200 これ以上なにが? やばいんですか?
「でも先生、〈絶対防御〉ってほんとに効果あるんですか?」
「あるはずよ。どうして?」
「だって、さっき……クラスメイトのお嬢様がたが、そんな雰囲気じゃなくて」
ロマンティックですわ夢ですわ憧れですわ〜! ……って勢いしかなかったもん。
ああ、とウィブル先生はうなずいた。
「若い子は知らないんでしょ。ルルベルちゃんもだけど、数年前ってまだ子どもじゃない」
「でも、噂にはなるんじゃ?」
「そうねぇ……やば過ぎて、子どもには話せなかったのかもね、大人が」
えっ、なにがやばいの。これ以上なにが? やばいんですか?
……それ以前に、そんなやばいもん身につけてていいのだろうかーっ!
「あの……なにかあったんです?」
「ぶっ倒しちゃった相手がね、まずかったのよ」
「……聞かない方がいいですか?」
「王太子殿下なのよね」
「えっ? 愛をこめたのに?」
「現」
……ウフィネージュ様か。
えっ、つまりこの〈絶対防御〉を身につけたシェリリア殿下に、ウフィネージュ様が手をとるかなんかして、ぶっ倒れたってこと? わぁ。
……わぁぁ!
「やばいですね」
「でしょ?」
シェリリア殿下が王室と関係悪くなって、今じゃ離宮に引きこもってらっしゃるのも当然だわね!
そりゃそうなるな、としか評価できん。
「えっ、すると輪舞とかで手を合わせた男子が、わたしに害意を持ってたら――」
「卒倒はしないと思うわよ。お互いにビリッとして、びっくりする程度じゃないかしら」
「ええー……わたし、もう踊りの輪に入らない方かいいんじゃ?」
「大丈夫よ、害意さえなければ、なんの影響もないわ。ただの綺麗な宝石よ」
いやいやいや……。ダンスの最中に相手が突然倒れたりしたら、困るじゃん!
わたしが困惑していると、ウィブル先生は笑った。うふふ、って感じに。
「リートが、今が好機だからどんどん踊って来いって顔してるわよ」
「えっ?」
思わずふり向いてしまったが、リートはいつもの顔だった。つまり、鉄壁。
「あきらかに敵になりそうな相手が判別できるんだもの。あと、それなりの情報力がある相手なら、〈黄金の涙〉の効果を知ってて、ルルベルちゃんとの接触を避けるはずよ。だから、ルルベルちゃんの方から近寄って行って、避けられたらあやしい……って判断もできる」
「なるほど……つまり、スタダンス様は問題ないわけですね」
「本人はね。でも、あの子の背後に誰がどう関与してるかまでは、読みきれないから」
なるほどアゲイン。なるほどー……。
「スタダンス様の背後って……侯爵閣下とか、ですか?」
「それだけならいいけど、あの家、西国とのつながりが深いし。最近では、東国とも盛んに取引してるでしょ? だから、王宮側も警戒してるって話になるわけ」
「ウィブル先生、お詳しいですねぇ」
「ルルベルちゃんのために、お勉強したのよ。生徒は守らなきゃね」
ジェレンス先生に! 爪の垢を煎じて飲ませてあげたい!
