199 なんだその強そうな別名……
「でも……ルルベルをひとりには、できないわ」
「ひとりになんて、ならないよ。リートもいるし」
そう。後ろに控えているのである。
最近のリート、気配を消し過ぎてて少し怖い。なんていうか、プロ使用人モード?
ここでは学生のはずなのにな。どうも、わたしの護衛であるというスタンスを隠さなくなったらしい。入学当初は、たまたま同時期に入学して、同じ平民だから親しくなったって建前で行動してたけども……。もう、そういう段階じゃないんだろうな。
「だけど」
「早くしないと、曲、終わっちゃうし。また輪舞に戻っちゃうよ?」
わたしは知っているのだ。シスコのドレス、輪舞仕様に変更はしてあるけど、もともとは組んで踊る方が映えるデザインだってことを。肩からケープみたいにかかってる布の、ひらみがね。ひらみ。わかるでしょ? ひらっと感。あれが、男性と組むために腕を上げた角度で、すごく映えるのよ〜。
「シスコ嬢。どうか、僕に思い出をくれませんか」
くっ……ここへ来て、爽やか好青年アルスル氏の口説きが炸裂だ! えっなにそれ有能。すっげぇ断りづらい誘いかたじゃん!
シスコも少し困った顔だったのが、ふわっと微笑んで。
「じゃあ……行ってくるわね、ルルベル」
「どうぞどうぞ。ふたりとも楽しんで来てね!」
丁寧に一礼してから、アルスル青年とシスコは踊りはじめた。う〜ん、良い眺め!
わたしは男性と組んで踊るのは避けたいのでな。立場的に。おとなしく壁の花になるわ。ジュエリーの名前に倣うなら、壁の涙か。……あんま印象よくないなぁ、壁の涙。
そもそも、わたしのドレスは輪舞専用なのであって、組んで踊るのには向いてない……ってのもある。足捌きがね。組んで踊るのって、けっこう大股で動く必要がある場面もあるんだけど――もちろんリードする男性によるのだが、まぁ一般論として若者は大股に動きがちらしい。実際、今踊ってる子たちを見ても、大胆に足を踏み出してる――輪舞ってそれがないから。ちょこちょこ歩き用のスカート幅なのだ。
「ルルベルちゃん、試験の結果、聞いたわよぉ」
「ウィブル先生……素敵!」
あっ、素敵っていうのはもちろん、ウィブル先生の装いに関してだけども。
久しぶりのウィブル先生は、羽毛ストールをオフ。髪もシュッと撫でつけててね。いつものふわふわスタイルじゃなくて、なんかこう……男性的よ? あと、銀のメッシュが入ってるのも、オシャレ。耳にはピアスをつけてて、これがまたかっこいいんだわ……。
ていうか、誰かと思った! 声かけてくれなかったら、ウィブル先生だってわからなかったかも。
「たまにはこういうのもいいかと思って。褒められると嬉しいわね」
「すごく、かっこいいです!」
「ルルベルちゃんの愛らしさには遠く及ばないと思うわぁ。ね、ちょっと回って見せてくれない?」
いいとも!
回転すると、オーバースカートとストールがひらひらして綺麗なんだよね〜! ストールは肩にかけているだけに見せかけて、実はホックで留めてあるから、多少動いてもびくともしないの。たのもしい!
