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190 教えても無駄だから出て行ってもらうよ

 わたしは頑張っている……わたしは頑張っている……結果がどう出るかはともかく、わたしは頑張っている……。


「ファビウス、もっと出題の予想を絞れないのか?」

「絞ってもかまわないけど、はずれたら落第だよ」

「当ててくれ」

「僕が出題を当てるより、君が教師に圧力をかける方が結果が出そうだけどな」


 わたしは頑張っている……あたりを飛び交う会話も気にせず、同じ部屋に誰がいるかも考えず、丸暗記に励んでいる……。


「馬鹿をいわないでくれ。ジェレンスに脅しが効くと思うか」

「案外、効くと思うけどね? それより、忘れないで。ジェレンス『先生』だよ」

「ああ……だが、あいつのせいで、まともな講義をまったく受けられていないんだぞ!」

「講義を受けていないという点では、ほかの生徒も条件は変わらないと思うけど」

「僕が魔力操作の特訓を受けていたあいだに、ほかの者は与えられた課題をこなすことができただろう! もっと広範に!」


 ……無理ぃー!

 わたしは本から顔を上げないまま、王子の様子を窺った。

 そう。

 なぜか本日、ファビウス先輩のもとへ押しかけ生徒が駆け込んで来たのだ。この国の王子殿下である。

 わたしも、たぶんファビウス先輩も少々身構えたけど、王室の都合とか聖女を口説くとかそういう話は一切なく。せつせつと、最高効率で試験用の知識を叩き込んでくれと訴えてきたので……とりなしてあげちゃったのだ。わたしが。

 つまり、今のこの状況は自業自得。……だってさ、共感できるじゃん! 誰もきちんと試験対策について教えてくれなくて、直前になって慌ててるって……わかり過ぎるほどわかるじゃん!


「ローデンスは、これまで先送りにしてきたことが問題になっただけじゃない? 入学前に魔力操作を会得していれば、入学後にその練習に時間をかずに済んだんだからね」


 ファビウス先輩は、王子にはわりと厳しい。王子も、はじめはひるんでいた。


「過去のことは過去のことだ。とにかく、目前に迫った試験にそなえたい」


 ……が、徐々に遠慮がなくなって、今に至る。わりと迷惑!

 まぁ……ひとりもふたりも、教えるなら同じじゃないですか! ってな具合に、王子を受け入れる方向に舵を切ったわたしが、いえた義理でもないんだが。


「おふたりとも、お静かになさってくださいませ」


 ここに来て、無類の強さを発揮しているのはシスコである。

 ……どうやら、シスコは責任を感じているらしい。試験のことなんて、わたしは当然知っていると思い込み……自由になる時間のすべてを舞踏会のドレスにつぎ込ませてしまった! って。

 皆、知っていたか。舞踏会って、試験が終わってからなんだぜ。つまり、試験終わったバンザイ舞踏会なんだぜ……。

 喜びのバンザイになるか、諦めと開き直りのバンザイになるかは、今の頑張りにかかっている。シスコが真剣になるのもわかる。あと、衣装合わせは試験勉強が一段落したらね、とファビウス先輩にしりぞけられたのも、ちょっと影響してるかもしれない。


「そうだね、すまない。……ローデンス、その本の要点を暗記できないなら、僕が教えても無駄だから出て行ってもらうよ」


 ……ファビウス先輩! それ、わたしにも刺さるんですがーッ!

 わたしがひそかに悶絶する横で――そう、王子とわたしは食堂のテーブルに横並びで座っているのである。もう王族慣れしていいと思うよ、わたし。だが慣れない!――王子は隠すことなく絶望していた。


「君が教えてくれなければ、誰が教えてくれるというのか!」

「誰だっていいだろう? 学園の教師の誰にでもたのめばいい」

「それが、誰もつかまらないのだ。試験の準備で忙しいとか、吸血鬼事件の後始末がどうとか……」


 逃げられているとしか思えないな……。


「では、姉君にお願いしてみては? 成績優秀でいらっしゃるだろう」

「……姉上は、駄目だ」


 駄目なのかー。まぁなぁ、わたしもあのひとに教わりたいとは思わんけども。でも姉弟なら、うまくやれるんちゃうの? やれないのか。やれないんだな……。


「では、スタダンスは?」

「あいつは座学は苦手だぞ。知っているだろう!」

「苦手同士、切磋琢磨すればいいんじゃないかと思ってね」


 辛辣ぅ! ……っていうか、スタダンス様、座学苦手なの? すっごい意外なんだけど……なんかお勉強できそうな気がしてた! だってほら、留年してるから同じ範囲を何回もやってるだろうし。あと……眼鏡キャラだからっていうのもある。フィクションに登場するイケメン眼鏡って、だいたい勉強は得意じゃん! ペーパーテストなんて、得意中の得意分野に決まってるじゃん!


