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217 論理的です! 理解しました! 了解です!

 ひとりの時間がそれなりにあったおかげで、わたしは平常心に戻ることができた。と思う。

 よく考えてみると、それどころじゃないのよね。シスコがどうなったのか気になり過ぎるし。

 ついでに、リートがどうなってるのかも少しは興味がある。わたしが吹っ飛ばしたのがリート本体でないのは残念だ。一回、吹っ飛ばしてみたかったな。

 ……まぁ、本体はそう簡単には飛ばされてくれないだろうな。逆にいえば、飛ばされた時点でわたしは偽物を疑うべきだったのだ! 発想が遅い!

 ってな感じで、すっかり気を抜いていたのだが。


「もし、よかったら」


 と、ファビウス先輩が見せてくれたのが……指輪?


「指輪ですね」

「うん」


 えっ、指輪?

 解説しておくと、この世界でも指輪には特別な意味があるよ!

 この世界でもっていうか、央国ラグスタリアでは、っていうべきなのかな。ほかの国や地域でも同じかは不明だし。

 基本、「装飾」用の指輪っていうのは右手、あるいは利き手にする。なんでかっていうと、飾りものをつけてもいい、自分ではたらく必要がないご身分でございましてよホホホホホ! って意味だから。

 だからまぁ、庶民は見栄を張るとかお祭りで仕事休みだとかでないと縁がないのが、右手の指輪。

 左手にするのが、自分の状況をあらわす指輪ね。既婚が薬指なのは前世の常識と同じ。婚約済みは小指なので、そこは違うね。

 仕事で印章を捺すようなひとは、中指に印章つき指輪。

 軍の偉いさんは、ひとさし指に意味のある指輪をはめるって聞いたことあるけど、どういう意味かは忘れた……縁がないからなぁ。軍の偉いさんと下町のド平民に、接点などないので。でもまぁ、軍属以外が左のひとさし指に指輪をはめるのはアウト、ってことくらいは知ってる。

 親指は左手でも右手と同じ装飾扱いか、むっちゃ偉いかの二択って聞いたことがある。


 つまりだね……指輪は微妙なのだよ!

 指輪をもらうってことは、相手の支配や影響を受けることを受諾しますよって意味でもあるから!


「えっと……どういう」

「君の居場所を伝えてくれるものだよ」

「あ、ああ……ああ、そういう!」


 あーびっくりしたー!

 わたしの心臓が飛び出したらどうしてくれるんだ! と思ったのに、ファビウス先輩は楽しげだ。


「婚約してくれるなら、それでもいいけど?」

「む……こ……こんっ……むむ、無理です、無理無理無理っ!」

「そんなに否定されると傷つくな」

「だ、だってそんな、無理です。指輪は」

「大丈夫だよ、ふつうの指輪だと思わなくて。これ、誰にも見えなくなるから」


 はい?

 わたしが眼をしばたたくと、ファビウス先輩はそれは華麗な笑顔でくり返した。


「見えなくなるんだ。君もほぼ意識しなくて済むだろうから、視線や表情で悟られたりしづらいはずだよ」

「ま……魔道具なんですか」

「もちろん。だから、気にせず身につけてほしいな。どの指でも、都合がいいのを選んでくれればいい。作業の邪魔になるような飾りもないし、気になるなら右手にすればいいよ」

「右手……」


 いやまぁ、右手の方が雑に装飾用って意味しかないから、気軽は気軽だが……。


「気をつける点があるとすれば、見えなくなるだけで存在しなくなるわけじゃないから、触感はごまかせないところだね。あと、ものに当たれば固い音がする」


 なるほど。たしかに気をつけなきゃいけないな。

 つまり、右手じゃない方がよさそうだな、論理的に考えて。わたしは右利きだし。ものにぶつかって、不自然にカチッと音がしたりするのを避けるなら、左手の……。


「こ」

「こ?」

「小指だとっ、ものに当たりそうなので、くっ……薬指に、しまっ……します」


 声がひっくり返ってしまって笑われるかと思ったら、ファビウス先輩は困った顔になった。


「そんなに気にするとは思わなかった。ごめんね、配慮がたりなかったね」

「あ、いえ、や、そんな。わ、わたしが意識し過ぎなんです、はい!」

「首飾りや髪飾りみいたな身体から浮き上がるものは、ちぎれたりする危険性もあるから。指輪が理想的なんだ」

「論理的です! 理解しました! 了解です!」

「……ごめん、白状すると、ちょっとだけ私情も混ざってる」

「し?」

「私情」

「し……私情とは?」

「君の指に、指輪をはめてみたいな、って」


 はわーっ!

