228 誰と名指しはしなかったが、明白だろう?
昼食後、わたしは久しぶりに教室にも行くことになった。
必然、王子と一緒になんだけどね……いやぁ、面の皮が厚くなってしまったわたしは、今や王族と歩いてもそれなりには平気だよ。入学したての頃だったら、生きた心地がしなかっただろうが……そして今でも、ウフィネージュ殿下とご一緒するのは極力避けたいが、王子なら慣れた。
……慣れるのも、ほんと、どうかと思うけどね!
「ルルベル嬢が来てくれれば、皆が喜ぶだろう」
シスコの話でもそうだったけど、どうやらわたし、クラスのアイドルね? たぶん試験のせいだろうけど、まぁ、それでクラスの結束力が高まったなら結構なことではある。
「喜んでいただけるのも、今のうちだけかもしれないですね」
「なぜ?」
「実際にお話しすると、がっかりされてしまいそうですから。わたし、聖属性って以外は平凡ですし」
「姉上と、あそこまでやりあえる人間が……平凡?」
……いやまぁね、わたしもね、やり過ぎたかなって気はね、してるのよね?
でもさぁ、前に断れないご招待を受けたときの、こう、エーディリア様の扱いとか、いろいろ思いだしたらさぁ……ふつふつと! たぎってしまったわけよ!
「ご無礼をつかまつりました」
「いや、かまわんだろう。どうせ、姉上にとって君は敵のひとりだ」
「敵……」
そうなんだろうけど、そこまではっきりいわれると! びびる!
「あの宝石を身につけていた時点で、それは覚悟していただろう?」
「……それは、まぁ……シェリリア殿下のものだということは、聞かされてましたけど」
でも、トラウマ級の曰くがあるって話は、会場で聞き込んだからな! ファビウス先輩も、もうちょっと教えておいてほしい……が、どうせ「教えてあると、君の表情が不自然になるからね」とかいわれるんだろうし、実際そうだと思うしな!
もっと顔芸を鍛えねばならんのか。看板娘スマイルと聖女スマイルだけでは限度がある。
「ああ、君は社交界の話には疎いんだったな」
「ご縁がなかったものですから……」
今後もご縁はなくていいが、たぶん避けられないやつだな!
いやまぁ、それはいい。今は王子からの事情聴取を優先したい。だってこれ、水を向けられてるも同然だろ?
「もしよかったら、教えていただけませんか? どういった事情があるのか」
「教室に着くまでのあいだに説明しきれるような話ではないぞ」
「できる範囲で、かまいません」
わたしはすでに旗幟を鮮明にしてしまっているし、なにか教わるにしても今さら感は強いけど……でも、もうちょっと情報がほしい。
肩をすくめて、王子は前を向いた。
「ごく簡単にいえば、義姉上は姉上が兄上を亡き者にした、と信じている。実際、姉上は亡き兄上と仲が悪かった。性格が違ったのだ。互いに互いを理解できなかった。姉上は理詰めで功利的だが、兄上は感情を重んじるかただった」
……亡き王太子殿下、そのまま玉座に就いたらヤバかったのでは? と思わざるを得ない。
現王太女殿下、たぶん君主としては有能だろうし……前も考えたなぁ、これ!
「シェリリア様とは仲睦まじくていらっしゃった、と伺いました」
「短期間だったからな。先々までを考えると、どうだったかはわからない。不安なところもあった。兄上は、惚れやすかったのだ」
ますます、亡き王太子殿下は王としてはヤバげ説が濃厚になってきたぞ。
「それは……でも、ご結婚なされば落ち着かれるのでは?」
「どちらにせよ、義姉上は、兄上のそういった面を見ないまま死別なさった」
なるほど。見ないままの方が幸せな気もするが、見ておけば夫の死を引きずらずに済んだ可能性もあるわけか。いろいろと……難しいな。
「それで、その……例の宝石で王太女殿下が打撃を被られた、というのは?」
「あれは服喪の期間が明けての挨拶だった。夜会が催されて、そのときだ。姉上が正式に世継ぎとなられたことのお祝いを、義姉上が申し述べられた。義姉上は、あくまで臣従するという立場でふるまわれたのだがな。王族にのみ許される『世継ぎの君への礼』というのがある。姉上は、それをするよう、うながした」
「……どんな?」
「世継ぎの君が手をさしのべたら、相手は跪き、その手を押しいただいて額に当てる」
いろんな風習があるなぁ。そしてこれ、わたしが覚えても意味ないやつだな! 王族限定っていうし。
「そのときに?」
「そうだ。義姉上が姉上の手をとった、その直後に姉上は声もなく昏倒された」
「……大騒ぎですね」
「そうだな。倒れた姉上から身を引きながら、義姉上は首元をおさえた――つまり、例の宝石だ」
助け起こさなかったのか!
