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218 パクっちゃ駄目でした、やっぱり!

「ルルベル」

「……シスコぉ!」


 というわけで、翌日である。そう、翌日。

 その夜の内にはシスコに会うことはできなくて、翌日に持ち越してしまったのだ。

 ウィブル先生が迎えに来てくれて、当然のように保健室での再会となった。

 シスコはまだ本調子ではないらしく、ベッドで半身を起こしていた。室内着の襟元は繊細なレースで飾られていて、さすがファッションの鬼! 似合う! 可愛い!

 でも、ほんとは昨晩のドレス姿をもっと見たかったな……。口にはしないけど。本音のところは、もっと……もっと見たかった! 踊るシスコを堪能したかった。

 わたしは、そんな自分の妄想にふけっていたというのに。


「ごめんなさい、わたしのせいで迷惑をかけて」


 ふるえる声で謝られてしまい、わたしはびっくりした。なんだそりゃ!


「そんなことない。絶対ないから! それ、わたしの台詞だよ。とらないで!」

「だってルルベル……わたし……」

「逆だよ、逆。わたしのせいで、シスコに迷惑かけちゃったんだから」

「そんなことはないわ」


 パシン! と、いい音がした。ウィブル先生が、手を打ち合わせたのだ。


「はい、そこまで。迷惑をかけた、自分が悪いって主張しあうの、不毛でしょ」


 ぐぅ。正論!


「でも先生」

「どっちも迷惑をかけたし、どっちも悪いってことになさいよ。でも気にしないよ、って。それでいいじゃない? 迷惑をかけないなんて、不可能なの。だから、重要なのは許すことよ。お互い、寄りかかりあうのが人間社会ってものなんだから」

「寄りかかりあう、ですか?」

「ひとりぼっちで生きられる人間なんて、いないの。少なくとも街中にはいないわよ。上下水道の世話は誰がしてると思ってる? 耕作、牧畜、商業、流通――あらゆることが、お互いさまよ。誰かひとりの責任になんて、ならないわ」


 そういって、ウィブル先生は微笑んだ。今日は、羽毛ストール装備の通常営業。この格好だと、やっぱりこう……変なひとって感じだな! 偏見はよくないけど、でも、教師としてふつうのスタイルじゃないのは事実である。

 だけど、いってることは正論で、だいたい思いやりがあり、含蓄が深い。見た目はともかく、学園でいちばん教師っぽくてマトモなの、実はウィブル先生なんじゃないかと思うね。

 なお、比較対象が〈無二〉やエルフ校長ってことを考えれば、当然の結論ではある。


「……わかりました。シスコ」


 シスコの方に向き直って、わたしは思いだした。ファビウス先輩にいわれたこと――君ならなにをしても許すよ、ってやつ。あれで、ちょっと気が楽になったことを。

 すみません、ファビウス先輩。パクらせてください!


「シスコのせいだなんて思ってないけど。でも、シスコのことなら許すから。何回でも。いくらでも」


 シスコの大きな眼に、ぶわ! って涙が盛り上がって、わたしは慌てた。

 すみません、ファビウス先輩! パクっちゃ駄目でした、やっぱり!


「ルルベル……わたし……わたし……」


 シスコはそのまま泣きはじめた。声もなく静かに、である。

 ど、どうすればいいの?

 完全に動転したわたしは、助けを求めてウィブル先生を見た。先生は肩をすくめ、隣の部屋への扉を視線で示した。


「ちょっと落ち着くまで待つあいだに、浄化をお願いできる?」

「浄化ですか」


 ……あれ、隣の部屋? そういえば今日は保健室がちょっと狭く感じるような? 壁に見えるけど、パーテーションを使ってるのかな。あれは扉じゃなくて、パーテーションの切れ目かぁ。

 ほかにも被害者がいるのか。いるんだろうな。……昨日、自分が誰を浄化したのかさえ把握できていないことを考えて、少し怖くなる。

 いや、怖がってる暇なんてない。勇気とやる気だ! 行け、ルルベル!


「やっぱり、本職の聖女にやってもらった方がいいでしょ? うちの不肖の弟子だけど」


 ……リートか!


