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225 当事者のわたしが賛成なんです

「そんな企画が? 初耳ですね」


 エルフ校長には話が通っていないようだ。


「俺も聞いてねぇぞ」


 担任もである。

 ……ふわっとした企画っていうか、まだ思いつきの段階なのかも?


「ジェレンス、君が吸血鬼討伐にかかりきりだから、生徒がたるんでいるのではないですか?」

「教室にも顔は出してるぜ」

「きちんとやれよって号令かけて、すぐ出てくんでしょ?」


 ウィブル先生の発言は、痛いところを突いていたらしい。ジェレンス先生の口が、葉っぱになった。


「しかたないですよ、どうしても討伐優先になるのは。吸血鬼相手に強気に出られそうな人材なんて、そういませんからね」


 とりなしたのは、ファビウス先輩である。お茶を配る所作が優雅……わたしがやるより、百倍かっこいいと思う。

 なお、わたしは聖属性呪符の作成をつづけている。とにかく量産が必要なのと、わたしが呪符を描くことで属性値が上昇しやすくなる、つまり効率的に魔力変換が可能になることがわかったので……腱鞘炎になりそうだよ、もう。

 おかげで、呪符を描く力はめきめき上がったけどね!


「しかし浮ついてるなぁ、生徒ども。俺がこんなに苦労してんのに」

「楽しんでるようにしか見えないけど?」


 ウィブル先生は、どうもジェレンス先生への当たりが強いなぁ。でもまぁ、正直いって同意見ではある。

 吸血鬼の捜索をはじめて以来、ジェレンス先生は実にこう……楽しそうとしか表現できない。エンジョイしてるんだなーって表情でわかる。

 舞踏会で、雨に濡れた子犬みたいな顔してたのと比べると、もう、全然違うよね。


「しゃーねぇだろう、俺は教師には向いてねぇんだよ」

「意外と、教えるのはお上手だと思いますが」


 さりげなくフォローにまわったファビウス先輩に、ジェレンス先生は顔をしかめて見せた。


「意外は余分だろ」

「そうですか? では、やり直しますね。意外でもなんでもないですが、教えるのはお上手ですよ」

「……おまえ俺に喧嘩売ってんの?」

「まさか。ご要望に沿ったまでですよ。ただまぁ……ちょっと呪符の消費が多いな、とは思ってますね」


 ……よくいった! よくいってくれた!

 本日、教師が三人もファビウス先輩の研究室に来ているのは、吸血鬼討伐の今後を話し合うためである。わたしも一応、当事者なので、参加させてもらっている。

 このへん、進歩したと思わない? だいたい頭越しに決まっていたことを思えばさ!

 参加してなにをしてるかっていうと……ずっと、呪符を描いてるのである。


「じゃあ、浄化せずにぶっ倒せとでもいうのかよ」


 呪符がどんどん消費されるってのは、聖属性の魔力が必要とされてるってことだ。吸血鬼本体が発見されていない以上、なにに使ってるかっつーと、犠牲者の浄化だよね。

 吸血鬼、とにかく大量の犠牲者を出してるらしいよ……だから、描いても描いても呪符がたりないわけ。

 エルフ校長にいわせると、ちょっと異常な数で、作為を感じるとのこと。ただ、狙いは不明。ちょっとした魅了効果が生じる程度だから、本格的に手足として使えるわけじゃない。数は多いけど、駒として有効な立場でもない。舞踏会でやってきたこととは、方針が違うわけ。

 王都にパニックを起こさせる、為政者や聖女への不信感を抱かせる、あるいは為政者の不安につけ込む――いろいろ考えられるけど、どれが正解なのか。それとも、わたしたちが気づいていない「なにか」があるのか。

 後手に回っているわたしたちにできるのは、犠牲者を発見し、すみやかに浄化することだけ。

 消耗戦を仕掛けてるんだとしたら、けっこう効果は出てるよね……わたしの手を疲れさせるという意味で!


「それなんですが、被害者を発見したその場で浄化せず、まとめておいて、浄化はルルベルにしてもらえばどうでしょう」

「え、わたし?」


 思わず手が止まり、声も出た。


「まとめておく、っておまえ、気軽に」

「方法はいくらでもあるでしょう。ジェレンス先生なら、いろいろな手をお持ちでは? それに、校長先生の精霊魔法、ウィブル先生の生属性魔法――どちらも、軽度の犠牲者を傷つけずに拘束するくらい、たやすいことではないですか?」

「いいたいことは、わかります」


 答えたのは、エルフ校長である。さすがに疲れたのか、逆魅了が薄まってきらきらしてるの、まぶしい……。美って、光るんだね。


「でも反対だと?」

「それが、やつの狙いだったらどうします。聖女の居場所を掴み、襲うための策だったとしたら?」


 全員が、わたしを見た。

 え、これなんか発言すべき場面? 自分が狙われてもいいかって話になってるの?

