202 ツッコミどころのある男子しかおらん
そういうわけで、我々は二階へ――つまり、ホールを見下ろす張り出し階層へと上がったのだった。
二階っていうのも変な感じ……だって壁際に張り出してるスペースがあるだけで、大部分は吹き抜けだしね。日本家屋では見たことない設計な気がするよ。
強いていえば、体育館っぽい構造かな。
ただし、見た目は全然違う。歴史と伝統ある建築ぅ! って感じだし。落下防止の手すりは、たぶん木彫りだよな……絡み合った蔓薔薇のあいだに鳥が舞う、ものすごく凝った図柄。お金かかってそう!
あちこちに置かれた椅子に、偉そうな感じの人々がくつろいでいる……いやもうね、見るからに偉そうなの。服とか! 宝石とか! あと、態度とか!
で、エルフ校長が順に紹介してくれるんだけど、わたしはわたしでね。一応、王室から聖女認定を受けているので。平民とはいえ、特別扱いはせざるを得ないって感じらしいのだよ。
つまり、ほぼ貴族扱い? 恭しく手をとって、くちづけの所作をするひともいる――このへんは、立場によりけりって感じらしい。
察するに、リートは全員に手を差し出せと念じているであろう。〈絶対防御〉が仕事するからな!
なんたら侯爵とか伯爵とか子爵とかにどんどん紹介されて、正直、覚えられない。覚えられないが、そこをなんとかする経験は積んでいる。パン屋でな!
看板娘スマイルより多少おとなしめの聖女スマイル――と、自分では思っているやつ――をキープしつつ、わたくしなんでも存じておりましてよ的な態度をつらぬくのだ。こういうのは、ハッタリが肝心。舐められたら駄目なやつだ。
だいたい挨拶が終わったかもというところで、王子と出会った。
「殿下」
反射的にカーテシーをキメてしまう。さっきから、挨拶のたびにやってたから、つい!
「ローデンスと呼んでくれ。何回いえば、わかってもらえるのか……」
そっちこそ、ド平民にとって王子様のお名前をお呼びするのが、どれだけハードル高いかわかってくれよ。
まぁしかたないけどね。王子は王子であって、ド平民ではないのだから。ド平民の気もちなど、おわかりいただけるまい。逆も真なり。
「失礼しました、ローデンス様」
「いや、いい。疲れただろう? もう挨拶は終わったのか」
わたしはエルフ校長を見上げた。どうなんですか終わったんですか、という顔で。
「だいたい終わったと思うよ」
「だ、そうです」
「そうか。それはよかった」
王子と立ち話してるところを、この偉いさんの休憩所で見せるっていうのは……どうなんだろう。王室と近過ぎると思われたりしないだろうか?
あーめんどくさっ! もうどうにでもなれ!
「そういえば、ウフィネージュ殿下は来ていらっしゃらないのですか?」
生徒会長挨拶とかあると思ってたんだけど、今のところ見かけていないし、ちょっと不思議だったのだ。暫く会ってないから、なにかこう……威圧しに来るんだろうなって予測してたから。
すると、王子は苦笑して答えた。
「その〈黄金の涙〉を見て、踵を返したよ」
「あっ……」
そういえば! ぶっ倒れたことがあるんだったな、ウフィネージュ様!
これは愉快……というのも語弊があるが、この宝飾品を借りてよかった案件だ! 案件だが……さすがに、王子にそれを告げるわけにもいかない。
「その、ご気分を害されたようで、申しわけありません」
「君にとってはよかったかもしれないな、ルルベル」
珍しく、王子は賢げなことをいった。……最近ちょっと成長が見られない? 男子三日会わざれば刮目して見よ、ってやつなの? 成長期なの? 大人の階段上っちゃってるの?
しかし答えづらい。
「そうなんでしょうか」
看板娘の知恵。答えづらいときは、疑問で返せ! 相手に答えさせるのだ!
「姉上にとっては、忌避すべき相手なのだ。その宝飾品の持ち主はな」
「シェリリア殿下ですね……」
「そうだ。名前も出さない方がいいぞ。機嫌が悪くなる」
そこまで? いやまぁ、そりゃそうか。そもそも、ぶっ倒されちゃうレベルの害意があるんだもんな……。
「避けてくださるだけなら、いいんですけど」
「はは、あまり期待しないことだ。姉上は、苛烈なかただからな」
期待させろよぉ……。ってか、笑うな! 他人事だと思いやがって!
