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219 そんな何回も雑だ雑だいう必要ある?

 リートは不満気な顔をしていた。

 いつもの無表情ではあるが、そこはかとなく感じるものがある。毎日一緒に過ごしてるせいで、リートの感情を読み取るという特殊能力を獲得してしまったかもしれない。べつにいらん。


「じゃ、やりますね」

「俺は平気だ」

「ウィブル先生のご依頼ですので」


 同じようにベッドに上半身を起こしていても、シスコと違って可愛くない。……まぁ、リートが可愛くても困るが。いや困らないかな。どうだろう。

 ……どうでもいいな!


「手、出して」


 リートは無言である。もちろん、手も出さない。

 あっそう? そこまで反抗的な態度とるの? いいよ、わかった。


「じゃ、適当にぶっぱするね」

「雑なことをするな」

「ごめんねぇ、わたし魔力感知もできないし、雑じゃなくするのって無理だから」


 だから、せめて手を握って魔力を通そうと思ったのだが、拒否されたし。

 ノーコンでぶっぱなしてやるぜ、覚悟しな!

 むん、と腹に力を入れ、わたしはカッと目を見開いた。相変わらず嫌そうな顔をしているリートに向け、ていっ! と手を突き出す――魔法はイメージだから、そういう動きがあった方が操作しやすいわけ。達人なら、なにをしているか悟られないほど静かにできるんだろうけどなぁ。

 まぁとにかく、届け、我が魔力ッ!


「うっ……」


 リートが変な声をあげた。

 一瞬……ほんの一瞬だけど、こう……恍惚? 陶酔? なんかそういう、およそふだんのリートからは考えられない、ぼやや〜っとした表情を浮かべて。

 それを見たわたしが、ほへっ? としているあいだに、リートの方は通常営業に戻っていた。つまり、無表情である。


「雑だな、ほんとうに」

「……そんな何回も雑だ雑だいう必要ある?」

「魔力感知ができないにしても、もう少し焦点を絞れないのか」

「いや、無茶いわないでよ。なにも感じないのに魔法使うの、難しいんだから!」

「魔法? 君はこれを魔法と呼ぶのか。ただ魔力を放出しただけの、これを?」


 うる……っせーわ!

 これ、相手したら負けだな! わたしにはわかる。弟が生意気モードのとき、こんな感じだから。どこまでも反論してくるって、知ってるよ!

 踵を返すと、わたしはパーテーションの向こう側に戻った。やることはやった。あとは知らん。勝手に治れ!


「ありがとうね、ルルベルちゃん」

「いえ、雑な施術で申しわけありません」

「あんな負け惜しみ、相手しなくていいわよ。だいたい、吸血鬼本体相手ならともかく、下僕を相手にして負けるなんて、生属性魔法使いとしてどうかと思うわ」


 あっ。ウィブル先生がリートの傷を抉りにいった!

 ここでようやく、わたしは気がついた。リートが、わたしにもわかるレベルで不機嫌だったの……自分の失敗を受け入れられてないんだ。そりゃそうだな、いつも自信満々のくせに、負けちゃったんだもんな。

 さすがに、ここでウィブル先生の煽りに便乗するのはどうかと思ったので、わたしはさりげなく褒められる方向を模索した。いやだってさ、リートが機嫌悪いの、めんどくさそうじゃん……。


「でも、魅了はされなかったんですから、さすがです」

「魅了されない程度、当然よ。なんの情報もないならともかく、相手が吸血鬼だってわかってたんだから。自分の血を完全に制御できていれば、吸血鬼はくみしやすい相手のはずよ。魔王の眷属の中ではね」

「ですけど、今回の吸血鬼は――」

「本体じゃないのよ。下僕だったんじゃない。だから、ファビウスでさえ手出しされずに済んだのよ」


 あー……。

 そっか。あのタイミングでリートの偽物が出てきたってことは、あいつ、ファビウス先輩がわたしに話しかけてるところは近くで観察してたんだ。でも、手出しはしなかった。立ち去るまで待ってから姿をあらわしたのは、ファビウス先輩の聖属性防御を破れる自信がなかったからだろう。


「結局、あのリートの偽物っていうのが下僕だったんですか?」

「いいえ、ルルベルちゃんが吹っ飛ばしたのは下僕が操作してた幻影よ。下僕は、近くに潜んでいたところを校長が捕縛した。つまり、リートはファビウスより戦闘力が低いと判断されたわけよ」

「ファビウスは聖属性で防御してたから無事だったんだ」


 パーテーションの向こうから、リート参戦!

