213 さすルルってなんか響きがよくないね!
「呪符だけ置いて、僕はここを立ち去るべきかな」
「ぇえっ?」
意外過ぎる発言に、変な声が出てしまった。
「僕を目印に、敵が来ても困るし。リートがいるのを確認できたらよかったんだけど」
ファビウス先輩の方は、落ち着いている。まるで子どもを諭すみたいだ。
「行っちゃうんですか……」
おっと、思わず本音が。
いやまぁ……お話はごもっともなんですけども。せっかくジェレンス先生が隠して行ったのに、こうしてファビウス先輩と喋っている時点で台無しではあるよね!
でもね、正直にいうとね? わたしだって怖いわけよ。不安なわけ!
「そうした方が、君に危険が及ばないはずだからね」
「……はい」
「シスコ嬢にもだよ?」
そうだった!
わたしはシスコの肩を抱く手に力をこめた。ひとりじゃないんだよ。ふたりなんだよ。
シスコのためを考えれば、これ以上は駄目だ。ジェレンス先生が来るまで、おとなしくしてないと。
「わかりました」
「うん。呪符はここに置いておくね」
そういいながら、ファビウス先輩は紙束を地面に置き、手近な石を重石にした。
え〜、何枚あるんだろう。けっこう分厚いぞ……事前に準備してたの? してたのかも。さすがに舞踏会に束で持って来るわけにはいかないから、とりあえず十枚くらいを内ポケットに仕込んでたんだろうな。
すると、一回研究室に戻って、作り置きを持って来たということか。作り置きがあるってあたりが、さすファビ!
あったら便利なことは、今、しみじみと理解してるけど……わたしにはその発想がなかった。思いついてたら、お願いしてるよね。
「ジェレンス先生の隠蔽魔法がどういう条件で切れるかわからないから、手渡しは試みない」
「わかりました」
「万が一、ジェレンス先生がまた君のことを放置したら、僕が迎えに来れる……ってことは、覚えておいて」
「はい」
前科があるので、そういう話にはなるよね。今回は大丈夫だと思うが……ジェレンス先生が子犬ちゃんになるレベルで、ウィブル先生がガチ注意してたからな!
「研究室に、夜食を用意して待ってるからね」
「……ケーキもありますか?」
「もちろん。期待してて」
「ほんとですか? 楽しみです」
「じゃあ、またあとで」
かるく手をふって、ファビウス先輩は歩み去ってしまった。ひらりと揺れる金髪が闇の奥に消え、さあ……勇気を振り絞らねばならないぞ!
……。
勇気ぃ……勇気の在庫、どこ行ったのぉ……。
ウィブル先生もいってたけど、ただ待つだけってこう……ストレスだよね。
できることがなんにもない。いや訂正、シスコを抱きしめるくらいしかない。
せめてシスコが目覚めてくれたらなぁ……でも、浄化されるのって体力持ってかれるらしいし、難しいんだろうな。わたしは浄化する側だから、体験したことはないけどさ。
「シスコ……」
そっと呼んでみたけど、シスコが起きる気配はない。ぐったりと、わたしにもたれかかったままだ。
顔を見たいな、って思った。
話したい。
なにがあったの、って訊いて……答えてほしい。教えてほしい。それを知ったからって、できることはないかもだけど。
ううん、そんなのどうでもいい。とにかく目覚めて、元気に……笑ってほしい。
「ごめんね、シスコ」
今のシスコは、元気じゃない。笑えてもいない。こんなことに巻き込まれずに済んだはずなのに。
わたしがもっと気をつけていれば。
アルスル様はシスコ狙いに違いない、なんて。面白がってただけじゃない?
リートみたいに、ちゃんと観察しておくべきだった。手をさしだし、相手の反応を見なきゃいけなかったんだ。
くっそ腹立つけど、リートは正しい。正しいから、よけいにムカつくんだけどさ!