「大丈夫、ルルベル。なにがあっても、エルフは君の味方だからね」
エルフ校長はエルフ校長で、話を大きくすんな! エルフ対人間みたいになったらどうすんだ!
わたしがぷんすかしてる背後で、リートが小さくつぶやいた。
「〈黄金の涙〉を装備したルルベルにふれるのを避けた人物がいる、ということだな」
こんな美しい宝飾品に対して、装備とかいうな! 武器ちゃうねんぞ。
なんなの、わたしの周りってツッコミどころのある男子しかおらんのどうしてなの!
「校長先生、もう下に戻ってもいいですか?」
「かまわないけど、まだ輪舞の曲だね」
「シスコを探しに行くので!」
天使に癒してもらわないと、やっとられん……。
王子とエルフ校長を置き去りに、わたしはさっきご挨拶したばかりの侯爵とか伯爵とか子爵とかそのご夫人たちとかの前を、ごめんあそばせ、それではまた、失礼いたしますって感じに通り過ぎた。
もちろん、リートはぴったり後ろについてきている。
「リートさ」
「なんだ」
「わたしの手をとったひとの名前も覚えてるの?」
「当然だ。少なくとも明白な害意を抱いていない相手に分類してある。現段階では、という話だが。……君は覚えていないのか?」
「残念ながら、顔と名前が一致してない」
なにか、いいかけて。でも、リートは声にしないで口をつぐんだ。
えっ、なんだよ?
「なにいおうとしたの」
「いや、大したことじゃない」
「気になるから、教えて」
「……必要なら記憶を強化しようか、と」
懲りてねぇ。
……いや、懲りてるのか。一応、提案する前にやめたんだからな。
「お断りだよ」
「そうだろうな。だが、君の立場を考えれば、かれらの顔と名前を一致させておくに越したことはない」
そんなのわかっとるわ、うっせぇわ。
「だとしても、魔法の力で実現させるつもりはないよ」
「ああ、わかっている。不可解ではあるが」
「リートが覚えてるんなら、それでいいじゃない」
「それでいい、とは?」
ホールに戻る螺旋階段を降りていたわたしは、足を止め、リートを見上げた。
こいつほんと、どっかおかしいよなぁ。
「あのさ、人間って完璧じゃないわけ。わたしはパンを売るのが得意だけど、焼くのは得意じゃなかった」
「なんの話だ」
「でも、兄ちゃんは逆。パンを焼くのが得意で、売るのは全然。……だからこそ、わたしには居場所があったの。家族の役に立ててるって思えるのは、救いだったの」
ようやく、わたしがいおうとしていることに思い当たったらしい。リートは眉根を寄せ、気に食わないという顔で尋ねた。
「俺が覚えているから君の役に立てる、喜べ! ということか?」
「表現がちょっとおかしくない? なんでそう悪い意味にとるのよ」
「俺は、自分が誰かの役に立つことを望んではいない」
「と、思ってるんだろうけど。冷静に考えてみなさいよ。自分が役立たずだって思われたら、イラっとしない?」
「誰にどう思われようが、関係ない」
そう答えている今この瞬間、リートはマジで信じてるんだろうな。
誰にどう思われようが、関係ない――たしかに、それはそれでリートらしい。だけど絶対、なんらかの影響はあるはずだ。リート自身が気がついてなくても。居場所なんて求めてなくても。
社会にかかわっている以上、居場所は必要になる。だって必然として、どこかに「居る」ことになるんだからな。
まぁ、それがわたしの近くであってほしいとは、微塵も思ってないけど。でも、現段階では、リートの居場所はわたしの近くだ。護衛をつづける限り、そう。
「わたしには関係あるの。だからリート、わたしが及ばないところは助けてね」
「護衛としての任務の範囲でなら、当然だ」
「そう。それを聞いて安心した」
はぁ〜、ひとまずこれでいいや!
ますます疲れちゃったよ……癒しの天使を探しに行こ!




