194 随喜の涙を流させてやろう
教師の横暴に立ち向かうべく、我々は団結した!
……なぜか全員、ノリノリである。要は、鬱憤を晴らしたかったのだと思う。ほら、閉塞感がキツいから。その反動が爆発しているのだ。
なお、試験を受けている生徒たちは時間の流れが現実と乖離しているので、ジェレンス先生が教室内にいるかどうかもよくわからない。外でなにか喋ってても、聞こえたりはしないだろう。術者であるジェレンス先生は、その気になれば魔法空間内部のできごとを把握できるんだろうけど、その気になってるかは不明。正直、爆睡してるんじゃないかと思うね!
「一班、結果は出たか」
「我々の班は、全員不正解が第十問、第五十問の二問です」
「二班」
「我々は――」
意外と不正解が多い第十問。そして、意外じゃなく不正解が多いのが、第五十問。
「最終問題を正解している者は、誰もいないのか……」
それでも、すでにこの鬱陶しい空間を脱出した全問正解者は三人いるのだから、ジェレンス先生の設問自体に問題があるわけではないのだろう。マニアックというか、ニッチな知識が問われているのかもしれない、とは思うが。
いやでもさー、こんなに人数いて、誰も正解できてないって、ある?
「誤答を集めれば絞り込めるでしょう、正答を」
スタダンス様の提案で、さっそく全員の誤答を集めてみたけど……まぁ想像通りだよね。火! 水! 風! 生! あと土もあったけど、土属性ってそこまでメジャーじゃないので、そんなにたくさん魔法使いがいるとは思えないし、書いた生徒も「思いつかないから書いちゃった」だけだろう。
岩もそうなんだけど、土って魔力を通しづらいんだよね。電気でいうところの絶縁体に近い。
土属性持ちであっても、違う属性の魔法使いよりは少し楽な程度に留まる。だから、土属性は一般にはハズレっていわれてて、職業魔法使いになるのも、ごく限られた天才だけ。要するに、人数が多いはずがないのだ。
スタダンス様が地面に穴ぼこ空けたやつも、魔力通してるのは空気で、土はその影響を受けただけらしい。それはそれで怖いけどね……空気を重くするのが得意とか!
「生属性だと思ったんだけどなぁ」
シスコはまだいっているし、ほかの生徒たちもうなずいている。そうだよな……この教室にだって、生属性持ちけっこういるんだもの。
生属性って、けっこう幅広い。農作物の育成にだって生属性を使うわけだし。ファビウス先輩に教わったみたいに、昔は複数の属性に分けられてたものが統合されたみたいだし。
「……ん?」
「どうしたの、ルルベル」
「我が国の魔法使いの国家資格って、大暗黒期前から伝わる伝統的な分類にのっとってるんだよね?」
「そうだ。第十五問の解答と関連する」
答えたのは、ナヴァト忍者である。今日も見えてる。声は渋い。
「じゃあひょっとして、今とは違う分類で資格取得してるとか」
「それはないんじゃないかしら。わたし、国家資格の要項は確認したけど、見覚えのない分類を見た覚えはないわ」
というか、シスコは要項を確認してるのか! クラスメイトもダヨナーって顔してるってことは、皆、ちゃんと調べてるのか! うおお、わたし遅れてるぅ!
「なんだろうな、そんなに多くの資格が授与されてるのに……あーっ!」
ぴーん! ひらめいた!
「なに? ルルベル」
「呪符魔法!」
ファビウス先輩がいってたじゃん――僕は魔法使いの国家資格をふたつ持っている、って!
わたし以外の全員が、ぽかんとした。ってことはだよ?
「……聞こえてない?」
「聞こえてないわ。正解なんじゃない?」
「素晴らしい……ルルベル嬢、素晴らしい!」
「これ問題文が駄目ですよ。だって属性って訊かれたら属性で考えるもん……」
「属性じゃないのか?」
王子が問うのに、わたしはうなずいて答えた。
「属性じゃないけど属性と同じような扱いで国家資格がとれるやつです」
「あっ!」
シスコが、ぴーん! とひらめいた顔をした。同時に、何人かのクラスメイトが声をあげる。
「わかった!」
「あれかー! ――だったのか!」
「――か!」
聞こえないからカオスだが正解だってわかるな! 便利だけど不便だけど便利!
