表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/523

204 お散歩は一日一回!

 そのとき、周りから歓声があがった。わぁ、って。

 なんだなんだと思ってあたりを見回してすぐ、理由がわかった――きらきらに、色がついたのだ。

 ダンスをする人々の輪郭が七色にかがやく。動きの軌跡が光の線となる。なんかこう、アニメのアクション・シーンの演出みたいにさ、光の筋がすーって!

 おおお、これは綺麗!

 皆、受け入れて、楽しんでる。跳ね上がってみたり、回転速度を上げたり。魔法を追加してる生徒もいるだろう。ホールの中を風が通り、靄が流れ、虹が湧く。

 なるほど、ここは魔法学園。こうした行事に魔法で花を添えるのも当然……ってことが、よくわかるな。


「わぁ……」


 気がついたら、わたしも同じように声をあげてたよね。わぁ、って。

 でも、エルフ校長はそうじゃなかった。ため息混じりに、やれやれ……って感じ。


「ルルベル、次の曲も僕と踊ってくれませんか?」

「え、すみません、それはちょっと」


 悲しげな犬のような眼で見られても、駄目なもんは駄目だぞ! お散歩は一日一回!

 ……いや、散歩なら朝晩二回行くかもだけど、夜の散歩は一回だし、そもそもエルフ校長はわたしの飼い犬ではない。

 エルフ校長はますます容赦なく光度を上げながら、せつせつと訴える。


「できれば、このままエルフの里に行きたいくらいです」

「勝手に決めないでください」

「決めてないですよ……願望を申し述べているだけで。勝手に連れ去ったら、ルルベルは僕を許してくれないでしょう?」


 よくわかってるじゃないか。もちろんだとも。


「わたしはエルフの里には行きたくないんです」

「……覚えておいてください。僕が知る限り、君をいちばん安全に守れるのは、あの場所です」


 ほかのひとは楽しげに踊っているのに、エルフ校長とわたしの周囲だけ、空気が重くなる。べつに魔法で操作しなくても、空気って重くなるね。なんだろうね、これ。


「校長先生……わたし、守られるために入学したわけじゃありません」

「でも、ルルベル――」

「お願いです。役に立たせてください。聖属性だから特別扱いされるんなら、聖属性魔法使いとしての仕事もきちんとさせてください。奥に隠して戦わせないなんて、考えないで。今は魔力の感知もうまくできなくなってますけど、絶対、元に戻します。だから」

「――安全って、そういう話ではないですよ」

「え?」


 思わず足が止まってしまう。エルフ校長もダンスをやめて、わたしの手をとったままホールの壁際まで移動した。


「わかりませんか? 政治的な思惑から守れる、という意味です」


 ……あー。

 そういうことか! 納得! なるほど! たしかにな!


「でも先生、それも利用しなきゃいけないんですよね?」

「人間たちのあいだで、活動するならば。ですが、エルフの里に来てしまえば、そんなことは気にする必要がなくなります。魔王やその眷属との戦いにも、僕らエルフが力を貸しましょう」


 力を貸してくれるのは助かるけど、里に行けば万事解決ってのはどうよ。あやしくない?


「聖女を取り返せ、って人間が攻めて来たらどうするんです?」

「〈万象の杖〉がありますからね」


 人類を万物融解モードに晒すのは、やめていただいてもいいですかね……。


「そんなの、ますます行けなくなりますよ。エルフの里に」

「里に行けば、すべてのエルフがルルベルの味方をできるのに。人間界では、僕以外にルルベルを助けることができる者はいません。今、ほとんどのエルフは里から出ずに暮らしていますから」

