193 わたしはド平民で王子は王子なので!
全問正答すると解答用紙が浮かび上がってジェレンス先生のもとへ届き、その生徒は時魔法の影響下からときはなたれる……という、無駄にチートな魔法を使った試験と戦うルルベルの運命やいかに!
……ジェレンス先生さぁ、徹夜で問題つくったっていうけどさぁ、この魔法を仕掛けるのに時間を浪費したんじゃないの? ねぇ? と思ってしまうのは、ともかく。
ファビウス先輩の対策が功を奏し、ほとんどの問題が見覚えある! 正答……かどうかは自信ないけど、解答欄を埋めることもできる!
問題は、全問正解しないと終了しないという、このシステムである……。
「一問ずつ判定してくれないかな」
文句をいったのは王子で、その気もちは痛いほどわかる。
正誤の判定は、すべての解答欄を埋めたときに発動し、全問正解なら解放、一問でも不正解があれば……なんと! 回答用紙は白紙に! 完全未記入の状態に戻ってしまうのである!
そこまでやらなくてもいいじゃん!
二回ほど全消滅したところで、わたしのやる気は儚くなった……。
「最後まで書けたのか、君は」
「埋めるだけなら三回埋めてみた」
「そうか……素晴らしい」
いやスタダンス様、それはおかしいって。正答してないんだから、素晴らしくはないって!
なお、全問正答できていない生徒の時間は共有されており、会話もできる。回答を見せあうことはできない。禁止されているわけではなく、物理的……いや、魔法的にできない。声にするのも禁止。これも魔法的に不可能。ジェレンス先生が、カンニング防護策を完璧に仕上げてきたせいである。
……先生、絶対これも睡眠時間を削る原因だったよね? そして寝不足でさらに機嫌悪くなってんの、あきらかに自業自得では?
今のところ、全問正解で解放された生徒は三名のみである。エーディリア様はその三名に含まれており、いや〜……あのかた、ほんっとに優秀だね?
「十問目、全然わからない……」
シスコがうめいたが、十問目は例のアレである。王立魔法学園の、初代学園長の名前である。
「教えたい」
「わかるの?」
「うん。レンデンス師」
「……今、答えた?」
「答えたけど、聞こえないよね?」
「聞こえない……」
自由に会話させてるの、絶対、嫌がらせだよねぇ? くっそ……出し抜く方法はないものか!
「これ、どういう仕組みなのかなぁ。正答だけ聞こえないようになってるんだとしたら、わたしが適当な名前をいったら、それはシスコに聞こえるってこと?」
「どうなのかな。ルルベル、やってみて」
「じゃあね、十問目の答えはハーペンス師」
「……聞こえた。ハーペンス師って、東国の魔法使いよね?」
ぴーん! ひらめいたよね!
「読み上げても聞こえなければ正解ってことよね?」
「……そうなるわね」
「回答を聞かせ合えばいいかも」
「えっ?」
「シスコも試してみて。絶対に正解だって自信があるやつ」
「え? うん。えっとね、五問目の回答は――だったはずなの」
「聞こえないね」
わたしたちは顔を見合わせた。シスコも、ひらめいたらしい。
「これで、どれが正解かを洗い出せるってこと?」
「そうそう! やった! ……まぁ、わからない問題がわかるようにはならないけど、正解してる問題では悩まなくて済むよね。消えちゃうと、正答してるはずの問題まで間違ってるかもって思いはじめるでしょ?」
「そうね。わたしも今の回答、口にしてからなんだか不安になってきてたし」
「よし、順番に確認しよう。十問ずつ。シスコ、回答読み上げて。
「わかった、やってみるね」
はじめの十問。シスコの回答で、わたしに聞こえたのはたったの一問だった。
おお……シスコよ! 素晴らしい!
そして、わたしの回答はというと。
「すごいわ、ルルベル。なにも聞こえなかった!」
「え、ほんとに?」
「うん、ひとつも聞こえなかったわ」
うわぁ……ファビウス先輩の傾向と対策……強い! ……それでも全問正解はできていないわけだが。
問題はぜんぶで五十問ある。わたしたちは同じ作業をくり返して、問題用紙にしるしをつけた。正解できている問題で、あらためて悩まないように。
「ルルベル、三問しか間違ってないよ! すごい!」
「ファビウス様にお願いした甲斐があったわ……。シスコも聞こえたのは四問だけだよ。正解は思い当たりそう?」
「それが全然。でも、これだけ埋まれば落第はしなくて済むわ」
あー。それもそうか。そもそもの目的は! 落第しないことだった!
