195 ルルベルだっていうだけで、すごいんだから!
解答用紙がピカーッと光ってフワーッっと浮き上がった……と思ったら、わたしは通常空間に帰還していた。
周囲を見回し、全員いるっぽいことに安堵する。たぶん全員。ごめん、正直クラスメイトの見分けついてないから、たぶんとしか表現できないけど全員だと思う!
「おまえら、面白ぇことやってたなぁ」
にやついているのは、教壇に立つ鬼教師にして当代一の魔法使い、〈無二〉のジェレンス先生である。……おや? 苛立ってらっしゃらない? むしろ楽しげ?
どういうことだ。
まぁ、とジェレンス先生は話をつづける。
「正直にいって、全員を全問正解とは認めがたいが、全員合格とは認めざるを得ない」
「全員、全問正解しているはずだ。こうして戻っているのだから」
即座にクレームを入れたのは、王子である。王子……王子がちゃんとたのもしい子だったなんて!
「そりゃ、正解できてるやつに教わったら全問正解できるだろ。その手法を編み出し、協力して実行し、全員全問正解にしたことは褒めてやる。だから、本来なら不正な手段での解答として落第にせざるを得ないところを、合格にしてやるっつってんだよ」
……お、おぅ。そういわれると弱いな……。
反論できないわたしたちに向かって、ジェレンス先生は少し真面目な顔でつづけた。
「でもな、協力できたのは、いい。実に、よかった。魔法使いなんて、すぐ孤立するからな。できることが多いやつってのは、なんでも自分でやろうとするもんだ。で、疲弊して、挫折する。あるいは周囲からのやっかみでつぶれる。いいか、どんなに強い魔法使いでも、ひとりでできることなんて限られてる。目的を確認し、意識をすりあわせ、ともに行動することができる仲間より強いもんはねぇよ。だから、おまえらは合格だ」
もちろん、とジェレンス先生は注釈を入れることを忘れなかった。
「ちゃんと全問正解した生徒の方が、成績の評価は上になる。そもそも、知識を問うためのテストだからな。自力で全問正解できなかったやつらは、ちゃんと反省しろ。わかったな」
試験は終わった。
……やった。やったぞ! 落第をまぬがれた! ファビウス先輩の僕が教えるからには最高の結果がどうこうって条件をクリアできる結果かどうかには疑問が残るが、とにかく!
落第しなーい! やったー!
「やったよ、シスコ!」
「やったわね、ルルベル!」
わたしたちが手をとりあって喜びを噛み締めていると、横合いから声をかけられた。
「あの……」
「あ、レンデンス師のご子孫のかた!」
そう、選ばれし第十問の正解者仲間である。
「うん……。うちのご先祖、えらかったんだけど、あんまり有名になれなくて。叔父が書店の栞にあれを印刷したのも、ご先祖様の事績を少しでもひろめたいって、そういう理由だったらしいんだ」
「そうだったんですね」
全員正答の立役者である、シスコの栞……それに、そんな事情があったとは。
「でも……皆があんまり正解してない中、聖女様が正解してくださって、すごく嬉しかったよ」
「えっ? それは――」
ファビウス先輩に詰め込まれたから、とはいえない。傾向を熟知した天才による対策がハマったから知ってただけで、クイズ大会では誰も正解できなかったということも、クイズ大会に参加してたのに王子とスタダンス様が正答できていないってことも……いえない!
わたしが反応に窮しているあいだに、レンデンス師のご子孫は深々と一礼した。
……えっ。待って、このひとも貴族でしょ? やめてー!
「先祖の名誉がたもたれたし、僕も頑張ろうって気もちになれた。それに、栞を大切にしてくれていることも……心に沁みたよ。ありがとう」
シスコに向かっても、丁寧にお礼の言葉を述べてくれた。
なにこの爽やか好青年! ど、どうすればいいの?
「そんな風にいわれるようなことは、なにも……。でもこれで、皆にとって忘れられないお名前になったのではないですか?」
「……そうだといいな」
「おい、聖女様を独り占めするんじゃない」
「そうよ、わたしたちだってお礼をいいたいんだから」
お礼・イズ・なに?
進み出て来たのは、エーディリア様的な雰囲気の女子生徒だった。つまり、お貴族様ーッ! って感じ。くりっくりに巻いた赤毛がツヤツヤです……髪型、凝ってるなぁ!
