203 実行可能で洒落にならん提案はやめてくれ
昨日はうっかりして予約をしそびれ、更新が途絶えてしまいました!
どうかお許しください。
残念ながら、うっかりの素質が高いのは事実ですゆえ、今後も気をつけて参る所存であります。
結論からいうと、階段を下りたところでクラスメイトの赤毛のお嬢様に捕まってしまい、輪舞に参加せざるを得なかった。
お嬢様とお友だちの皆さんも、とても素敵なドレスを着てらしてね。列をなして皆で回転するの、カラフルなひらっひらのお花畑ができるみたいで、わけわかんないけど妙に楽しい。
男子も、名前は覚えてないけどたしか同じクラスのひと……みたいな印象の子が何人かいた。女子ほど見た目の印象が変わらないから、助かる。女子はねぇ、みんな髪を上げてるし! 全力でドレスだし! 化粧もしてるし!
しかも、人数が多いのである。
この舞踏会の主役は一学年の生徒だそうだけど、ほかの学年の生徒もいるし、保護者も多少は混ざってる。
リート曰く、今年は王子と聖女という二大「とりあえず顔をつないでおきたい対象」が出席するため、いつにも増して参加人数が多いと見込まれていたらしい――そして実際、多い。今までどうだったかは知らんから比較はできないけど、とにかく多い。
輪舞の列なんか、どこまでもつづくもんね……輪を多重にしてるせいで混乱したりもするが、まぁそれはともかく。
「つっかれ……たー!」
ちょっともう無理です、って休憩室に引っ込んだら、クラスメイトの女子も何人か同行してくれた。
「聖女様、とてもダンスがお上手ですわね」
「ええっ? まさかそんな、ご冗談を」
「先ほど、ウィブル先生と踊ってらしたでしょう?」
あ〜、あれか。あれはウィブル先生が異様にうまいだけで――と説明しようとしたのだが。
「えーっ! あれ、ウィブル先生だったの?」
「嘘、ウィブル先生って保健室の羽毛ストールのひとでしょう?」
おおぅ。ウィブル先生、今日はトレードマークの羽毛ストールをオフしているから。髪上げしてドレスアップした女子並みに、特定しづらくなってるのか!
皆がきゃあきゃあしてるところへ、当のウィブル先生があらわれた。
「先生、こっち!」
わたしが手をふると、ウィブル先生はにっこり笑って歩いて来る。
……あっ。女子が三人ほど、ギャップで落ちたな……って顔になってるわぁ。
「皆、楽しんでる?」
「先生、先ほど一緒に踊っていただいたせいで、わたしがダンスが上手だという誤解を受けてしまったんです。なんとかしてください」
「なにいってるの。ルルベルちゃんは、とても踊りやすいパートナーだったわ」
「いや、リートと練習してたときは、全然、あんな風には……」
「あらそう? 今度、特訓しておいてあげるわ」
おお……わたしにはわかる。背後に控えているリートは絶対に! 余計なこといいやがって、って顔をしてるはずだ!
怖いから、見ないことにしよう。そうしよう。
「ほら、やっぱり聖女様はダンスがお上手なんだわ」
ウィブル先生にキュンと来てない女子――例の赤毛さんである――が、誤解したままだ。
「違うんだってば。……ウィブル先生、先生とのダンスを是非、皆さんに体験していただきたいです。次に曲が変わったら、順に踊ってさしあげてください!」
「ええ? 光栄だけど、お嬢さんたちはほかにお相手がおいででしょ?」
「はい。婚約者と約束があります。でも、わたし以外は大丈夫のはずですわ」
きっぱりはっきり赤毛さんが答え、赤毛さん以外の女子は困り顔になったが、同時にドキドキもしてるだろコレ!
ドキドキしてないと一見してわかる子が、さっと立ち上がった。
「わたしも実は、婚約者候補と約束してますの。早く踊りたいので、曲の変更をお願いして参りますわ。聖女様のお願いとあれば、すぐに通るでしょう」
えっ、わたしのお願いってことになるの?
いやまぁ……そうだけど……いいのか? わたしの都合で輪舞多めなのに!