「わからんな……なんだ?」
「国家資格の取得は属性ごとですから、――も属性のひとつとして扱われるわけです」
ナヴァト忍者もひらめいたらしく、王子に解説している。……いや、それじゃ伝わらないと思うよ?
「ローデンス様、すごくわかりやすいですよ」
「わからないぞ……」
「魔道具製作に使う魔法です」
ぴーん! ぴーん! ぴーん!
王子も、スタダンス様も、そのほかまだひらめいてなかったクラスメイトの全員が、あーっ! って顔になった。
「――か!」
「属性っていわれたから連想しなかった……たしかに」
「――の国家資格取得者ってそんなに多いの?」
「あれは就職に困らないから……」
「一学年じゃ習わないのも、思いつかない一因だろうなぁ」
ざわざわしてるけど、これ、大多数が理解したって感じだな、うむ。
で、すみません、わたしめっちゃ習ってますね……。あああ、習ってたのに! しかも資格持ちが身近にいたのに! 気がつかなかった、不覚ーッ!
「これで全員、一問解決したな。喜ばしい。君のおかげだ、ルルベル」
「いえ、その……」
たった今、忸怩たる思いを噛み締めていたところだったので、素直には喜べないのだが……。王子はわたしの手をとり、ほかの生徒たちを見回して告げた。
「聖女よ、あなたは我らを救ったのだ」
いや。一問だけだよ?
「大袈裟です、殿下」
「ローデンス」
そういうことは忘れないんだな!
「……ローデンス様。それより、こうなったら全員で全問正解を目指しましょう」
「望むところだ。あの鬼教師に生徒の成長を見せつけ、随喜の涙を流させてやろう」
ジェレンス先生の場合、我々が全員正解を叩きつけたら喜ぶよりむしろ憤死してしまうのでは? と思わなくもないが、たぶん、王子もそんなことはわかってるだろう。王子に限らず、全員。
でも我々、この状況にうんざりしてるからな! 許すまじ、時魔法の無駄遣い!
「よし、スタダンス。先ほど作った正誤表を」
「こちらに」
いつのまに……正誤表って、なに?
「これより、誤答が残っている問題をひとつずつ指定する。正答者は、誤答者が正答に辿り着く手助けになる説明をするように。正答者の人数が多い場合、班ごとに代表を出してほしい」
……仕切ってる! 王子がちゃんと仕切ってる!
わたしが感動している横で、王子とスタダンス様がぱっぱと構築したシステムが稼働を開始。さっきわたしが呪符魔法を説明したような――まぁ、あれほど都合よく簡単に説明できる問題は少ないんだけど――説明で、少しずつ解決していく。
そして、問題は……第十問だった。意外と知られていない、レンデンス師! 正答者、わたしを含めてわずか三名!
「僕の叔父が同じ名前です」
「えっ、ご一族だったりするの?」
「実はそうです……それで僕は正答できたんですけど。あ、でも叔父は魔法使いではなく、書店を経営してます」
なんてヒントも出てたけど……クラスメイトの叔父さんの名前なぁ……。
「書店の名前が叔父さんの名前だったりは?」
誰かが質問したけど、その生徒は首を左右にふった。
「残念ながら。皆さん店には行かれたことがあると思いますよ、魔法関連書を広く取り扱っているので」
シスコがはっとした。おっ?
「わかったかも……入口の下に――師の言葉が書かれてますよね?」
「正解です! 聞こえなかった!」
「だったら、あのお店でもらった栞に印刷されてます。署名も一緒に。どうかな、読めるかな?」
シスコが差し出した栞を、皆が見る。もちろん、わたしも。読める……読めるぞ!
王子が全員に号令した。
「よし、時は来れり! 今こそ正答を書き入れよ!」
ジェレンス破れたり!




