227 お聞きにならずともよろしゅうございます
なんということでしょう。
わたしの台詞を聞いたウフィネージュ様は、わずかに……ほんのわずかにだけど、笑みを崩して嫌そうな表情を覗かせた。
うわぁ……トラウマになってるって、ほんとなんだな!
「そうね、残念だったわ。楽しく過ごせて?」
「もちろんです。ウィブル先生も校長先生も、ダンスがお上手でいらっしゃったので」
「まぁ、先生ばかりね。弟は相手にしてもらえなかったのかしら」
くすっと笑って、ウフィネージュ様は弟を見遣る。おお、綺麗可愛い……眼福ではある。
そうだな。男ばっかの昼食会よりは、たとえウフィネージュ様でも女子がいた方がいいかも!
「僕は、ルルベル嬢にパートナーになるのを断られたんだよ? 傷口に塩を塗り込まないでほしいな、姉上」
「簡単に諦めるなんて、駄目な子ね」
「しつこい男は嫌われるんじゃなかったの?」
……こんな会話を聞いてると、ふつうに仲良し姉弟って感じだけどな。
そう思いながら、わたしは運ばれてきたお食事をいただいた。これ特別メニューっぽいよなぁ。食堂でふつうに見たことないもん。なんか高級そうな肉に、色とりどりの野菜、それから皮パリッで中がふわっとしてるパン。……これは良いパンですよ、お客さん。いやほんと。材料から厳選してるに違いない。
なお、リートは護衛ムーヴを選択したらしく、わたしの背後の壁際に立っている。食事は、後刻なんとかするんだろうけど、気の毒にな……。
「スタダンスはどうなの? 彼、あなたを誘う気だったらしいけれど」
ぐっ。ここで、誘って来たけどエーディリア様が持ってってくれたなどと事実を口にするのは、駄目な気がする。
「いろいろなかたに、ご挨拶をいただいていたものですから」
人にたかられて、それどころじゃなかったんだよ……という雰囲気を狙ってみた。
挨拶が忙しかったのは、事実だし。招待チャチャフにも襲われたし……。
「嘆かわしいこと。舞踏会なんだから、ちゃんと踊らせてほしいわよね? それなのに、紹介したい人物がいるとか、誰某が裏でなにをやっているかご存じですかとか。そういう話になってばかり。あなたの気もち、よくわかるわ」
にわか聖女であの人気なのだから、次代の王となられるウフィネージュ殿下のもとには、さぞかしたくさんのチャチャフ的ななにかが押しかけるのだろう。これはちょっと同情せざるを得ない。
……いや、そんなことで心を動かすなルルベル。しっかりしろ。
見た目はパーフェクト王女様だが、えげつないことしてくる相手だぞ。思いだせ、シェリリア様に対して、ぶっ倒されるレベルの敵意を抱いてるってことも!
「それで舞踏会にいらっしゃらなかったんですか?」
わたしの問いに、ウフィネージュ様はにっこり笑って、こう。
「まぁ、そんなことで行事を欠席していたら、なにもできなくなってしまうわ」
「姉上は、気分がすぐれなかったそうだ」
王子がとりなしたが、あの晩、教えてくれたのも王子である――ウフィネージュ様は、わたしが身につけていた因縁の宝石を見て踵を返した、ってな!
「そうだったんですね。今はお元気になられたようで、なによりです」
「あら、心配してくれるの? やさしいわね。でも、大したことはなかったのよ」
「それをお聞きして、安心しました」
「ところでルルベル」
切り出したのは、王子である。そういや、このひとに呼ばれたんだよな。
「はい、殿下」
「……耳に入っているだろうか? 我々のクラスで舞踏会を開催しようという話があるのだが」
あー! それで呼ばれたのか!