「それがいいわね。頼んだわ」
「まかせてちょうだいな」
という感じであれよあれよという間に事態は進展し、ほんとに曲が変わり、ウィブル先生は女子に丁寧に一礼してその手をとると、踊りに行ってしまったのだった……もちろん赤毛さんも婚約者が迎えに来たし、残り二名はウィブル先生たちと見えない糸でつながっているかのような動きでこう……すすーっと。
気がつけば、わたしはひとりだった。いや、背後にリートはいるけどな。
給仕のひとを呼び止めて、グラスを手に取る。冷たい果実水だ。フルーツで風味をつけた水を飲んで、ようやく人心地ついた。
あ〜……疲れた! やっと休める〜!
「ルルベル」
そこへあらわれたのは、エルフ校長である。
身構える間もなく、エルフ校長は優雅に一礼し、わたしに手をさしのべた。
「どうか、この卑しい下僕と踊ってくださいませんか?」
誰が卑しくて誰が下僕なんだよ、やめろっ!
「……そういうの、ちょっと」
「そう? 女性には受けるって習ったのに、残念ですね」
「誰に習ったんです?」
「ファビウス」
聞くまでもなかった気がした!
「ファビウス様のはこう……なんか高等技術っていうか、別世界の規則ですから……」
「別世界なら、僕にも合うんじゃないかな?」
ああ……いやまぁ、うん、そうね? たしかにね? エルフだしね?
「似合うか似合わないかでいえば、とてもお似合いです。ただ、わたしが駄目なんです、そういうの」
「残念。では、やり直しましょうか。……一緒に踊ってくれませんか、ルルベル」
断れないよなぁ。エルフ校長の眼差しがこう……あれなんだ。犬っぽいんだ。お散歩に出かけるのを待ってるときの、あれ。
「わかりました。よろしくお願いします」
「君と一緒なら、踊りながら空にのぼることもできますよ。夜空の散歩はどう?」
いやいやいや。そういう、実行可能で洒落にならんこと、いわんでもらえます? どう受け止めていいか、わからんから!
「それはご遠慮願えれば」
「どうして? きっと、とても楽しいですよ」
「夜空の散歩向きのドレスじゃないんです」
ジェレンス先生だったら、下から覗けないように毛布でくるむぞ! ……ということを思いだし、それはそれでどうなんだよって気分を満喫したわたしである。
「今度、里で仕立てさせましょう。寒さも、空気の薄さも気にせずに済むような衣装を」
どんなだよ。だからそういう、実行可能で洒落にならん提案はやめてくれよ!
ええい、これもうさっさと踊らせた方が被害が少ないだろ! わたしの精神的な安寧のためにも、そうしたい。
……というわけで、エルフ校長と踊ることになったわけだが。
ホールに出て組みの姿勢をとり、一歩動きだしただけで把握した。エルフ校長も、むっちゃダンスうまい。なんかこう……なに? すべての動きが、姿勢が、洗練されていて芸術みたいだ。
芸術に引っ付いているわたしの立場は微妙かもしれないが、そこは考えないことにする。
歩幅を広く取ってはいないのに、けっこう移動する。回転もする。エルフ校長が微笑むと、空気が明るくなる気もする。
……待って。待って待って待って! 逆魅了の魔法が弱まってないか、これ?
「校長先生、なんだかお顔がかがやいて見えます……」
「そう? 光に満ちているのは君の方ですよ」
うっとりとした笑顔でいわれたけど、どう考えても光ってんのはエルフ校長の方だろ! 光ってる、マジで光ってる!
「先生、ほんとにおかしいです。物理的に、発光してます」
「ああ……君の聖属性に呼応してしまったようですね。問題ないでしょう」
「よくないんじゃないですか?」
「なにが?」
「いやだって……」
常識的に、人間は光らないものでしょ! ……だよね?
「ここは魔法学園ですよ。ちょっとした魔法で舞踏会に花を添えるくらい、当然のこと。……ほら、よく周りを見て」
いわれて、ホールを見回してみると……光っとるー! えっ、皆がピカピカだ!
「校長先生が、なさったんですか?」
「さぁ、どうかな?」
悪戯っぽい笑顔もかっこいいけど騙されないぞ、そんなことでは!
くるりとまたターンを決めて、エルフ校長はささやく。
「聖属性に、僕の魔力が呼応したのは嘘ではありません。僕はエルフだから。だけど、聖属性なら誰でもこうなるわけでもないのです。君と踊るだけで僕の心は軽くなり、魂が浄化されるようで……」
だからほんともうそういうの、いいから!




