226 来い、エーディリア様SSR!
まぁ……短期決戦を仕掛けるにしても即日というわけにはいかないので。
その日の夕食は、久しぶりに学食に出向くことになった。ファビウス先輩は研究が佳境に入っていて留守番。ウィブル先生の台詞じゃないが、そんなのいつものことではある。……ではあるんだけど、今回ばかりはねぇ。わたしの命が懸かってる作戦に使う呪符のバリエーション開発だそうなので……。
うん、集中してください! よろしく!
だが戻ったらちゃんと食事してるかはチェックするし、睡眠時間も確保させるよ!
とにかく、今は昼食だ! 久しぶりの学食、なんとなく楽しみだな〜、なんて思いながら歩いているのだが。
護衛として同行しているリートが、なんか不機嫌な顔をしている。
……いやほんと、これ無駄じゃない? リートの無表情から機嫌を読み取る能力、必要? 不要じゃない?
しかし、読み取れてしまったからなぁ。
「どうかしたの?」
訊いてみると、リートは小声で告げた。
「尾行されている」
えっ。研究室出たとたん、それ?
さすがにひどくない?
「戻った方がいい?」
「いや、敵意は感じない」
「……あやしい」
「おそらく、ただの監視だろう。君は重要人物だからな」
嬉しくないご指摘、どうも!
「学園内をうろついてるだけなのに、監視されちゃうの?」
「学園内をうろついているだけかどうかを、監視しているんだ。だけじゃなくなってから監視しても遅いからな」
なるほど?
「でもさ、監視されて気分がいい人間なんて、いないと思わない?」
「世の中には思いがけない反応をする人間がいるからな。いないとは限らない」
監視されて気分がよくなるタイプ? ……まぁ、いる可能性が皆無ではないことは認めよう。
「少なくとも、わたしは気分悪い」
「対象の気分など、監視する側が気にすると思うか?」
そんな話をしているあいだに、もう食堂に着いてしまった。
「入って来そう?」
「まず君が中に入らないと、判断できないな」
「それじゃ遅いのよ。監視人まで引き連れて食堂に行きたくないんだから。ほかの皆さんに、迷惑かけたくないし」
「食堂に入ったとして、誰にも気づかれないだろう。俺に悟られたこと自体、想定外だろうしな」
「……だからなに?」
「つまり、食堂に入ろうが入るまいが、周りに迷惑をかけることはしないはずだ」
少し考えてから、わたしは尋ねた。
「それ、信じていい?」
「俺に訊いてどうするんだ」
君は馬鹿か? と、いわんばかりの顔である。……うんまぁね、わたしもさすがにね、今の質問はちょっと馬鹿っぽいなぁって認めざるを得ないけど、でもその顔はやめろ!
……しかたない、食堂に入るぞ!
室内に入ると、近くにいた生徒がこっちに気づき、あっ、という顔をした。
あきらかに、わたしが誰かわかっている顔だが、すまぬ、わたしはそちらが誰だかサッパリでござる。えー……クラスメイト? 違うよな……?
ひとり不自然な行動をとると、その子の近くから順に気がついていくの、面白いね……面白くないけど。
というわけで、わたしを中心に沈黙が広がっていくのを観察することになったわけだけどね?
なんなの、これ!
「あの……失礼します?」
「いいから」
なぜかリートに腕を掴まれ、歩かされた。
「いや、だって」
「席を確保するぞ」
「あ、うん、そだね」
混乱しつつも、いや混乱しているからか、わたしはリートに従うことにした。こういうとき、強引な同行者って助かる。
歩きながら思ったのは、舞踏会でほんとにお披露目されたんだな、ってことだ。わたしの顔を皆が覚えちゃったのだ。聖女という称号込みで。
舞踏会なら非日常だからともかく、日常生活で聖女が急に視界に入ったら、そりゃおどろくよね。うん、そういうことだ。深い意味などないだろうし、わたしが気にすることじゃない!
