205 エルフ校長、吸血鬼と文通してんの?
昨日はうっかりして、更新が止まってしまいました。
無念です。
しかし、そんな相手が動きはじめてるんなら、ますます舞踏会なんか開いてる場合じゃないのでは?
……いつもの癖で、わたしはそんな風に考えてしまう。
たしかに、今日たくさんの貴族に紹介されて、漠然と「お貴族様」としか感じていなかった人々に、ちゃんと実体を与えることができた気はしているよ……正直、顔と名前は一致しないけど。でも、すぐそこに実際に立ってて、会話したっていうのはね。体験として、大きい。
それは、相手にとっても同じはずだ。幻想の聖女が現実になった――くらいの感じはあるだろう。
こうやって地道に会って、話して、聖女の言葉で流れを動かせるようになるのが理想なんだとは思う。思うけど……。
「で、その吸血鬼の塒は発見できそうなんですか?」
「まだです」
捜索から、ってことかぁ……。そこは、わたしが戦力になれないところだ。魔力の感覚が消えている今、なにかを探すことなど無理無理の無理である。
もともと不得意だったけど……まだ戻る気配ないしなぁ。
いや、ちょっと待った。試験勉強に必死過ぎて、最近なんにも魔法の訓練してなかったぞ? 経験者のスタダンス様、なんていってたっけ……。たしか、極小の魔力がまず戻ってきて、それをだいじにした……いや、魔力の感覚が戻る前も、なにも感じなくても訓練をつづけてたって話してたな?
やっばい! 呪符の力で役に立てたとか喜んでる場合じゃないじゃん!
「わたし、訓練しないと……」
「あのような年を経た吸血鬼に対抗するのは、あなたには無理ですよ、ルルベル」
「でも、わたしじゃなければ誰ができるんです? わたしが唯一の聖属性持ちなんですよ」
「どうか静かにしてください、ルルベル」
エルフ校長は、笑顔だ。黙れ、周囲には気取られるな、という意味だろう。
……まだ公開できない話なんだな。パニックが起きても困るわけだし。今はウィブル先生が周囲の聴力を調整してくれたりもしていないのだから、用心しないと。
「ごめんなさい」
「いいえ。話を持ち出したのは僕ですから」
「でも校長先生、ほんとに……わたし、魔力が感知できないとかいってる場合じゃないです。なんとかして、感覚を取り戻さないと」
「焦ってはいけませんよ、ルルベル。むしろ、君が今、魔力感知できないことは幸運かもしれません。そんな君に前線に行けとは、誰もいわないでしょうしね」
「先生!」
「あれの相手は僕がします。間違っても、君にやらせたりはしませんよ」
エルフ校長が? 吸血鬼の相手を?
……いやまぁエルフ校長は、初代陛下と一緒に魔王を封印した伝説の勇士のひとりなわけだし、実際にその吸血鬼を知ってるわけだし? ほかの誰より適任なのかもしれないけど……。
あんま、エルフ校長が戦ってるところって、イメージできないなぁ。植物伸ばしたりするのかな。それで吸血鬼に勝てるの?
「でも、魔王の眷属と戦えるのは聖属性だけなのでは?」
「そうとも限りませんよ」
なんか嘘っぽいなぁと思ったけど、この路線でなにか得られるものがある気もしない。
よし、話の方向を変えてみよう。
「ところで……相手が誰だかわかってるってことは、なにか特徴的な事件があったんですか?」
「まぁ、そうですね。王宮の近くの、皆に大神殿と呼ばれている神殿がありますね?」
「はい」
「あそこの神官が、やられました。それも神殿の中で」
「は……?」
前にも説明したと思うが、この国の宗教は、ゆるい。少なくとも庶民レベルでは、超絶ゆるい。
なんとな〜く「女神様にお祈りしよう」くらいの感覚で神殿には行くけど、あんまり具体的な教えとかって聞いたことない。上流の皆さんがどうかは知らんが。
でも。それでもやっぱり、神殿って神聖な場所だと思うし、神官様は神官様じゃん?