 当惑しながらも口をひらきかけた……けど、エルフ校長が話をつづける方が早かった。


「実際、僕はその可能性も考えています……犠牲者を増やすことで、聖女をおびき出そうとしているのではないか、と」

「でしたら、対策すればいいのでは?」


 ファビウス先輩は、微塵も動じていない。まわりは全員大人で、ファビウス先輩は実はわたしと同い年であることを考えると、胆力すごいよな。

 ただの若造の万能感ってわけじゃないだろうしな……。


「簡単にいうなぁ、ファビウス。おまえらしくもない」

「そうですか? 分析し、予測し、対策する。ふつうのことですよ」


 ファビウス先輩はそういって、テーブルの上に王都の地図を広げた。

 なんか……マークがついてるな?


「これは、犠牲者が発見された場所を書き込んだものです。日付もあります。場所が散らされているのは、意図的なものでしょう。発生日で見ても、かなり散っている」


 地図上のマークから、ぽっ、と赤い玉が浮かんだ。ぽぽぽぽぽっ、とそれは増えていく。なるほど、時系列順に、古いマークからポップするようになってるんだな……わかりやすっ!

 ファビウス先輩の言葉通り、同じ日にまったく違う場所で複数の犠牲者が発見されているようだ。


「発見場所と犠牲者の関連性も調べましたが、それぞれ、その場所にいて不自然ではない者ばかりでした。つまり、吸血鬼がその場に行っている、ということです」

「これだけ散ってるってことは、居場所をわからせる気がねぇんだな」

「はい。任意の場所に誘導する気もないでしょう。少なくとも今のところは」

「だからって、ルルベルちゃんを餌にする気?」


 また、全員がわたしを見た。いや、見られても困るけどさ。

 今度はさっさと返事しよ。


「いいですよ」

「ルルベル、まだなにも決まってないよ」


 なぜかファビウス先輩にいさめられてしまった。先輩の発案じゃないすかー!


「いや、決めるのに必要かなって。餌、いいじゃないですか。うまく使ってください」

「僕は反対です」


 もちろんエルフ校長である。残りふたりの教師は、顔を見合わせて唸っている。


「当事者のわたしが賛成なんです。だって、このままつづけられませんよ。噂になりだしたら、広まるのなんて一瞬です。それで、誰が批判されると思います? わたしですよ、わたし」


 噂の伝播速度は、よく知っている。少なくとも下町では、マジで、一瞬で広まるのである……あれ、なにがどうなってんだろ。不思議ではあるが、とにかく広がる。嘘じゃない。

 そして、吸血鬼がいるなんて噂が広まったら誰が責められるかっていうと、王室じゃない。聖女様である。つまり、わたしだ。

 魔王の眷属が跳梁跋扈ちょうりょうばっこするのを、なに黙って見とるんじゃい、って話になる。そういうのを退散させるのが聖女じゃねぇのか、と不平不満があふれるだろう。

 なにしろ、わたしもう国公認で聖女の称号持ちだからな……余計なことしてくれやがって!


「だからって、君を使っておびき寄せるなんて」


 こういうところ、エルフ校長はブレないな。エルフってほんとに聖属性を、こう……崇めてるっていうか? 信仰に近いものを感じる。


「なんでですか。これだけの戦力があるんですよ。吸血鬼がのこのこあらわれたら、なんとでもなるでしょう?」

「あらわれなかったら?」

「邪魔が入らずに浄化ができて、ありがたいじゃないですか」

「しかし――」

「よし、その作戦をとりあえず考えよう」


 決めた、という口調でジェレンス先生が宣言し、ウィブル先生が苦い顔で腕を組んだ――でも、否定はしない。

 ファビウス先輩はどうだろうと見てみると、視線があった。なにを考えてるのかわからないけど、まぁ……天才の考えることがわかったら、おかしいな!

 エルフ校長が、ため息をついて結論づけた。


「わかりました。たしかに、敵に戦場を選ばせるのは愚策です。こちらから、仕掛けましょう」


 絶対ブッ倒すって覚悟の表情で……怖いですよ、校長先生!


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