校長先生も担任のジェレンス先生も初耳だっていってたし、ちょっとした思いつきレベルの話だったのかなー、なんて思いはじめてたんだけど。そうじゃなさそうだなぁ。
しかも、ウフィネージュ様が同席なさってる場で言及するってことは……けっこう本気?
「そういう話が出ている、という噂だけは……」
「あの晩、いろいろなことがあったようだしね。あまり表立って話されてはいないが、どうしても皆の雰囲気が重くなっているんだ」
「そうなんですね」
やっぱり、あの吸血鬼は早めになんとかする必要があるな――なんて。名前は覚えてないけど顔は覚えた、クラスメイトのお嬢さんたちを思い浮かべていると。
「君のための舞踏会だから、君には是非とも出席してほしい」
「ありがたいお話ですが、わたしはご遠慮すべきだと思います」
「なぜ?」
「吸血鬼は、まだ斃されたわけではありません。あれの狙いの第一は聖女である――というのが先生がたのお考えです。残念ですが、わたしも意見を同じくせざるを得ません」
「だが、開催は学園内を考えている。安全だろう?」
その割に、校長先生にもジェレンス先生にも相談してないの? ……いやまぁ、それもそうか。王族だもんな。やると宣言してしまえば、なんとかなると思ってるんだろう。実際、そうなんだろうし。
「学園内であっても、守備の薄い場所への移動は避けることになっております。本日も、あまり籠ってばかりではよくないだろうと、特別に許していただいて、こちらに参りました」
「そうなのか? しかし、学園内なら守護の魔法がかかっているのではないか?」
「守護の魔法がかかっていても、吸血鬼に魅了された者が入り込んだばかりでございます、殿下」
リートだったら、危機意識が薄い、と指摘してるところだろう。あの顔で。
わたしはわたしなので、聖女スマイルで念を押す。
「守りを過信するわけには参りません。それに、わたしがいるせいで、ほかのかたを巻き込むことになるのも困ります」
「あなたがその場にいなくとも、巻き込まれることに違いはなくってよ?」
口を挟んだのは、もちろん、ウフィネージュ様である。そして、それは正しい……。
「御意に存じます、殿下。ですが――」
「反論は聞こえないわ」
「――それでは、お聞きにならずともよろしゅうございます。わたしがその場にいなくとも、巻き込まれるものは巻き込まれる。それは真理です。ですが同時に、わたしがその場にいた方が、事態が悪化しやすいのも事実です」
「事態が悪化しやすい? どういうことだ」
王子が質問してくれたの、助かるぅ。
聖女スマイルをキープしたまま、答える。
「目の前で友人が人質にとられたら? わたしは考えなしの行動に出てしまいかねません。ではそのとき、隔離された場所で安全を確保されていたら? わたしは自由に行動できませんが、守ってくださる皆様のお知恵を拝借することができます。冷静にもなれるでしょう」
「他人に見守ってもらわなければ、冷静さをたもてないの?」
「……以前、殿下はおっしゃいましたね。ご友人を必要となさらない、興味がない、と」
ウフィネージュ様は、答えなかった。ただ、冷たい眼をわたしに向けているだけ。
さすがに空気を読んだのか、王子も口を挟まない。だから、わたしは言葉をつづけた。
「でしたら、おわかりにはならないでしょう。友人を痛めつけられるのは、身を切られるほど辛いことだと。時には、自身が傷つくよりも痛みを覚えるものだと」
「わからないし、わからなくて幸運だと思うわ。友人というものが、あなたの主張通りのものならば――友人をつくるとは、弱みを増やすということではなくて? そんなものは必要ないと、はっきりいえるわ」
「ご興味がないところに言葉をかさねるようで恐縮ですが、友人は弱みになるだけではありません。強みにもなるのです」
「恐縮なら、黙っておいでなさい?」
「御意に存じます」
以降、それはひんやりした雰囲気のまま無言で食事は終わったのだった……。
わたし、ほんとに成長した気がするよ! 面の皮が厚くなったともいう!