いやまぁ、それも当然かな。シェリリア様には、なにが起きたかわかってたんだろうし。激しい害意を向けられて、宝石の魔法が反応したんだって。
「まだ誰も身動きできず、あたりが静まり返った状態で、義姉上は叫ばれた。『疑ってはいましたが、やはり! やはり、夫は殺されたのですね! この――』と、こうだ」
「この、で途切れたんですか?」
「そうだ。誰と名指しはしなかったが、明白だろう?」
「……まぁ、なんとなく」
「状況が状況だから、義姉上も調べられた。なんらかの魔法や毒を使ったのではないか、と。だが、毒は検知されなかったし、魔法は使われていなかった。つまり、姉上に危害をくわえようとして発動させたものではなく、宝石にこめられた魔法が勝手に発動しただけだ。発動条件も研究所で解析した結果、逆に、姉上が義姉上に害意を抱いていたことが証明されてしまった」
なんということでしょう!
そりゃトラウマ級の呪物にもなるわ……。王女避けとして、完璧に仕事したのも無理はない!
「それからずっと、不仲でいらっしゃる……ということですか」
「一回も、顔を合わせていないはずだ」
そこまでかー!
「ウフィネージュ殿下は、その……なぜ、そんなに強い害意を抱かれたのでしょう?」
「それは、姉上に訊いてみないとわからないな」
「ご本人たちのあいだに、なにか問題があったりは?」
「諍いがあったかどうかであれば、知らんとしか答えられない。さて、時間切れだ」
教室に着いてしまった。
は〜、ちょっと緊張する……と思ったのが顔に出ていたのか。
「大丈夫だ、ここに敵はいない。皆、君の仲間だ」
穏やかに語りかけつつ、王子がわたしの手をとった。右手だからセーフ! 左手だと、指輪の存在がバレてたかもしれない……いやどうかな……わからん。とにかくセーフ!
「あ、ありがとうございます」
ていうか、王子もレベル上がったなー! 出会った当初なら、こんなじゃなかっただろ。
男子、三日会わざれば刮目して見よ! って感じかね?
「では参ろうか」
……いや待てよ。王子に手をとられて入室とか、変なことにならない? ねえ?
しかし、振り払うわけにもいかない、さすがに失礼過ぎるし!
気がつくのが遅い! もうどうにもならん!
「ルルベル!」
シスコがすかさず飛びついてくれたの、ナイス・アシスト過ぎる。しかも、わたしが幸せ!
もちろん王子の手をふり払って、シスコを抱きとめた。最高だぜシスコ!
「シスコぉ、会えて嬉しいよぉ……」
「わたしもよ。さっきは、なにもできなくて……ほんとにごめんなさい」
「もう、いったでしょ。シスコのことなら、なんでも許すんだから、いちいち謝らないで」
あんなん不可抗力やろ! 王族のお招きを阻止するなんて無理無理。
「ルルベル……今日の午後はずっと教室にいられるの?」
「その予定」
突発的な事件がなければな!
くっついたままのわたしたちを見て、王子は眉根を寄せた。理解しがたい、という表情だ。
「……君たち、そんなに何日も会っていなかったわけではないだろう?」
「でも、ねー?」
「ねー?」
みつめあうわたしたちに水を差したのは、リートだ。
「そろそろジェレンス先生が来るだろうから、着席した方がいい」
「どうしよう。わたしの隣、空いてないの……」
「あ、全然いいよ。わたしなんて、滅多に来ないんだもの。どこか空いてる席に適当に座るわ」
「こちらにおいでなさいな、ルルベル。殿下も、よろしければ」
誘ってくださったのは、エーディリア様だ。つい条件反射のようにスタダンス様の姿を探してしまうが、いない……いないってことは、保健室かぁ。今日は昼までに治らなかったのかぁ……。




