21 飛び級天才少年の二つ名が厨二だった
護衛が護衛の仕事をしている! えらい!
でも、ファビウス先輩は横槍にまったく動じることなく、わたしから視線をはずさないまま答えた。
「なんでも。ルルベル、君が望むものにかけて誓うよ。どうしてほしい?」
「……そんなこと、急に……あの……」
「だよね。困らせてごめんね」
「いえ、その」
一転、それまでの見るだけで糖尿病になりそうな微笑から、爽やか系に切り替えて。ファビウス先輩は、すっと立ち上がった。
かと思うと上体を倒し、距離近っ! と思う間もなく、ささやくように。
「次に会うときまでに、考えておいて」
「ひっ……ひゃい」
ファビウス先輩はまた姿勢を正すと、ウィブル先生に向き直った。
「僕が間違いなく彼女の担当になるよう、調整します。あとで校長先生に確認してもらってください」
「……不安の種類が変わっただけみたいな気はしないでもないけど、わかったわ」
「よろしく。じゃあまたね、ルルベル」
ウィンクしおった! ウィンクってマジでするんだな……うわぁ。
立ち去るファビウス先輩の後ろ髪――けっこう長くて、襟足のあたりで黒いリボンで結んであった――まで、きらきらして見えるよ。
……なんかすごかった。全般に。
「リート、どこ行くの」
ウィブル先生の声で気づいた。リートが立ち上がっている。いつのまに? えっ、わたしぼーっとしてた? してたかな? してたわ!
あんなベッタベタのイケメンにやられたのか! やられたなー!
動揺しているあいだにも、リートは長い足で椅子をまたぎ、斜めに突っ切って通路の方に出た。
「ちょっとリート」
「校長に報告してきます。先生、あてにならないんで」
「ちょっとリート!」
二回も同じ台詞を食らっていたが、リートはすべてを無視して立ち去った。ほんとのほんとに、心臓が金属並みの強度である。
はぁ、とため息をついて、ウィブル先生は羽毛ストールに顔を埋めた。だんだん羽毛ストールが視界にあるのがふつうに感じてきて、おそろしい。イケメン飽和状態にも慣れたし、羽毛ストールにも慣れてしまうのだろうか。
自分の順応力が怖い。
「なにを報告しに行ったんでしょうか」
「リート? そりゃ、研究所がさっそく接触してきたって話でしょ。天才少年を門前払いできないか、交渉に行ったんだと思うわ」
弟じゃない方のリート、たのもし過ぎる……。悪いけど、ウィブル先生よりたよりになるのは確実だ。だって先生、ファビウス先輩に完全に押されてたもんな。
いやしかし、天才少年て。ほんとに呼ぶんだ!
「天才少年……って、飛び級しまくって研究所入りしてるからですか?」
「飛び級して研究所に入ったから天才少年と呼ばれるわけじゃないの。天才少年だから、飛び級させて研究所に突っ込むしかなかったの」
そこの違い、重要なの?
よくわからないまま、わたしは情報収集をつづけることにした。そう……情報が必要だ!
「研究所では、なにを研究なさってるんでしょう」
「ファビウスは、属性自体が研究向きなのよね」
「何属性なんですか?」
「色属性よ」
「色?」
さほど稀少でもなければ、どメジャーでもない属性だ。
わたしの一夜漬け知識によれば、色属性の得意はもちろん染色。そこからスタートして、色の本質へと知識を深める。究めていくと哲学的なことになる属性らしい。
染色という表面部分を見ると、とても身近で、気軽で、世俗的なんだけど。研究所って、次の秋のトレンド・カラー分析みたいなことをやるわけじゃないよね? つまり、哲学の方なのだろうか。
「あの子の専門は、魔力の染色なの」
はい、今なんて?
「魔力って、色をつけられるんですか?」
「あの子はできるのよ。だから天才と呼ばれるの」
そっかー。天才少年って、ちょっとお勉強がよくできますとかそういうんじゃなく、エポックをメイキングしちゃう系の……ガチマジの天才かー!