よし!
「シスコいないかな?」
「あそこにいるぞ」
リートがいち早く発見したシスコは、定員五名くらいのテーブルにいた。目が合って、シスコが立ち上がった……。
テーブルは満席である。わたし(含むリート)が割り込めるスペースはない。これは遠慮した方がよさそうだと思ったわたしは、シスコに手をふって、口を大きく動かして「またね」と伝えた。……伝わったかな?
シスコも手をふり返して、ちょっと迷ってからまた座った。トレイを見るに、食事もけっこう進んでるみたいだし……ここから中座するっていうのもお行儀よくないだろう。
うん、しかたない! 今日はシスコと食事するのは諦めよう……。
正直いって、シスコと話したくて来たんだけど、まぁ……顔は見れたし……。
「ルルベル嬢」
不意に思いがけない距離から超イケボで呼ばれて、ヒッ、と声をあげかけた。堪えた自分を褒めたい。
目の前に立っていたのは、光学迷彩忍者である。正直、顔を見るのは久しぶりなので顔で見分けたわけではない。声だ。
……このひと、ほんっと声がいいな!
「な、なにか?」
どもる必要はないし、急に距離をつめて出現した相手の方が無礼なのでは? と思ったけど、こういう場面、ビシッと対応するのは無理である。慣れてないし。根が平民だからさぁ!
「殿下が、昼食をご一緒したいと仰せです」
断れないやつー!
わたしはリートを見た。リートは無表情で答える。
「聖女様のお心のままに」
やめて、そういうの!
……まぁ、席の確保も王子と一緒なら簡単だろう。というか、もう確保できてるに違いない。
いつまでも、この、なんか微妙な雰囲気の中に立ってるのも嫌だったので、わたしはお招きを受けることにした。……まぁね? お断りするわけにもね? いかないしね!
「わかりました。お連れください」
やはりというかなんというか、個室区画に案内されるようだ。
せめてエーディリア様が同席していることを祈る……エーディリア様のためには、おつとめが緩くなった今、王子と一緒にいない方が気楽なのかもしれないけど……わたしとしては、ガチャを引くときにSSRを念じるくらいの勢いで祈ってしまう。
来い……来い、エーディリア様SSR!
そして個室に入ったとたん、女性の姿!
勝った!
誰かを確認した瞬間!
負けたーッ!
……ウフィネージュ殿下である。
記憶の中でファビウス先輩が、王子の姉は、ウフィネージュ殿下だってことだよ――と、にっこりする。
忘れてたわー……すぐ忘れちゃうわ! たぶん、ウフィネージュ様のことを考えたくないんだろうな、わたし! 気もちはわかるぞ、よくわかる。今も考えたくない。
「ごきげんうるわしゅう」
エーディリア様直伝のカーテシーを披露して、わたしは勧められた席に座った。
こうなったら、腹を括るしかない。食事を楽しむどころじゃないな……神経すり減らす方にエネルギー使って、消化不良を起こしそうね。
「堅苦しい挨拶は必要なくってよ」
「そうだぞ、ルルベル」
王子には悪気はなさそうだ。
「身に余る光栄です、殿下」
「僕のことは名前で呼んでくれと、何回お願いしたら聞き届けてもらえるのかな」
……うぇーん。おうち帰りたい。
「ローデンス、しつこい男は嫌われてよ。ね、ルルベル?」
ウフィネージュ様が、粉砂糖をまぶしたお菓子みたいな笑顔で同意を求めていらっしゃるが、こんなんどないせぇつぅねん!
同意すると、王子がしつこい男だと認める――不敬!
否定すると、王太子殿下のご意見を否認――不敬!
困ったわたしは聖女スマイルを召喚し、ついでに一石を投じた。
「先日の舞踏会では、お会いできなくて残念でした」
あのとき、わたしがなにを身につけていたかを思いだすがいい。