 いやおまえは黙ってろ、ウィブル先生に叩きのめされ直すぞ!


「だからなに? ファビウスは、自分にできる最善を尽くしたってことでしょ。で、あんたは? 生属性魔法で戦えたのに、なにやられちゃってんの? 自分の血はもちろん、相手の血だって制御を奪うことができたはずだけど、なんでできなかったの? ルルベルちゃんに向かって、雑だなんだっていえる身分だと思ってるの?」


 せ、先生……そのへんで! そのへんで勘弁してやってください!


「あの、それをいえば、わたしは聖女なのになにもできてないので……」

「ルルベルは、わたしを助けてくれたわ」


 シスコが話に入ってきたーッ! おっと、この局面で割り込んでくるとは思わなかったぜシスコ、でも落ち着いたようでよかったぜ、わたしは嬉しいぜ。

 それはそれとして。


「あれはね、ジェレンス先生が魔力流せって指示したら自動的に作業してたっていうか……わたしは特になにかした感じじゃないっていうか?」

「わたし、ルルベルを誘うことになってたの」

「……誘う?」

「そうよ。アルスル様と踊っていると、どんどんぼうっとしてきて……それで、気がついたら誰か知らないひとの前にいたわ。そのひとが、わたしに告げたの。声じゃない。頭に……ううん、身体中に響くような感じで伝わったのよ。ルルベルを誘い出して来い、ここに連れて来い、って。わたし……抵抗したの」


 そういって、シスコはぶるっと身体をふるわせた。

 あわてて、わたしはシスコのもとへ駆け寄り、身をかがめてその肩を抱いた。


「シスコ、いいの。怖いなら、思いださなくていいのよ」

「……なにが起きているかわからなかったけど、それは駄目だ、って。それだけは信じられたの。だから、時間を稼いだわ。相手は……苛立ってるようだったけど」

「どうやったの?」

「魔法よ。わたしの……稚拙だし、雑だし、ぜんぜん強くもなんともない、誰も期待してない魔法よ。相手の魔力を体内に感じたから、その流れを動かしたの。渦魔法で」


 おお。そうか、相手は血で魔法を使うし、血液は常時流れているものだから、その流れを渦魔法で阻害すれば……って! 身体に悪くない? えっ、大丈夫なの?


「……よかった」

「え?」

「昨晩、すぐウィブル先生に診てもらえて、よかった。そんなことしたなら、体調も悪いでしょ? でも、すごいねシスコ……渦魔法で吸血鬼に対抗するなんて、きっと人類初だよ」


 わたしの言葉に、シスコは眼をしばたたいて。それから、こう尋ねた。


「そう思う?」

「うん。すごい。シスコはわたしの誇りだよ」


 わたしを庇うために、我が身も顧みずに頑張ってくれたんだ。

 そう思うと、あらためて……どういえばいいんだろう? わからないけど、感謝と申しわけなさ、自分に感じる不甲斐なさ、昨晩の恐怖までよみがえってきて、情緒がぐちゃぐちゃになった。

 だけど、だいじなことは明白だ。


「わたしと友だちでいてくれて、ありがとうね、シスコ」

「ルルベル……」


 シスコの眼はまた潤んでいたけど、今度は泣きだしたりはしなかった。

 しっかり、わたしを見返して。


「こちらこそ。友だちになれて嬉しい。これからも、ずっと友だちでいたい」

「うん。一緒に頑張ろう」


 頑張らないといけないんだ。今のままじゃ、なにもかもたりない。実力も。経験も。

 わたしはシスコから手をはなし、ウィブル先生の方に向き直った。


「先生、わたしもう研究室に戻っていいですか?」


 できること、もっと増やさないと。魔力ぶっぱだけじゃ、話にならない。呪符魔法も実用レベルにして、魔王の眷属に関する知識も増やして……聖女と呼ばれても恥ずかしくない自分にならなきゃ。

 シスコが身体を張って守ってくれるに値する存在に、ならなきゃいけないんだ。


「いいけど、あまり焦らないようになさいね」


 ウィブル先生は、わたしの考えなんてお見通しらしかった。

 でも、今までがおかしかったんだ。のんびりし過ぎてた。わたしは、追いつかなきゃいけないんだ。現実に。


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