「あれっ。そしたら、わたしの聖属性も……着色できちゃうんですか?」
「その可能性はあるわね。だから、あの子もやってみたいんでしょう」
「すると当然、魔力量とかも」
「目で見てわかるようになるわ」
「おおぅ……」
えっ、ファビウス先輩すごいじゃん。便利じゃん。あそこまでうさんくさい女たらしオーラをふりまいてなければ、是非とも仲良くしていただきたいじゃん!
「魔力の量だけじゃなく、質も、流れかたも。魔法自体にも着色できるの。だから、魔力効率を求める訓練なんかにも、すごく有効よ。どこで無駄が生じてるかも、確実に把握できるようになるし」
ああ……。転生コーディネイターがいってた、聖属性魔法を理論値最大に伸ばせるっていうのは、そのことか!
ファビウス先輩、もう完全に攻略対象確定である。あれがそうじゃなかったら誰がそうなのって勢いで、転生コーディネイターが教えてくれた条件を満たしてるもの。確定、確定。
「じゃあ、ファビウス先輩が担当になってくださるの、悪い話じゃないってことですよね」
「まぁねぇ、そうなんだけど」
「……だけど?」
「あの子、天才少年のほかに、もうひとつ呼び名があって」
「はい?」
「魔性」
厨二かーッ!
「それはいったい」
「女の子は、駄目なのよ。すぐ落とされちゃうから」
「つまり恋とか愛とかそういうやつですか」
「そういうやつよ」
まぁ、わからんでもない……。率直にいって、さっきわたし、ボケッと見送ったばっかりだからね!
わからんでもないどころか、全然わかる。言葉のチョイスとして「魔性」はいかがなものかと思うが、いやしかし、まぁ……わかる。
たとえば、同じイケメンでもウィブル先生みたいに「一緒に恋バナする? ファッションの流行について語る?(ただし羽毛ストールを除く)」みたいな楽しげな雰囲気はないし、リートみたいに、なんていうかこう……事務的な存在でもない。
エルフ校長は推せるが、あくまで「なんだか人間的(エルフ的?)に素晴らしい人っぽい、尊敬できる」って感じだし、王子は考えないことにしてるし、ジェレンス先生は激やば教師で無理。
お気づきだろうか。
恋とか愛とかいう言葉が似合いそうなイケメンが、魔性先輩しか存在しないのである……こんなにイケメンがたくさんいるのに!
「気をつけます」
「気をつけるくらいでなんとかなるなら、誰も苦労はしないのよ」
「そうですね」
「肯定しないでよ! 心配になっちゃう!」
どっちだよ。
「ウィブル先生も落とされちゃったんですか?」
「アタシは落とされてないけど、落とされる子の気もちはわかるわ」
やっぱり落ちてんじゃねーだろーか?
「注意すべき相手だってことは、よくわかりました。なにか魔法で予防とかできないですかね?」
「なにいってるの、人心操作の魔法は禁術よ」
「あっ、そうか」
やべぇ……。下町の常識では、惚れ薬とか、恋のおまじないとか、そういうのアリなんだけど……あれは国家資格を目指す魔法使いの世界では禁忌らしかった。基礎の本にも書いてあった。
まぁねぇ、「恋のおまじない」って表現すればかわいいけど、言い換えると「マインドコントロール」であり「洗脳」だからな! そりゃ禁術にもなる。ならなきゃ困る。
「対策できればいいんだけど、できないから魔性なのよ」
「なるほど。すごいですね」
「すごいのよ」
ウィブル先生とわたしは顔を見合わせ、なんとなく、くすっと笑ってしまった。なんの話をしてるんだ、我々。魔性の話かー!
「先生に向かってこんなこといってもいいのか、わからないんですけど」
「うん?」
「わたし、ウィブル先生とは友だちになりたいです」
ウィブル先生はちょっと眼をみはって。そして、いつものように少しだけ羽毛ストールに顔を埋めて、吐息だけで笑った。
「それ、いいわね。是非、なりましょ」
『恋人には、なれないけどね』
……んっ?