「校長先生がいてくだされば、それだけでもすごいことですよ」


 なにしろ、投げられても植物でキャッチしてくれるしな……あんまり再体験したくはないが、あんなことができるのはエルフ校長だけだろう。


「君が里に来てくれさえすれば、〈万象の杖〉も使える。ですが、このままでは持ち出すことさえできません」

「それは――」


 反駁しかけて、わたしは口を閉じた。なにかが、引っかかる。

 エルフ校長は静かにわたしを見下ろしている。綺麗な眼だ。人間ではあり得ない深みを帯びてるな、って思う。

 何年生きてるんだろう。果てしない時間を生きるなかで、どんな景色を見てきたんだろう。


「――もしかして、またどこかで眷属が確認されたんですか?」


 わたしが尋ねると、エルフ校長は微笑んだ。笑顔なのに悲しいの、不思議だな。


「そういうことです」


 やっぱりかー。

 ちょっとおかしいと思ったんだ。やたらと里に誘うし、妙に切迫感のある口調だし。


「今度はどこに?」

「また王都です」


 えっ、と声が出かけたのを押し殺した。音楽や衣擦れの音、靴音に会話。ホールは雑音に満ちている。大声さえ出さなければ、注目は集めずに済むだろう。


「なにが出たんです?」

「吸血鬼です」

「先日のが逃げ出した……わけではなく?」

「あれの親にあたる吸血鬼です。前回の魔王出現時に遭遇したことがあります。危険な相手です」


 前回って……そんな昔から生きてるの? っつーか、魔王討伐戦を生き延びたってことか! そりゃ……危険に決まってるなぁ。


「たしかな話なんですか?」

「ええ。王宮は隠蔽工作をおこなっていますから、まだ知っている者は少ない。ですが、隠蔽は悪手になりかねないのです」

「どういうことでしょう」

「あれは年を経た、悪知恵の回る相手です。人間のことも、よく知っている。政治、経済、軍事、宗教――なにもかも、利用してくる」


 だから、人間界とかかわらずに済むエルフの里へ避難してほしい、ってことか……。


「だったら校長先生も同じくらいできるんでしょう?」

「やつの方が上手でしょうね。より長く生きていますし」

「はぁ?」


 あっいかん。そのまんま声にしちゃった……誰にも見られてない? よし、見られてはいるが、今の「はぁ?」は特に聞こえてなさそう。そりゃ見られるのは見られるね、校長先生と聖女が話し込んでるわけだし!

 いやでも、なにそれ? エルフより長生きしてる吸血鬼?

 やっば! やっばやばじゃん、そんなの!


「魔王を封印しても滅びない眷属がいるんですね」

「いますよ。魔王の封印と同時に滅びるのは、穢れ自体が形を得た存在といえる巨人や、自力では魔力を補充できない低級の魔物です」

「えっ、巨人ってそうなんですか?」

「検証はされていませんが、僕はそういうものだと考えています。経験的に、そう考えると納得できることが多いので」


 なるほど……。じゃあ、巨人がなにを考えてるのかとかは、気にしても無駄なのかな。

 わたしは、東国〈セレンダーラ〉で見た巨人のことを思いだした。ジェレンス先生の魔法で拘束され、地面に横たわっていた巨体。つらくはないだろうかと、少しだけ同情もしたのだけれど……。


「でも、その吸血鬼がそれほど知恵がまわるなら、公表したらしたで利用されるだけでは?」

「そうかもしれません。ですが、かれらがなぜ隠蔽すると思います?」

「えっ……と、民衆が怯えないように?」

「いいえ。他国に付け入る隙を作らないためです」


 断言されちゃった。


「じゃあ、吸血鬼がそれを利用するってことは……どうなるんでしょう」

「我が友が魔王を封印し、あらためて土地を分割して央国〈ラグスタリア〉を建国、東国、西国〈ノーレタリア〉の存在も認め、おおまかに国境も引き――今に至るのは知っていますね?」

「はい、なんとなく」

「その折、三国の君主は盟約を結びました。ふたたび魔王があらわれたときは、互いに情報を共有し、力を合わせて戦おうと。ですが、それから長い時が流れ、盟約は形骸化しました。どの国も、正しい情報を他国に渡そうとはしません。自国の利益をそこなうことを恐れているからです――」


 エルフ校長は声を低め、こうつづけた。


「――その不信に、吸血鬼は必ず楔〈くさび〉を打つでしょう。不誠実や欺瞞を糧として投げ入れ、亀裂を広げるはずです。あれは、そういう存在です」

「精神操作ですか? 吸血のために、もう宮廷に入り込んでるでしょうか」

「愚かな心をあやつるために、彼は吸血など必要としませんよ。それほどの相手です」


 ラスボスかよ!


twitter に不安を覚えるので

(いつ、なにが理由でアカウント凍結されるかわからない状態がつづいているから)

マストドンでも同内容で連載を進めることにしました。


https://mstdn.jp/@usagiya/110217672886216611

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