 わたしの頭の中になぜかジェレンス先生が登場し、意識すんなよ馬鹿、と罵倒してきた。なぜだ。

 すんなよと いわれるほどに 意識する――五七五で考えてしまったじゃないか!


「……ルルベル?」

「はいぃ?」

「ほんとうに、ごめんね?」

「いえあの……論理的ですから」

「じゃあ、許してくれる?」

「許すも許さないもないです、ファビウス様は恩人ですから!」

「……恩人かぁ」


 ふう、っとせつなげに息を吐くファビウス先輩、絵になり過ぎて罪! 誰か逮捕してくれ!


「恩人です」

「うん、わかった。じゃあ、恩人からの指輪、ってことで。僕に、はめさせてくれる?」

「ど……どうぞ」


 くすっと笑うなぁッ! 可愛いじゃろうがッ!


「ごめん、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。可愛くて、つい」


 可愛いのはおまえの方じゃい! 自覚しろッ! ……とはいえない。

 しかたなく、わたしは左手を突き出した。


「早く終わらせてください」

「そんなこというと、小指にしちゃうよ」

「音がするといけませんから!」

「論理的だ」

「そうですよ。論理的に認めました」


 ファビウス先輩の手が、わたしの手をとる。……こんなの何回も経験してるし!

 魔力の着色をお願いしたときから、手なんて何回もつないできたもん! この程度、なんでもないもん!

 それでもどうしても見ていられなくて、わたしはぎゅっと眼をつぶってしまった。……そして、すぐに後悔した。

 見えないってことはだよ。触感に意識を集中しちゃうってことなんだよ。ルルベル、愚かなりぃ!

 愚かなわたしの薬指に、ひんやりとしたものが通される。そして、指のまわりに感覚が生じて、ぴたりとはまった……気がした。


「できたよ」


 薄目を開けると、ファビウス先輩の手の上に乗せられた自分の左手が見えた――けど、指輪らしきものは、なにも見えない。


「見えないです」

「きちんと作動したね」

「さわってみていいですか?」

「どうぞ」


 右手で、左の薬指の付け根のまわりをなでてみる。

 ……あっ。なんかあるな。見えないのに、なんかある!


「これ、見えなくするのも呪符魔法なんですか?」

「呪符で永続化させた色属性魔法の応用……ってところかな」

「色?」

「要は、君の指の肌色と同じ色になる魔法がかかってるんだよ」

「……ああ! なるほど!」


 すげぇ。そうか、密着するものだからこそ使えるテクってやつかぁ!


「ずっとさすってるけど……そんなに面白い?」

「興味深いです! 色属性魔法をそんな風に応用できることとか、魔法の固定と魔力供給に呪符魔法を使って安定させてるところとか、その上ですよ……その上、この指輪にまた、ああいう感じの呪符がみっしり描き込まれてるのかと思うと、技術の繊細さに惚れ惚れしますね!」


 はっ。

 思わず語ってしまった。

 ファビウス先輩は少しおどろいたように眼をみはっていたが、やがて破顔した。あっ、可愛い。やめてくれ、ほんと、可愛い属性まで駆使しないでくれ!


「そんなに褒められるとは思わなかったな」

「だって……わたしには、とても作れないものです」

「修練を積めば、いずれできるかもしれないよ。それに――」


 なにかいいかけて、ファビウス先輩は口を閉じた。


「それに、なんですか?」

「――いや、やめておくよ。ほんとうに叶えたい願いは、口にしない方が現実になりやすいっていうから」


 ファビウス先輩がそんな民間信仰みたいなこというとは思ってなかったので、わたしはちょっと笑ってしまった。


「論理的じゃないですね」

「うん、まあね」


 それでようやく緊張がとけて、変な意識も少しは消えたのである。

 ……完全に雲散霧消、とまではいかなかったけどな!


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