「リート、具合悪いんですか?」

「俺は健康だし、至って正常で任務にも戻れる」


 本人の返事キター! パーテーションの向こうからだけど。


「……ああ主張してるけど、念には念を入れるべきだもの。魅了はされていなくても、なんらかの術にかかっている可能性は残ってるわけだし」

「えっと、リートは浄化が必要な状態なんですか? でも、魅了じゃなくて?」


 昨晩の一件、漠然としか、把握できていない。

 背後にいるのが、例の老獪な吸血鬼だってこと、おそらくアルスル青年は魅了されていたこと、シスコもまた魅了されかかったこと――だって、わたしが浄化したし、ばっちり効果あったんだもんな。それって、眷属の術にかかっていた、ってことだから。

 でも、リートは本人が魅了されたわけではなさそうだ。わたしが吹っ飛ばしたのは、偽物だったわけだし。


「リートはほら……吸血鬼が嫌うタイプの血だから」


 ……吸血鬼が嫌うタイプの血?

 あ。

 あーっ、そうか! エルフの血が混ざってるから!

 エルフ校長が吸血鬼に対して有利なのは、そういう理由だったよな、たしか……。そしてこの話題はリートの地雷だから、説明できないのか。めんどくさっ!


「精神操作も受けないんですか?」

「まったく無傷ってわけにはいかないけど、吸血鬼って結局、魔法を使うにも相手の血を通してるんじゃないかといわれてるのね」

「えっ」


 なにそれ怖い。


「だから、熟練した生属性魔法使いなら、ある程度は抵抗できるの。血の制御権を巡って、戦えるからね」

「すごいですね」


 それはそれで怖いよ先生!

 やっぱ生属性って半端ないね。吸血鬼とも戦えるなんて、マジで強いじゃん。


「でもね、校長曰く、今回の吸血鬼は特別。だから、リートも魅了されても不思議はなかったんだけど」

「血が嫌われた、ってことですね」

「そういうことよ。ただ、微妙なのよ」

「微妙?」

「この会話、アタシたち以外には聞こえなくしてあるから、安心して感想を話してくれていいんだけど」

「あっ、はい」


 いつものことながら、配慮が早いし確実である!


「吸血鬼本体は、おそらく学園内には侵入してないはずなの。少なくとも、校長の主張ではね。昨晩戦った相手は全員、吸血鬼が魅了したか下僕にした生徒たち……ってことになるわけ」

「下僕? 下僕もいるんですか?」

「いたのよ」


 下僕っていうのは、ただあやつられる魅了とは違う。本の定義によれば、こうだ――吸血行為を受けた結果、生前の知識を残したまま、親吸血鬼の人格を反映させた異人格となる。

 つまり、魅了された状態よりも、もっと自律的なかたちで活動できる犠牲者だ。


「正確にいえば、下僕がまず入り込んで、魅了の力を使ったわけ」


 問題の吸血鬼本体ではなく、下僕が魅了を使ってたのか。えっ、吸血鬼じゃなく下僕なのに、そんなに何人も魅了できるの? やばいくらい有能じゃない? もとの吸血鬼がやばいからなのか。


「校長先生には感知できなかったんですか?」

「昨晩はとにかく人数が多かったから、気配が紛れちゃってたみたいね。戦闘に入ってからは、はっきりわかったって話してたわ」

「なるほど……」


 ごまかしが効かなくなったんだな。


「リートも下僕と接触してるはずなの。相手は魅了をかけようとしたのをエルフの血のせいで諦めて、そのまま真正面からの戦闘になったわけ。だから、けっこう魔属性を食らってはいるはず」

「そんなことに……」


 吹っ飛ばして気分爽快、なんて思っていた自分が恥ずかしい。

 わたしが安全圏にいたあいだ、リートは命の危険にさらされていたのだ。そう簡単には死なないだろうとか大丈夫だろうとか、そういう考えでいたのも、なんか……ひどいな。


「本人は平気だっていうし、エルフの血があの子を守ってくれる面はあるでしょう。でも、逆にエルフの血が流れてるからこそ、魔属性による汚染はつらいはずなのよ」

「汚染、ですか」

「そうよ。エルフの血って聖属性に近いのね。あらかじめ浄化されてる、ってイメージするのがいいかしら……。魔属性とは真逆だから、侵蝕されたら痛みも強いはず」

「浄化すればいいんですね?」

「ええ。お願いできる?」


 いいともさ! 今度こそ、吹っ飛ばす勢いでぶっぱなしてやろうじゃん、本物に!

 ……もちろん感謝と反省の念もこめますけども!


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