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206 まさか生徒に、やる気を出すなとは

 いつのまにか、曲はまた輪舞に戻っている。

 男女ペアになっていた生徒たちは、ばらけて列になって……笑い合って、踊っている。輪舞もちゃんと楽しんでもらえてるみたいだな……。よかった。

 そんなことを思っている場合ではないが、これは完全に逃避である。

 が、逃避モードのわたしが、エルフ校長にはどう見えたのか。


「ルルベル、どうか僕の話を聞いてください」


 懇願されちゃったけどさぁ。

 聞いてるじゃねーか、さっきから! 聞いた結果、逃避モードなんだよ!

 うわーん、もう無理無理やだやだ……って床を転げまわりたい気分だが、ドレスが痛んだら泣いちゃうので我慢だ。


「校長先生……わたし、逃げたくないんです」


 逃避してるけど。

 でも、逃げたくはないんだ。

 すっごく怖いけど。

 それでも、立ち向かいたいんだ。そうできる自分で、ありたいんだ。


「……あなたの気もちは、わかりました。でもルルベル、あれは駄目です。あれと戦うのは、僕です」


 あれ、っていうのは例の吸血鬼のことだろうな。


「わかりました。でも、わたしでお力になれることがあれば、なんでもおっしゃってくださいね」

「ルルベルは、僕の力になってますよ。いるだけで」

「いや、そういうのは――」

「比喩表現ではなく、実際にそうなんです。なぜ、エルフが聖属性持ちを崇めると思います?」


 わたしは、ぽかんとしてエルフ校長を見上げたと思う。

 いや……えっ? なんか理由あんの? えっと、つまり……こういうことか?


「たとえが悪いですが、その……魔王と眷属みたいな感じですか?」

「近いでしょうね。僕らエルフは、聖属性の持ち主がいなくても生きてはいけますが、世界のかがやきが違うんです。聖属性が発見されると、それだけで力が満ちる……」


 エルフ校長は微笑んでわたしを見下ろしている。……待って。また逆魅了の魔法が弱まってない? 物理的に発光してるわけじゃないけど、こう……美の圧力がすごいぞ!

 しかし、わたしは負けない。エルフ校長にも、ずいぶん慣れたし!


「あの、そういう意味ではなくてですね……つまり、いるだけとかじゃなくて、こう」

「活躍したいですか? それは自己顕示欲とは関係ありませんか」

「え」


 思いもよらぬところから、一撃を食らわされたような気分だった。

 自己顕示欲。あるいは、承認欲求。

 役に立ちたいとか、皆のためにとか、綺麗な言葉でごまかしてるだけで……わたしの望みって、そういうことなの?


「あなたは、前線に立ちたいという。魔王の眷属と戦いたい、と。あなたがそうするとき、周りがあなたをひとりで行かせると思いますか? 未熟なまま戦いに赴けば、傷つくのはあなたではない。命を失うのは、あなたを守ろうとする者たちです」

「……」


 返す言葉がなかった。

 そんなこと、わかってたけど。わかってたけど、でも……だって……。


「おとなしく守られるのも、あなたの仕事のひとつ――そう考えてください。あらゆる意味で、あなたを死なせるわけにはいかない」


 エルフ校長の手が、わたしの頬にふれる。そっと輪郭をなぞって、顎に届いた。

 身動きできないわたしの眼を、エルフ校長が覗き込む。なんて綺麗な眼なんだろう、とわたしは思う――世界の深淵、すべての命が生まれるところ。失われた真理、届かない光――ああ、エルフはわたしをヘボ詩人に変えてしまう!


「泣いているんですか、ルルベル?」


 自分ではわからなかった。

 泣いているとしたら、悔しいからでも、怒ったからでも、自分が情けないからでもなくて。

 ただ、エルフ校長が美し過ぎて、本来なら、こんな風に近寄ることは許されない存在なんじゃないかって感じたからだ。

 これまでも、ぼんやりとは思ってたけど――エルフって、エルフだなぁ。人間じゃない。あと、なんかすごい。

 逆に、エルフも聖属性の持ち主にこういう感覚を抱くのだろうか? ……いや、きっと違うんだろうな。


「困りましたね。泣かせるつもりはなかったのに」

「ごめんなさい……」


 わたしだって、エルフ校長を困らせるつもりじゃなかった。こんなことで。こんな風に。

 視線を落とすとようやく、自分の情けなさに悔しい思いが滲んできた。そう、わたしの実力がないから、その上に魔力感知の力まで失われてしまったから。それなのに、自分でやりたがるなんて幼稚なところがあるから、駄目なんだ。

 ……やっと自分のことを考えられるようになったな。

 つまり、エルフを近距離で直視しちゃ駄目だったんだな! 理解! 把握! 納得!