「聖女様、このたびは皆が正答できる方法をお考えくださり、ありがとうございました」
「え、いや、それは殿下とスタダンス様が――」
「ローデンス」
話がめんどくさくなるから入ってくんなや、王子!
「――ローデンス様が、話をまとめてくださったからであって」
「いいえ、知ってますのよ。聖女様がまず、殿下にお話くださったからこそ、あの手法がとれたということ」
……なんだっけ? ああ、正答だと聞こえないからってやつか!
「いえいえ、そんなもう、ほんとにわたしはなにも」
こんな調子でいつのまにかクラスメイトに囲まれてしまい、当惑していたところで救いの手がさしのべられた。
「皆さん失礼。聖女様は、次のご予定がおありですので」
リートである。
ちなみにリートはなにをやってたかというと、もちろんテストを受けていた。ただし、自力全問正解離脱組なので、この盛り上がりの中にはいない。
なお、例の記憶消す発言以降、わたしはリートとはまともに喋っていない。リートはリートで、わたしが話しかけなければとくに会話をふってきたりもしないからな!
「次の予定?」
「衣装合わせ!」
打てば響くようにシスコが答えて、ああ〜……ってなったよね。ああ〜!
「ごめんなさい、わたし舞踏会のドレスがまだ仕上がっていなくて」
「まぁ。それは大変ですわ! お引き留めして申しわけありませんでした」
「急に輪舞に変更になりましたものね、わたしも型を変更するので、最終調整が残ってますの」
「ドレスを変えるとアクセサリーもでしょう? ほんとうにもう、時間がなくて」
……ごめん。ごめんよぉ! それ、原因は……!
事情を口走りそうになったわたしの手を、シスコがぐっと握ってくれた。喋るなという意味ですね、わかります、助かります。
ドレス談義をはじめたクラスメイトの囲みを抜けて、シスコとわたし、そして背後からついて来るリートの三人は教室を脱出し、ファビウス先輩の研究室へと向かった。
「お昼食は研究室でいただくことになっているわ。ただ、お腹のかたちが変わるほどは食べないでね?」
「食べないよ!」
たぶん。
「でも……」
なにかいいかけて、シスコが笑った。ふふっ、って。やだ可愛い天使!
「なに、シスコ?」
「あのね、ルルベルが皆に囲まれてるところを見て、わたし、ちょっと誇らしかったの」
「え?」
「ほら見て、わたしの友だちはすごいんだから! って。笑っちゃうわよね、自分がすごいわけじゃないのに」
シスコぉぉぉ!
「違うの、シスコはすごいの。こんなわたしと友だちになってくれて、いろいろ面倒みてくれて、わたしが怒れないときは代わりに怒ってくれて、泣いたら慰めてくれて、それもまだわたしがなにも価値を示せてないような時期からで――」
「ルルベル、褒めてくれるのは嬉しいけど、それは駄目」
「……」
「価値なんて示さなくていいの。わたしは、ルルベルがルルベルだから好きなの。ルルベルが聖属性持ちであることとか、同じ平民階級であることとか、話してると気もちが明るくなるところとか。ひとつずつ切り分けることはできなくて、ぜんぶ含めて、もう好きなの。ルルベルは……ルルベルだっていうだけで、すごいんだから」
「……うん。ごめんなさい」
「たとえばよ? わたしが、ルルベルにシュガの実を手配できて自分の価値を示せたとか、ドレスの仕立てで役に立てたからよかったとか、そういうことばっかり主張しはじめたら嫌じゃない?」
「うん。嫌」
「でしょ?」
シスコって、やっぱり女神なんじゃない? わたしのことなんでも許してくれて、ほしい言葉をくれるの。それも、自分がほしいなんて気がついてもいなかったことを、ぱっ! って。
よし、もうシスコ教を興そう! 入信者第一号はわたし! 慈愛の女神シスコを崇めよ!
……だが、わたしは試着のときに思うことになる――この女神、ファッションに関してはむちゃくちゃ厳しくて妥協がないな!
twitter の方で連載200回を超えました!
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
記念に、キャラクター人気投票企画をやる予定ですので、よかったらチェックしてくださいね。