全問正解しないと解放されないせいで、全問正解必須みたいな気分になってた!
頭の中でファビウス先輩が、僕が教えるからには最高得点をとってほしいな……と、上目遣いでにっこりなさった気がするけど、気がするだけだから! わたしの頭の中に、ファビウス先輩は住んでないから! 消えろ消えろ!
「ふたりとも間違ってる五十が難問ね」
「そうねぇ……」
五十問目は最終問題らしく、ちょっと捻った出題だ。魔法使いの国家資格は属性ごとに取得する必要があるが、現在、我が国でもっとも多くの資格取得者がいる属性はなんでしょう? というもの。
わたしは水、シスコは火と回答して、どちらも間違いだった。
「風はどう?」
「聞こえちゃったし、わたしそれ、一回目に書いた」
「わたしは一回目は生属性って書いたの。ほら、治療院やってるひととか、多そうな気がして」
「ああ〜……。たしかに! でも、違うんだね」
「聞こえたのね? じゃあ間違い……属性って膨大な数があるし、人数が少ないのは話題になるけど……それこそ、ルルベルの聖属性とか?」
「シスコの渦とかね」
「そう。多いと、話題にならないから。火、水、風、生……このへんが駄目だとすると、正解はなんなのかしら」
「今の正直な気もちとしては、知らんわ、って書きたい」
シスコが笑ってくれたので、ちょっとすっとした。うむ。
突破口らしきものが見えたとはいえ、この状況、かなりこう……閉塞感があるのだ。なんらかのかたちでストレス発散していかないと、精神的に追い詰められてしまう。
ジェレンス先生め……当代一の大魔法使いの実力を、こんなところで無駄遣いしおって!
「ルルベル嬢。さっきから、いったいなにを話しているのですか、シスコ嬢と?」
「そうだ。口をぱくぱくさせて、なにをしている?」
スタダンス様と王子に声をかけられたわたしは、ふと思ってしまった。これ、広めちゃえばいいんじゃない?
「ローデンス様、お話があります」
「うん?」
「わたしとシスコで確認してみたんですけど――」
協力者さえいれば現在の回答の正誤が確認できることを伝えると、王子はうなずいた。
「なるほど。それはたしかに、有効な手段だな」
「はい。それをローデンス様の口から、皆さんに広めてほしいのです」
王子はわたしを見て、少し考えた。真面目な顔をしてると、成績よさそうなのになぁ……と、いらんことを思ってしまう。
「なぜ、自分でやらない?」
そりゃ、クラスメイトはお貴族様で、わたしはド平民で、王子は王子なので!
「ローデンス様の方が、皆様の信頼を得ているでしょうし。ほら、皆様もローデンス様になら、従い慣れているというか」
「その手法がうまくいかなかったり、教師が対策してきた場合、責任をとることになるのは僕になるが」
「あっ……そうですね。申しわけありません、そこまでは考えていませんでした!」
「いや、よい」
「……えっ?」
王子は、にやりと笑った。これは、にやりとしか表現しようがない。
「やられっぱなしは性に合わん。皆でこの試験をやり遂げようではないか!」
よくわからないけど、王子のやる気スイッチが入ったようだ!
ほかのクラスメイトの皆さんも、ちらちらとこちらを見ている。そりゃね、王子と聖女がさわいでりゃね……見るよね! わたしだって見る。残念ながら、今は見られる側だけど!
王子は立ち上がり、堂々といいはなった。
「皆の者! このテスト、正しい解答は口にしても余人に聞こえることがないのは、もう把握しているか? おそらく、我らが担任教諭の仕込みだろうが、それを利用してやろうではないか。ふたりずつ組になり、互いの解答を読みあって、聞こえるか聞こえないかで正誤を判別しよう! 間違っている問題を洗い出し、正答を確定させよ!」