「とにかくですね、わたしに落ち度があることはわかりました」

「落ち度」

「自分でなんでもやろうとするけど、そんな能力はない。やるなら、能力を伸ばしてからにしろ! ってことですよね」

「……まぁ間違ってはいませんが、僕がいいたいのは、そういうことでは」

「そういうことにしてください。その方が、やる気が出ます。校長先生、まさか生徒に、やる気を出すなとはおっしゃいませんよね?」


 いいそうな気がするので、機先を制してやったぜ! どうだ!

 わたしの読みは当たったようで、エルフ校長は渋々という感じでうなずいた。


「そうですね……。やる気を出すなとは、いえないですね」

「わたしが強くなったら、その方がいいですものね! 校長先生にも、安心していただけますし」

「あなたがどんなに強くなったとしても、僕が安心することはないですよ」


 なんだよ、その地獄のような予言。やめろよ!

 って顔をしかめてると、ルルベルちゃん、と声がかかった。ウィブル先生だ。


「どうしたの、そんな顔しちゃって。せっかくの舞踏会なんだから、楽しみましょ?」

「今、校長先生から、ありがたいご指導をいただいておりました」

「ご指導? 校長、またルルベルちゃんをエルフの里に拉致しようなんてたくらんでるんじゃないでしょうね?」


 その通りだよ!

 でも、わたしが説明するより、エルフ校長が逃げる方が早かった。


「僕はちょっと失礼するよ、まだ挨拶が済んでいない相手をみつけてしまった」


 ……この学園でいちばん強いの、ウィブル先生なのでは?


「案の定だったみたいねぇ。さっきから話し込んでるようだったから、心配になって見に来たんだけど」

「あの、先生……ちょっと内緒っぽいお話があるのですが」

「いいわよ、周りには聞こえないわ。話して」


 やっぱ最強なのでは?


「校長先生から、王都にまた吸血鬼が出たと聞きました」

「……ルルベルちゃんに教えちゃったの? あの野郎、ほんっと……しょうがないわねぇ」


 一瞬、ドスがきいた声になったウィブル先生だったが、すぐに持ち直した。さすが過ぎる。


「じゃあ、ほんとのことなんですね。先生もご存じなら」

「残念ながら。ああもう。ルルベルちゃんに話すと無茶するかもだから、黙ってよう、って決めたはずなのに……これだもの」

「誰と誰で話し合ったんですか?」

「職員会議よ、職員会議」

「校長先生、吸血鬼の相手はご自分がなさる、って」

「まぁ、そうねぇ……。今回に限っては、それが賢明だと思うわ。人間はどうしても、吸血鬼の魅了を受けるしね」

「……エルフは大丈夫なんですか?」

「エルフが吸血鬼に魅了されると思う?」


 ちょっと考えてみた。……そんなことが発生したら、現実との解釈違いってことになっちゃうな!


「思わないです」

「吸血もされないの。エルフの血は、吸血鬼にとっては毒のようなものらしいわ」


 そりゃ知らんかった……。なるほど、吸血鬼の特徴である吸血と魅了が無効なのか。


「なら、校長先生が優位に立てそうですね」

「吸血鬼と一対一ならね」


 ……あー。

 吸血鬼は、魅了した人間を大量に動員! とか、そういう作戦もとり得るんだもんな!

 相手は人間を知り抜いた老練な吸血鬼だっていうし……そう思うと、ちょっと不安かも……。


「でも、ルルベルちゃんが一緒に行くわけにはいかないわよ。わかってるわね?」

「はい……」

「どんなに勇敢な兵も、守るべきものを失えば捨て身になってしまうことを忘れないで。守られる側にも覚悟が必要ってことも」

「守られる側の……覚悟、ですか?」

「そうよ。信じて待つこと。これがね、実は難しいの」


 実はもなにも、納得しかなかった。信じて待つって、すごくストレスフルだ。無力感を覚えるし、不安を押し殺さなきゃいけないし。

 でもきっと、それもひとつの戦いなんだろうな……。


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