「とにかく、さっさと教えてくれ!」

「だから、本を読んで覚えろといっているだろう」

「おふたりとも!」


 ばーん! テーブルに両手を突いて、シスコが立ち上がった。

 ……すっごい音したぞ。


「聖女様にご不便をおかけするようなこと、おやめいただけませんか?」


 丁重な言葉遣いだけど、雰囲気が……すっごい不穏……!


「シスコ嬢、たびたびすまないね。……ローデンス殿下、殿下をここにお通ししたのも、聖女様のご厚意あってのこと。その聖女様の勉学の邪魔をされるようであれば、お帰りいただきます」

「わかったわかった、邪魔はしないと約束しよう」


 王子はさほどたじろがない。このへんが、王子ってば王子だ。

 ただし、わたしは首をすくめ、小さくなっている……怖い。怖いよぉ! 試験勉強ってこんなに怖いものだったっけ?


「ではまず口を閉じて、本を読みましょうか?」


 必死で本に集中しているふりをし、すみません許して、なにがすまないかは不明だが許して! と心の中で唱えているわけだが……そんな状況を、ファビウス先輩が見逃してくれるはずがない。

 テーブルを回って来て、背後に立たれた! 怖い! 圧が……圧がぁっ!


「ルルベル、さっきからまったく進んでいないようだね?」


 バレたーっ!

 すみません許してすみません許してすみません許して!


「す……」

「す?」

「スフェラザンド師のお名前がなかなか覚えられず、引っかかっていました!」

「ああ、そこか」


 テーブルに手をついて屈み込むの、圧が強過ぎるのでやめていただけませんか……あと、いい匂いする……こういう感想、ふつうは男性が女性に抱くものじゃないの? ねぇ? あと金髪がさらさらって肩からこぼれ落ちてきてこれがまたもう!


「スフェラザンド師は、重要な発見をした人物のひとりではあるけど……試験でとりあげられることは稀かな」

「そうなんですか?」

央国ラグスタリア出身の魔法使いを優先した方がいいと思うよ。スフェラザンド師は、東国セレンダーラの人物だからね」


 お、おぅ……。そういう理由? えっ?

 わたしの疑念を、王子がそのまま口にした。


「そんなことで試験問題が左右されるのか?」


 シスコが無言でテーブルを叩くと、王子はすぐに口をつぐんだ。……シスコぉ、わたしの天使よ、女神よ! どうしちゃったの、今日は怖い!

 訪れた静寂は、しかしファビウス先輩によってすぐに破られた。


「現実は、かならずしも公平ではないということだよ。暗記する範囲を狭めるのが目的なら、試験に出やすいものを優先すべきだろう? 勉学の目的がなにかを、はっきりさせた方がいい。魔法の歴史をきちんと学ぶならスフェラザンド師は無視できないけど、目の前の試験にそなえるだけなら、優先順位は低い」

「実践的なご指導、ありがとうございます……」


 王子に代わってお礼をいうと、ファビウス先輩の手が視界から消え、圧が弱まった。……助かったぁ。


「スフェラザンド師は、母方のご先祖様なんだ」

「えっ。そうなんですか」

「もとはザフェランスという名前で、魔法使いとして活動するにあたって王族を離脱し、改名したんだそうだよ」

「そんなことがあったんですね……」


 ご先祖様も、ファビウス先輩と同じようなことやってんのか!


「魔法使いとして生きるには、王族という身分が邪魔になることが多いのは、昔から変わっていないということだろうね。ルルベル、君も聖女という立場を重たく感じることがあるだろうけど」

「……まさに今、聖女が落第するわけにはいかないという問題におののいています」

「わかるぞ、ルルベル。僕もだ」


 王子が落第も、かーなーりー体裁がアレだもんな! ほんと、気もちはわかる!


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