でも、そういうことをいえる雰囲気じゃなくて。だってウィブル先生、ちょっとせつない表情で、こうつづけたのだ。
「スタダンスだって、生徒なんだけど」
守ってあげたいのに。あるいは、守ってあげるべきなのに――声にならない声が聞こえた気がして、わたしは表情をあらためた。
「わたしだけを特別扱いするの、おかしいですよね」
「でも、それをしないわけにもいかないの。実際、うちの学園でここ最近狙われたのって、ルルベルちゃん、あなたなんだから」
「そうでしょうか。段階を踏むためとはいえ、ほかの生徒が狙われているという見かたもできませんか? それこそ――スタダンス様とか」
わたしは忘れてない。
気にしたら負けな気もするけど、でも、忘れられっこない。吸血鬼が、わたしのせいにしたことを。
それはひどい責任転嫁で、悪いのはわたしではなく吸血鬼だ。理屈ではわかるけど、感情は納得しない。どこかでまだ、悔やんでいる。
わたしのせいだって、どうしても感じてる。
「……そうね。そういう意味では、失敗してるのよね。……失敗してるの」
「ごめんなさい、ウィブル先生を責めるつもりじゃなかったんです」
「わかってる。でも、事実は事実よ。全員、ちゃんと守れるようにしなきゃいけないんだわ」
そういったウィブル先生の表情は凛々しくて。今日、わりと男性っぽい恰好だから――いやそもそも男性なんだから当然だけど――かっこいいなぁ、って思った。
たよりになりそう、っていうか。
ま、実際強いのは知ってるよ。国一番の生属性魔法使い、単に治してくれるってレベルに留まらない戦闘力があることを、わたしはもう知ってるよ! 自分の血で魔法の武器つくるとか、えっぐいよな……。
「ところで、ルルベルちゃんはダンスはしないの?」
「輪舞はしますよ」
「さっき、シスコちゃんを羨ましそうに見てなかった?」
「あれはシスコが可愛いなって鑑賞してたんです。あのドレス、最高に似合ってません?」
「最高ね。ルルベルちゃんのドレスもシスコちゃんの見立てっていってたわよね? なにが似合うかを見極める眼力があるわね」
「なにが似合うかを見極める……」
たしかになぁ。どんなに最先端のファッションでも、似合ってないと悲惨だものな。
エーディリア様のドレスなんか、ちょっとクラシカルな――口が悪いひとなら、流行遅れと評しかねない型だけど、最高に似合ってるし、全体の印象がすごく綺麗だ。
「もし、踊る相手を決めかねてるってことなら、お相手するわよ?」
「いやいや、結構です!」
「生属性魔法使いとして国一番とはいわれてるけど、公的な立場はただの一教師。しかも平民。一緒に踊っても、問題のない相手よ。親しい派閥も特にないし。強いていえば、保健室に来る回数が多いスタダンスとは親しいと思われてるかもしれないけど、そのスタダンスは、さっきルルベルちゃんにふられたばっかりだし。今はあっちで、エーディリアの犬になってるし」
「犬」
思わず復唱しながら視線をやってしまったが、たしかに……エーディリア様と組んで踊っているお姿はこう、ふつうにかっこいいはずだが……表情が完全にご主人様をみつめる犬である。可愛いな、おい。
「どう? せっかくの舞踏会なんだから、ちょっと踊りましょうよ」
「でも……」
「先生に恥をかかせないで?」
そういってウィンクしてきたウィブル先生は、最高に駄目な感じだったが――つまり、さっき見せた憂いとか、かっこよさとかは投げ捨てちゃって、遊び人っぽさが十割増しだったが――それはそれで似合ってるし、こっちの方がいいなとも思った。悲壮な顔とか、しないでほしい。
「わかりました。でもわたし、すっごい下手くそですよ」
「大丈夫よ」
「足を踏みます」
「生属性を舐めないでちょうだい。ルルベルちゃんに踏まれるくらい、なんともないわよ」
「舐めてないです……」
生属性=強者! くらいの感覚はある。
「ほかになにかある? リクエストとか」
「……あっ、大股に移動されると困るかもしれないです。スカートの幅が」
「了解! 大丈夫よ、うまくやるわ。さあ、お手をどうぞ、お姫様」
そういって、ウィブル先生が丁重に手をさしのべてくれて。
これ、手をとった瞬間ビリビリッときたらロックなことになるなと思いつつ、わたしはその手をとった――もちろん、なにも起きなかった。よかったよかった。
そうして、ウィブル先生の華麗なリードで、わたしは踊りはじめたのだった。
組んで踊る練習をリートとしたときは、どったどったと動きまわり、エーディリア様の腹筋に試練を与えたものだったが。リーダーが変わっただけで、なんだこれ! ってくらい身体が軽い。
わたし実はダンスうまかったのでは? いやこれ絶対錯覚だな。錯覚。
つまり、ウィブル先生がアホほどダンスがうまいのである! はい確定!
たぶんだけど、ファビウス先輩がエスコートしてくれるときに身体が適切な位置に自動的に行く感じのやつ、あれが今、ダンスで発生している……。足取りが軽くなるし、スカートが許す幅ぎりぎりで動いてるはずなのに、全然窮屈な感じがしない。ちゃんと進むし、回るし、なんだこれ。
えーっ、ダンスって楽しい! はじめて知った!
遂に、こちらの移植版も連載200回を迎えました。
長い話におつきあいくださり、ありがとうございます!




