196 ゴージャスでマーベラス過ぎる!
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そして迎えた舞踏会当日。
「ルルベル」
着替えを終えたところでファビウス先輩に呼ばれ。
予感はあったんだけど、ジュエリーがだねぇ。すごいのが出てきた、すごいのが!
なぜ予感があったかというと、シスコが……あのシスコが、わたしのドレスにあわせたアクセサリーを用意していなかったからである。
シスコ自身は、眼の色にあわせたチョーカーとピアスが絶句するほど似合ってた!
それはそれとして、だ。わたしの身支度も手伝ってくれたのに、アクセサリーについては言及なしだったからね。
ってことは、なにか別枠なんだろうな、流れからいって本命ファビウス先輩、対抗エルフ校長、大穴ウィブル先生、出走取り消しスタダンス様って感じだろ……と思っていたのだ。
結果、本命とはいえ。出てきたものがゴージャスでマーベラス過ぎる!
「これはちょっと」
「第一声が、それなの?」
ファビウス先輩は声の調子からすると面白がっているようだが、いやだって! これ、スタダンス様が無造作に送ってきた恐ろしいやつと変わらないじゃん、印象が! 石の色とかデザインとかは違うけど、豪華さという点で同等じゃない? ねぇ、マジで。庶民には一生縁がないものだって!
「だって、わたしには似合わないです」
「そんなことはないよ。君に似合うのを借りてきたからね」
「……借りたというのは、ひょっとして」
「シェリリア殿下だよ。これは、亡き義兄から贈られたものでね。社交の場で何回も身につけているから、ちょっと気の利いた者ならすぐに察するよ。君が誰の庇護を受けているか、ってことについてね」
「そっ……そんなだいじなもの、お借りできません!」
ファビウス先輩は、にっこりした。綺麗!
「だいじなものだからこそ、効果があるんだ。わかるだろう?」
「で、でも……ファビウス様にいろいろ面倒をみていただいていることは、おそらく、皆さんご存じでしょうし」
「うん。だから?」
「これもその、ファビウス様からのご好意のあらわれと誤解されてしまうのでは?」
「べつに誤解じゃないし、そう思われても問題なくない?」
しれっと当然顔でいうな! 問題あり過ぎだろ!
「ファビウス様に憧れてらっしゃる皆様のお気もちを考えると、とても……」
「……じゃあ、こう考えてくれる? だからこそ、姉の宝飾品が望ましいんだって」
「はい?」
「僕が個人的に、好きな女の子に宝飾品を贈るとしたら、姉から借りたもので済ませるはずがなくない?」
「いや……それは……そうかも?」
「君がいう『憧れてらっしゃる皆様』は、そう考える。僕だって、こんなのは不本意だ」
かくも美しく高価なジュエリーを、不本意扱いするのはどうなのか……。
いや、お断りしようとしてるわたしも! どうなのか、だけど!
でもほら、わたしの場合は身の丈に合わない感がすごいから。むしろこれ、ご遠慮しないと不敬な感じまであるじゃん?
「後ろ向いて。首飾りをつけてあげる」
「ですから、わたし――」
「たのむから」
……たのまれてしまった。それも、わりと真顔で。
正直いって、心情的にファビウス先輩には逆らえない。だって、むちゃくちゃ面倒みてもらってるのである。試験勉強にまでつきあわせてしまったし、余分なおまけ生徒も鍛えてもらった。だいじな研究の邪魔もしているだろう。
冷静に考えて、負い目しかないのである!
「……わかりました。でも、舞踏会のあいだだけですよ」
「もちろんだよ。むしろ、すみやかに返却しないとシェリリア殿下に文句をいわれるよ。あのひと、宝飾品の管理はきっちりしてるからね」
「そうなんですか……」
「貴婦人って、そういうものなんじゃないかな。彼女たちが生きているのは、身を飾る宝石で価値が示される世界だからね」
「なるほど」
そんな話をしているあいだに、ファビウス先輩がわたしの後ろにまわり、手が首の横を通って……こう……近い! しかたのないこととはいえ、近い!
「髪を上げてるの、とても似合ってるよ」
至近距離、しかも背後からそんな台詞を吐かないでほしい! 耳がざわっとする!