シスコを守るためには、正しい方法をとらなきゃいけないんだ。シスコに限らず、わたしの周りのひとを守るには。
たとえ世界を魔王から救えたとしても、そのとき、誰も残ってなかったら? 今、親しくしてくれてるひとが、誰ひとりいなくなってたら、わたしはどんな気分だろう。
世界を呪いたくなったりは、しないだろうか……。
……ちょっと考えてみたところ、ジェレンス先生は生き残りそうだな、って結論に達した。あと、ウィブル先生も。それと、いろんな意味でリートは大丈夫そう……。
エルフ校長はどうだろう。あのひと、なんか妙なところで危なっかしいからなぁ。でも、前回の魔王封印だってうまくやったわけだし、大丈夫なのかな。
「……嫌だなぁ」
誰にも死んでほしくないなぁ。
命を失ってほしくないのはもちろん、とにかく、不幸になってほしくない。
そのためには、わたしはもっと賢くなって、用意周到で――それこそ、さすファビなんて感心してないで、自分がさすルルにならねばならないのだ。
どうでもいいけど、さすルルってなんか響きがよくないね!
「終わったぞ」
不意に声がして、わたしはまた飛び上がらんばかりにおどろいた。反射的にシスコにしがみついたくらいだ。
「終わ……終わった!? なにが?」
声の主はリートである。ファビウス先輩が置いて行った呪符の束を拾い上げながら、君は馬鹿なのか、という顔をこちらに向けた――でも、微妙に視線がずれてるから、やっぱりまだ、わたしの姿は隠されたままなのだろう。
「学園の領域に侵入した吸血鬼の下僕は、すべて処理された」
「処理」
「君が浄化しきれなかったぶんは、ジェレンス先生と校長先生が対処した」
「え、浄化以外になにか……あるの?」
「残りの呪符を使ったんだろう」
でも、呪符の数はそんなに多くなかった。じゃあ、吸血鬼の下僕が大した人数じゃなかった、ってこと?
「呪符は、たりたの?」
「俺はここで君を見張ってたんだぞ。詳しいことを知るわけがない」
「じゃあ、なんで終わったってわかるの」
「魔力感知だ」
当然だろ、という顔をしているが、やっぱり視線は微妙にズレてる。
ふーん、だ! わたしのこと馬鹿にしてるみたいだけど、方向おかしいからな! 間抜けに見えるからな! あ〜、スマホほしい! あの「誰もいないところに向かって話してるリート」を激写したい!
この世界にスマホとかSNSとかあったら、どんな風かなぁ。ファビウス先輩とウィブル先生は、おしゃれ系のやつ使ってそう。絶対、映える写真をばんばん上げてるよねぇ。フォロワー多そう……あー、こういうくだらない前世ネタ、誰にも理解されないのがつらい!
「おい、早く出て来い。帰るぞ」
と、いわれて素直に立ち上がらない程度には、わたしも鍛えられてしまった。
「ごめん、この魔法の解除法わからないから。ジェレンス先生、探して来てくれる?」
「動けば解けるだろ」
「いいから、ジェレンス先生を連れて来て。終わってるんなら来てくれるでしょ」
「先生は忙しいに決まっているだろう。捕縛した下僕の移送もあるし」
「ジェレンス先生なら、そんなのあっという間だよ。それに、わたしのこと放置したら、ウィブル先生に叱られるんだから。それ思いだしたら、むしろ感謝されるわよ。早く連れて来て」
わたしを放置したら、ジェレンス先生の身の安全は保証できないぞ!
「ごちゃごちゃいうな」
不機嫌そうなリートを見て、わたしは思った――ファビウス先輩にもぶっぱしたんだから、公平を期して、リートにもぶっぱすべきでは? だいたい、誰か来たらやっちまえ、ってジェレンス先生に指示されてるわけだし?
べつにイライラをぶつけるわけじゃないよ? 自衛としてね、当然の行動よ? ただのストレス発散じゃないよ、ちょっと勢いよくなるかもしれないけどね。
魔力の残量がどんだけあるか知らんけど、あと一回くらいなら行けるだろ! 魔力の感じ、ほんと全然わからんけど!
ここで魔力切れになっても、ジェレンス先生の魔法である程度は守られてるわけだから、問題ないやろ! 大丈夫!
覚悟しろ、リート! ていっ!
……って魔力をぶっぱなした結果、リートが吹っ飛ぶとは……思わないじゃん……!




