222 ごはんは身体の栄養、スイーツは心の栄養である
まぁ、ファビウス先輩の暮らしぶりを見張るだけが、わたしのやるべきことではないので!
なにをやるかっていうと、もちろん、魔法の特訓である。
スタダンス様の魔力感知復活体験談を踏まえ、とにかく魔法を使った方がいいだろうということになり、魔力に色をつけてもらって操作の練習。
魔力覆いも、考えなくてもできるレベルまで持って行かねばならない。最低限、前線に出るなら必要な技術だということで、それが第一。
で、維持しながら本を読んで呪符の暗記。さらに筆記の訓練。正確な円や線が描けるようになるには、ひたすら訓練するしかない。
もちろん、道具を使えばいいんだけど、道具もなにもない場面っていうのがね……あるからね、実際に。ペンさえないこともあるからね――体験者は語るモードになって、しみじみしちゃうよ。
まぁとにかく、数日後。訓練再開当初は、ファビウス先輩に慰めの言葉をかけられて絶句したわたしだったが――つまり、慰められる程度に魔力のコントロールが駄目になっていたわけだが――それがどうよ!
「魔力覆いは、すごくよくなったね」
お褒めの言葉をいただけるようになったよ!
「魔力が見えると、やりやすいです」
「この調子で毎日つづければ、遠からず、無意識に展開できるようになるはずだよ」
「はい!」
「円は……もっと頑張らないとね」
うん。それは、わかる。
そして、わたしの隣にもっともっと頑張らねばならない男がいる……。
「リートは、曲線が苦手なんだな」
「そうでしょうか」
「直線は、すごくいい。ただ、呪符を描くのに円は避けて通れない。もちろん、専用の道具を使えばいいんだけど、資格試験では道具の使用が禁止されるからね」
なんやて。
「練習します」
「試験を通らないと、学園の外で呪符魔法を使ったとき、法令違反になるからね。学びが無駄になってしまいかねない」
「……東国ではどうですか」
リートの質問に、ファビウス先輩は少し考えてから答えた。
「そうだな……素人にも使えるようにする動きがあるくらいだから、資格なしでも使える方に舵を切ろうとしてるんじゃないかと思う。ただ、現段階では――僕が知る限り、だけど――一定以上の魔力を消費する魔法は、規制がかかるね。使用許可証が必要になる。一応いっておくけど、央国で取得した資格は本来、央国でしか効力を発揮しないよ。法的にはね」
えっ。ちょっと待ってくれ。
わたしは、ふたりの会話に割って入った。
「じゃあ、ジェレンス先生やわたしが東国で巨人を封じたりしたのは……」
「あれは東国から応援の要請があったんだから、問題ないよ。ただ、私人として行って、好き勝手に魔法を使ったら、問題にはなる。正確には、問題にされる可能性がある、ってところだね」
「問題にされる……可能性……?」
「つけ込まれる隙になる、って意味だよ。そういったことを理由に捕縛されたり、尋問されたり、ってこと」
「本題は別でも」
「そういうことだね」
前世でいう、別件逮捕みたいなやつかー!
「ルルベルは東国の王女殿下の庇護下にあるわけですが、そういったことは配慮されますか?」
「もちろんされるけど、シェリリア殿下と今の王太子殿下は、仲うるわしいとは……いえないからね。どういう配慮かは、そのときの力関係や状況に左右される」
仲悪いのか。まぁ……お兄様が亡くなってるわけですしな。あー王族こっわ!
「ファビウス様、ちょっと訊きづらいんですけど……」
「なに?」
「逆に、シェリリア殿下と仲がおよろしいかたって、どなたですか?」
「いないね」
いない!