「最高ね」
「ありがとうございます。シスコが見立ててくれたんです。きっと喜びます」
「ね、教室内が一致団結したって、ほんと?」
「教室? ……ああ、試験のことですね。はい、ローデンス様がうまく仕切ってくださって」
なんか、妙に盛り上がったよな〜……と、あのときのことを思いだしていると。
「ルルベルちゃんって、自分のことをもう少し認めてもいいと思うわよ?」
ウィブル先生に、いわれてしまった。
「認めてますよ。わたし、試験勉強はすごく頑張りました!」
落第しない程度でよかったのに、全力出さざるを得ない状況に陥ったからな……。
「偉かったわねぇ……。ファビウス、容赦なかったでしょ」
「はい……」
「よく耐えたわ。そして結果を出したわね、いろんな意味で」
「だからそれはその、わたしが偉いというよりは――」
「認めてるんじゃなかったの?」
くっ。そりゃ……そりゃそうだけど! わたしは試験勉強頑張った! 結果も出した! でも、いろんな意味でとかいわれると、クラスメイトをまとめたみたいなほら……そういう役割もよくやったね、って解釈しちゃうじゃん。
それはほんと、特になんもやってないのよ。王子に丸投げしたんだよ。
「先生、ローデンス様のことも褒めてあげました?」
「あの子、褒め甲斐がないんだもの。スタダンスはちゃんと感激してくれるんだけど。あーそういえば、スタダンスがさっき、ちょっと騒ぎを起こしかけてたわね」
「ご覧になってたんですか?」
「割って入ろうか迷ってたのよ。エーディリアちゃんがうまくやってくれてよかったわ」
エーディリアちゃん……。できれば敬称は「様」でお願いしたい。いやだってマジで助かったし、様をひとつつける程度ではたりないかも。
あれは、エーディリア様でなければ不可能だっただろうなぁ。
「で、スタダンスの宝石は断っておいて、それはいいの?」
「あー……これはシェリリア殿下のなんか有名なものらしくて」
「有名よぉ。ね、近くで見せてもらっていい?」
反応がクラスメイトの女子と同じ! さすがウィブル先生。
「気をつけてくだされば、問題ないと思います」
「いやぁ、これがあの〈黄金の涙〉なのね……どれだけ魔力が詰まってるか、ちょっと見当つかないわね」
「……魔力?」
「そ。これは亡き殿下の愛をこめられたものなんだけど、その愛に応えたシェリリア殿下も魔法をかけたってことでね、〈絶対守護〉の別名があるの」
なんだその強そうな別名……。〈黄金の涙〉とのギャップがすごい。
「軽くでいいので、説明していただけると助かるのですが」
「亡き殿下の魔法属性、知ってる?」
「いえ、全然」
「ものすごく珍しい属性よ。判定、っていってね」
本で読んだことはある。読んだというか、見たことがあるって程度だ。
「嘘を見破るんでしたっけ?」
「そう。だから、対人関係を築くのが難しいのね。どうしても小さな嘘はつくじゃない、人間って」
「わたしは、あんまり嘘はつかないようにしてますけど……」
「でもね、言葉を濁したりとか、本人にはいえない話だからごまかしたりとか、あるでしょ?」
「あー……」
まーそりゃーなー。あるよなー。
そういうのも、ぜーんぶわかっちゃうわけか。嘘! って。
「だからまず、その魔法がこめられてるの。属性持ちじゃなくても、ある程度の嘘は見破れるようになるわ。漠然と不快とか、そういったかたちらしいけど」
……ノー説明で、なんちゅうもんを身につけさせるんじゃい!
「それでその、シェリリア殿下も魔法をかけられた……というのは?」
「害意をもってふれようとする者を自動で判定して、痺れさせるらしいわよ」
……想像以上にアクティヴな効果だった!
「えっ、それ冗談じゃないんですよね?」
「もちろんよ。ほんとほんと。それも、意識が飛ぶレベルで麻痺するらしいから」
それで〈絶対守護〉かぁぁ! なるほど! なるほど過ぎて言葉もないわ。
現在のわたし、迂闊にふれた悪者を失神させかねない、人間兵器化してた!
「知りませんでした……」
「そうでなきゃ、ルルベルちゃんの護衛がリートひとりってことはないわよ。なにがあるか、わからないもの」
「……もしかして、ウィブル先生も護衛のために来てくださったんですか?」
「ルルベルちゃんに直接お祝いをいうためよ。はじめての試験突破、おめでとう!」
にっこりされても、今のわたし、ちょっと引き攣った笑顔しか返せないかも。
「ありがとうございます」
「いろんなことがある中で、ちゃんと成績とれるって、ほんとにすごいことだと思うわよ?」
「はい……」
そういわれると、いろいろあったなぁ。入学以来、もうほんっと、いろいろあった!
いろいろあったなぁ、って過去形にしたいなぁ。
現在進行形で、侯爵家のご子息に言い寄られたり、知らないあいだに人間兵器化してたり、いろんなこと起きてるの……考えたくないなぁ!