吸血鬼にやられるなんて……かなりの衝撃だよ。
「あの……吸血鬼は神殿に入れるんですか?」
「入れますよ。ただ、吸血鬼はそもそも人間がなるものなので」
「……吸血によって?」
「そうです。ですので、生前の知識や感覚、思い込みなどを引きずります。神殿が聖なる場所だと思い込んでいれば、その吸血鬼は神殿に入ることができないのです」
「えっ、そんな仕組みなんですか」
「神殿に関しては、そうです。我が校の図書館が進入不可なのは魔法の力によるもので、生前の本人の思い込みとは関係なく作動します。ある程度は」
「ある程度、なんですか」
「ええ。魔王の眷属に効果がある魔法といえば、聖属性なのは事実です。それ以外の魔法では、どうしても完璧にとはいえません。有効な魔法といえば、そうですね――たとえば、我が友がつくった国全体を覆う魔法がおこたりなく管理され、今も稼働をつづけていれば、吸血鬼の潜伏場所を突き止めることもできたでしょうが」
……根に持ってる! 絶対、きちんと維持管理してないことを根に持ってる! 知ってた!
「じゃあ、やっぱりわたしが……また、ファビウス様に呪符を書いていただければ」
「あなたでは相手になりませんよ、ルルベル。どんなにするどい剣であっても、鞘から抜く暇さえ与えてくれないような相手には、役に立ちません」
「でも……神殿が安全な場所じゃないなんて。吸血鬼が出たなんて、そんな」
「挑発しているんですよ。僕に手紙を寄越すくらいですからね」
えっ。エルフ校長、吸血鬼と文通してんの?
「どんな手紙を?」
「内容に意味はありません。ただ、目覚めたから挨拶しに来た、とだけ」
来んなー! と、全力で主張したい。
「それって、校長先生のところに吸血鬼が来る、って意味ですか?」
「そうでなければ、自分の居場所を探し当ててみろ、という意味でしょうね」
「……返事は書いたんですか?」
「まさか」
文通じゃなかった。
いやそんなことはどうでもいいんだが、つまり、その超危険な吸血鬼、エルフ校長を敵視してるってことじゃないの? ひょっとして、あっちもなにか根に持ってるのか?
……持ってるだろうなぁ。前の魔王様を封印しちゃったメンバーのひとりだもんなぁ!
「ルルベル、そんな顔しないでください」
「どんな顔かわかりませんが……校長先生、その吸血鬼に恨まれていたり?」
「さぁ。恨みや憎しみのような感情とは、無縁の存在のように思えますが」
「そうなんですか?」
「長く生き過ぎると――いや、吸血鬼を生きていると表現していいのかどうか、僕にはわかりかねますが。でも、見知ったものは失われていくばかりですし、感情もすり減りますよ」
ああ、とわたしは思った。これは自分のことを語ってるのかな、って。
エルフ校長だって、ご長寿さんなのである。初代陛下は亡くなって久しいし、当時の仲間はハルちゃん様が残っているだけ。そのハルちゃん様さえ、常時話し相手になってくれるわけじゃない。
もちろん、里に戻ればエルフの皆さんがいらっしゃるわけだけど……エルフ校長の居場所って、里にはないんじゃないのかな。居場所っていうか……自分がそこにいたいと思える場所は、たぶん、初代陛下の近くだったんだろう。
「校長先生は、すり減ってないですよ」
「おや、そうですか?」
「そうですよ。すり減ってたら、わたしのことだって心配してくださらないでしょうし、それに――前に吸血鬼が学園に来たときだって、ほんとに怒ってらしたじゃないですか」
学園は、初代陛下にもらった、たいせつな土地だから。
あれっ? だったら、因縁ある吸血鬼が訪ねて来るかもって……エルフ校長にとって、最低最悪の展開なのでは? 激怒じゃ済まないのでは?
「そうですね……その点に関しては、あなたのいう通りかもしれません。わたしは学園を穢そうとする吸血鬼に怒りを覚えていますし、二度と同じことが起きるのを許す気もありません」
そう断言したエルフ校長の表情は、珍しく険しいもので。
いつも謎の微笑ばかり見慣れていたわたしは、少しだけ怖くなった――ふだんは意識してないけど、校長先生は大魔法使いなんだ。間違いなく、達人級の。それこそ、年を経た狡猾な吸血鬼と渡り合えるレベルだろう。
失礼ながら、ふだんは忘れていて……ちょっと困ったエルフだな〜なんて印象で相手をしてたけど、それは大いに心得違いなのだ。
「やつを学園に立ち入らせたりはしませんが、それでも、あなたに安全な場所にいてほしい。学園は聖域ではない。図書館の守りでさえ、万全とはいえないのですから」
……結局、話はそっちに戻るのかー!
本編のつづきも書けなかったのですが、それは FANBOX のリクエストSS に注力していたからでございました。
いただいたリクエストがウィブル&ジェレンスの先生コンビだったので、学生時代を書けないかな〜、と思ってチャレンジしたのですけど、書いても書いても終わらなくて大変でした!
現場からは以上です。




