20 求む、国宝級上目遣いをクーリング・オフする方法
正直いって、超弩級のイケメンだ。
隣に座っているウィブル先生がオネェ特化型イケメン、反対隣のリートが地味めのイケメンとするなら、声をかけてきたのは正統派イケメン究極系って感じ?
……危なかった……入学前はもちろん、入学一日目のわたしだったら足を踏み外して競技場の底まで転がり落ちかねない衝撃だった……。
なんとか踏みとどまったが、相手はこちらに来るようだ。いやいや、近寄るなし。これ以上は、やばい。
でも、新顔イケメンは容赦なく距離を詰める。もう眼の色までわかる距離だ。やや赤みがかった硬質なかがやきの金髪の下、光の加減で色が変わる、暗めの紫の双眸が……キラキラしている……あ〜これってほら、お高い宝飾店のウィンドウに飾ってある系のなにかでは? お値段の桁が違って三度見くらいするやつ!
その超弩級イケメンが、笑顔でわたしに挨拶をした。
「はじめまして。君がルルベル?」
「あ……えっと?」
間抜けな返しをしたわたしに、イケメンは笑顔で応える。
「ごめんね、こういうときは自分から名告るのが礼儀だよね。僕はファビウス」
なにこれ、破壊力強過ぎません? たとえば、挨拶なにそれ美味しいの的な感性のイケメン(今まさに隣に座っているアレ)と比べると、圧倒的に社会性が高い!
「ルルベルです、はじめまして」
なんとかパン屋の娘的な挨拶をこなした。よくやった、わたし。ただのパン屋の娘では無理な相手だったが、わたしはルルベル2オープンβ! なんとかなる!
「ファビウスったら、アタシを無視するつもり?」
「まさか。可愛らしいお嬢さんには、どうしても先にご挨拶をしてしまうもの、ってだけ」
可愛らしいお嬢さん! 一瞬の躊躇もなくサラッといいおった!
ファビウスとかいう正統派イケメンは、わたしたちが座っているより一段下の座席にこちらを向いて膝をつき、背もたれに肘をついた。そして、その手の上に顎を乗せて、わたしを見上げた。
……いやいや。いやいやいや! なにこれ!?
ウィブル先生が、それにしてもねぇ、と若干嫌味がましい口調で告げる。
「あなたが総演会に来るなんてね。生徒だった頃は、いつも欠席してたのに。もう古巣が恋しくなったの?」
「やだな。恋しくなるようなつきあいは、ひとつもしてませんよ」
「あらあら。あなたが駆け足に学園を去って、泣いている子も多いのよ? 薄情ね」
「敷地内にいるのだから、会いたければいつでも来てくれればいい。もちろんルルベル、君もね」
これは……いわゆる遊んでる系の! 呼吸するように女を落とすキャラか! わたしの好きな悪役令嬢転生ものでは当て馬ポジションにたまにいたやつだ。絶対そうだ。
それはそれとして、このイケメン、なんでわたしにロック・オン! って顔してるの? この場に女性がわたししかいないから? 新顔はとりあえず落としとけってこと?
「いえ、あの……」
まさか今さら、誰? とも訊けない。名前は教えてくれたし。でもほんと、誰?
ウィブル先生が小さく息を吐いた。
「ルルベルちゃん、この子はファビウス。たしか昨日から、魔法研究所の所属よ」
「一昨日までは、同じ学園の生徒だったんだ。君が来るって知ってたら、卒業をもう少し延ばしたのにな。残念だな……今からでも戻れないかな?」
「なにいってるの。さっさと卒業したいって、飛び級しまくって出て行ったくせに」
飛び級。なんだか、不穏な言葉が出てきたぞ……。
「えっと……すごいですね?」
なぜか疑問形になってしまったけど、ファビウス先輩は美しい微笑で答えてくれた。
「なんでもないことだよ。僕は、目標を決めたらやり遂げる主義なんだ。ただ、それだけ」
「すごいですね……」
ほかに返しようがなくて、同じことを二回いってしまった!
でもこのひと、さっきから物騒な話を聞かされている魔法研究所の所属だっていうし……べつに失礼をやらかして追い払ってもいいのでは? むしろ、そうすべきなのでは?
「ありがと。そうやって褒めてもらえると、頑張った甲斐があった、って思うな」
ねぇ、だからなんでそんなロック・オン完了みたいな顔なの? すごく嫌な予感がするよ……。
だって、転生コーディネイター情報によれば、攻略対象に「飛び級の天才少年」「といっても同学年にいる年下ではなく、同い年で先輩」……っていうのが存在するんだよね。
なお、この天才少年を落とすと、わたしの聖属性魔法に理論値最大の引き上げ効果が見込める、とのことだった。はず。自分を強める目的なら、親交を深めるべき相手ではあるけど。
「飛び級に飛び級をかさねたということは、えっと……失礼ながら、まだお若くていらっしゃる?」
「君と同い年……っていったら、引かれちゃうかな」
引くわー!
攻略対象確定だ。転生コーディネイター、話が違うぞ、学生じゃないじゃん! 研究員じゃん! しかも、わたしが攻略するってより攻略されてるじゃん!
ていうか、引いてるけど引くわとは口にさせない話術こっわ! 先生、先生助けて!
掃除機顔負けの吸引力をほこる眼からようやく視線を引き剥がし、わたしは、隣に座るウィブル先生の袖を掴んだ。同日入学のリートでは無理だ。そもそも、対研究所には教師を呼べと教わったばかりだ。できれば校長……あっ、あの折ったら連絡できる紙、今日は持ってない! ノート持って来てないよぉ!
「ちょっとファビウス、怖がらせないであげて」
「心外だな。彼女を怖がらせたのは、先生たちでしょう? いつ挨拶しようかなって様子を見てたら、どんどん酷くなるから、あわてて割り込んだんですよ」
「圧がすごいんだってば」
「そりゃ、僕のことを覚えてもらわなきゃいけないから……。でも、どうしてだろう――」
下から覗き込まれて、わたしはぎょっとした。国宝級イケメンの上目遣い、いただきました……いただいちゃったけど、これどうすればいいの! クーリング・オフ希望なんだけど!
「――出会ったばかりだというのに、君のことが、とても気になるんだ」
わたし知ってる! それ、転生コーディネイターが調整した初対面バフです!
くっそぉ、転生コーディネイター……!
いやでも冷静に考えると、はじめて乙女ゲームっぽい展開じゃない? これ。いやプレイしたことないからわからないけど、乙女ゲームってこう……イケメンと胸キュンするものなんだよね? だったらこれは正当展開なのでは。
でも、この先輩の目当ては聖属性魔法。わたしのこと気になるのだって、ただの転生コーディネイター効果。……ここまで考えると、あんまり胸キュンしないな。
「ほんと、やめてあげて。ルルベルちゃんは、まだ入学したばかりなの」
「知ってます。だから挨拶に来たんだし」
「研究所が稀少属性を放っておけないのもわかるわ。でも、本人の意志ってものがあるでしょ?」
「大丈夫、信じてください先生。僕が女性の考えを尊重しなかったことがありますか?」
「……アタシが知る限りでは、ないけど」
ふっ、とイケメンが笑った。ふっ、って……マジで、ふっ、って!
「ね? 先生にも認めてもらえるくらいだから安心して、ルルベル。君が望まないことは、なにもしない。誓うよ」
頭がくらっとしそうになったところへ、ものすごく冷たい声が割って入った。
「なにに誓うんですか?」