「それはその……大変そうですね」
「仲良しはいないけど、彼女に弱みを握られている人物は多いから」
「ファビウス様は、どうなんですか?」
「僕? 僕は便利な駒って感じじゃないかなぁ。今も、亡き義兄上の死について調べてるわけだし。……結局こうなるなら、もっと早くに調べはじめればよかったよ」
ファビウス先輩が最近、異様に忙しそうだった理由はそれである。
もちろん、聖属性関連の呪符開発もつづけてるんだけど、シェリリア様に少しでも成果を渡さなければならないということで、並行して調査を進めていたらしい。
調査といっても、ファビウス先輩のやることだから、魔法を駆使してたみたいだけど。殿下が亡くなった当日の行動の洗い出しとか、呪符魔法と色属性魔法の掛け合わせでやってるらしいよ。なにをどうすれば、何年も前のことを調べられる魔法ができあがるの? 怖いよ天才。
「今日は外出はなさらないんですね?」
「その場に行く必要がある魔法は、昨日、ぜんぶ仕込んだからね」
という感じで、やっぱり忙しくしているのだ。まぁ、そこはしかたない。
わたしは理解した。やることを自分でどんどん思いついちゃうって抱え込むのが、ファビウス先輩の悪癖である。発想がゆたかな上、なんとかできる能力があるから。なんでもやろうとして、過労になるのだ。
そして、諦めた。これ悪癖っていうより、もはや生きかただ。人生そのものなのだ。
諦めはしたが、譲れない戦いはある。休息、食事、睡眠! これは守ってもらうぜ!
「じゃあ、お茶にしましょうか」
休息は重要! とっても重要!
けっして、わたしが美味しいスイーツを食べたいからではない!
ごはんは身体の栄養、スイーツは心の栄養である。どちらも重要だ。うむ。
お茶の時間は魔力の展開も休み。絶対に魔力を使いきらないようにと、ウィブル先生に厳命されているのでな……。
なんでも、魔力感知もできないのに魔力を使い切ると、身体が危機的状況と判断して過剰な反応を起こす場合があるのだとか。ほんとかよ。こっわ。
世の中、怖いことだらけである。
「そういえば、吸血鬼の捜索はその後、どうなってますか?」
わたしが質問すると、なぜかリートが鼻で笑った。
どういうことよと睨むと、説明された。
「そういえばもなにも、毎日訊いているだろう。白々しい」
……くっ。返す言葉がない!
でも、話の持ち出しかたにバリエーションて、そんなにある? なくない?
「じゃあ、毎日同じ話題で申しわけありませんけども!」
と修正すると、ファビウス先輩が苦笑して答えた。
「こっちも毎日同じ返事で悪いけど、進捗なし、って聞いてるよ」
「そう簡単にみつかるような相手ではない、ということだ」
リートよ……なんでそんなに偉そうなのか。君、吸血鬼の下僕にやられて、ウィブル先生に詰められてたじゃん。
「まぁ、そうなんでしょうけど……早くなんとかしないと、また犠牲者が出てしまいます」
「そうだね」
ふたたび、リートが鼻で笑った。
だが、わたしはもう問いたださないぞ! 勝手に笑っていればいいんだ。
「吸血鬼対策で使用頻度が上がってるから、これから夕食までは、聖属性呪符の量産作業かな。ルルベルも手伝ってくれる?」
「もちろんです」
「助かるよ」
「でも、そんなに量を使うんですか? いつもは、おひとりでなさるのに」
「ふつうのを君にまかせれば、僕は特殊なのを用意できるからね」
「特殊?」
「縮小をかけて小型化するんだ」
あ〜、半導体みたいなやつかぁ!
「どういう用途なんですか?」
「小型化した呪符がどういう場面で役に立つと想定できるか、夕飯までに考えをまとめておいて」
おっと、テストになってしまった!
こんな感じで、ファビウス先輩はわたしの質問にするっと答えてくれないことがある。機密事項だったり、学習の進度との兼ね合いでまだ知らない方がいい知識だったり、いろいろ理由はありそうだけど――だいたい、考えてみてねと思考力を問われることになるのが辛い。
辛いけど、面白い。
はじめから回答を与えられるより、鍛えられる気がする。
「わかりました! 考えてみます」
小型化呪符の場合は、実例をひとつ知ってるわけだけど――ストーキング用っていう。
あれはほんと、適してるよなぁ!
ふと思いだして、わたしは自分の左手に視線を落とした。薬指には、不可視の指輪があるはずだ。ほんとは、さわって感触を確かめたかったけど、我慢した。
そんなことしたら、「だから君には教えずに呪符を仕込むんだよ」って正当化されるからな!




