたって話なわけだし。

 さっさと魔王を再封印できるように、あるいはジェレンス先生がぶっ倒したいっていうならサポートできるように、魔法を鍛えて……。いや、今はそれ以前に吸血鬼対策だ。まだまだ呪符も描かなきゃいけないし。


「疲れてるだけです」

「だったら休まないとね」

「でも、休んでる暇なんて――」

「ちゃんと休まないと、ファビウスの二の舞よ」

「まさか! 絶対あんな風じゃないです」


 これについては断言できる。

 わたしは絶対! あそこまでオーバーワークではない!

 手は! だるい!


「……アタシはね、生徒たちには、幸せになってほしいの」

「はい?」

「幸せなんて曖昧な基準を目標にするの、よくないんだけど。でも、自覚的でいてほしいから、たまにそういう話をするわ。だって、過ぎ去ってから『あれが幸せだったのかも』って思い返すのって、せつないじゃない?」


 あー……。


「わたし……入学前の日常が幸せだったんじゃないか? って思うことがあります」

「わかるわ」

「でも、今からあの暮らしに戻れるっていわれても、それが幸せとも思えないんです」

「……ええ、そうでしょうね」

「どうしてでしょう、先生」


 ウィブル先生はゆっくりと瞬きして、こう答えた。


「あなたはもう、魔法使いになったからよ」


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