「ありがとうございます。でも、今日は皆さん上げてらっしゃると思いますよ」
学園の舞踏会は、わりと正式な社交の場なので――ほら、基本的に貴族ばっかじゃん? 当然そうなるわけよ――女性の髪はアップ・スタイルが基本なのだ。
首やデコルテのお手入れも、シスコにチェックされたよね……デコルテなんて、下町娘は手入れしないわけ。そんな余裕ないもん。えっなんのことって訊いたら、すごい顔されたわ。
まぁ、おかげさまで今日は綺麗にしておりますですよ、シスコにもらったクリームがすっごい効果あったのよ……なんなのあれ。魔法? 魔法だっていわれてもおどろかないよ。
「会場に連れて行くのは校長だっていうけど、短時間とはいえ君を独り占めにするなんて、ずるくない? 僕じゃ駄目かな。ずっと一緒にいるんだし、僕が適役だと思うんだけどな」
なんだか子どもみたいに駄々をこねながら、ファビウス先輩はわたしの前に立ち、華奢なサークレットを留めてくれた。
額のところに半透明のクリーム色の石がぶら下がる、金鎖と銀鎖をつらねたデザイン。ところどころ、小さな石がきらめいてるのは、ひょっとするとダイヤではないかと思うが……考えないことにする。考えない、考えない。
ネックレスやピアスもサークレットとお揃いのデザインで、アクセントになる大きな石以外は、小さなきらきらと、鎖でできている。なんていうかこう、朝露を宿した蜘蛛の巣みたいな感じよ。美しい……。
「とても綺麗だよ、ルルベル」
ここで、あなたの方がお綺麗ですよといわない程度の常識はあった。
常識はあったが、投げ捨てたい気もちでいっぱいである。だってファビウス先輩むっちゃかっこいいじゃん……黒い上下に、シャツも濃いグレーをあわせて、タイは深くかがやく玉虫色。カラー・チェンジする眼とよくお似合いで……。
やはり、あなたの方がお綺麗ですわよって申し上げてもかまわないのでは?
「あの……」
ファビウス先輩はわずかに首をかしげて眉を上げ、なに? という顔をなさった。
……かっこええなぁ。こんなん、うちの兄や弟がやっても駄目よ。微塵もかっこよさなどないよ。そもそもやらねーし。いや、そんなことはどうでもよくて。
「いろいろ、巻き込んでしまってすみません」
「……君はまた、そんなことを。伝わってないんだなぁ」
「なにがでしょう」
「たよってほしいって、いってるよね? 社交辞令でもなんでもないんだよ。でなきゃ、研究室を提供したりしないよ。試験勉強にもつきあわない。王家の者だけが通れる抜け道に連れて行ったりしない」
ぐぅっ。ここで負い目に感じてる要素を連続で打ち込んでくるとは、やるな!
当のファビウス先輩は息を吐いて肩をすくめ、深い藍色のマントを手にとった。
まだ冬本番ではないが、パーティー用のドレス姿で講堂へ行ける季節ではない。着せてくださるという意味だと解釈し、どう考えても身分的におかしなことになってるよな、と思いながら肩にかけていただく。
「リート、もうじき校長が来るから、あとはたのんだよ」
「わかりました」
「ファビウス様も出席なさるんじゃないんですか?」
「するよ? でも、ちょっと済ませておきたい仕事があってね。学生じゃないから、開会の挨拶なんて聞く必要もないし――」
そのまま部屋を出かけて、ファビウス先輩はちょっと足を止めた。わたしをふり返って、少し楽しげに尋ねる。
「――もし君が、僕と一緒にいたいって思ってくれてるなら、はじめから出席するけど?」
「とんでもない! どうぞ、お仕事をなさってください。ただでさえ、いろいろ支障が生じているのではないかと不安になっておりまして……」
ファビウス先輩は笑って肩をすくめ、ひらりと手をふって部屋を出て行った。
……いやでも正直、舞踏会にエルフ校長と一緒に行くのって……冒険だな! あのエルフ、なに考えてるかわかんねーし! リートも控えてるとはいえ、所詮は雇い人である。
わたしは気を引き締め、エルフ校長の来訪を待った。




