19 研究所を就職先にするのは考え直すべきらしい
「先生、魔力量って、計測できるんですか?」
「できるわよ。あんまりやらないけど」
ウィブル先生はわたしの顔を見て、ちょっと悪戯っぽい表情をした。なにこれ反則級にイケメンですよ、この二日ほどでイケメン飽和状態に慣れはじめているわたしでなければ危なかった……。入学前の、ただのパン屋の娘だったら無理だった。
ちょっと肩をすくめてから、先生はこういった。
「学園では、これがあるから」
「これ」
「総演会で力を出しきるでしょ? 敢えてまた計測しなくてもいいよね、って話」
「ああ、なるほど……」
いわれてみれば。と納得したわたしに、でもねぇ、と先生はつづけた。
「ルルベルちゃんに限っては、計測術を使う可能性があるわね」
「えっ? なんでですか?」
「だって聖属性魔法って対象が魔王とその眷属のみだから。発動させてもなにも見えないし、それ以前に、発動してるかすら不明でしょ。だから、計測術を使わないと、魔力の最大値がわからないと思うのよ」
「えええ……」
たしかにそうなんだけど。そうなんだけど、相変わらず聖属性の位置付けがひどい。観測不能とか!
「魔力の正確な値なんて、わからなくてもかまわないのよ。ふつうはね。だから、総演会でいいでしょう、って方針でやってるんだけどね」
いい加減なのよ、とウィブル先生は肩をすくめた。ぴんと来ないって顔をしてしまったらしく、先生は説明を捕捉してくれた。
「ほら、リートみたいにな実技実施ね。あれだと、うまく使ってることはわかるけど、魔力の最大値はわからないわけ」
「そうなんですか?」
「そうよ。同じように発芽させるのでも、うまくやるかどうかで必要な魔力量って全然違うの。だから、発芽させることができました、だけじゃ魔力量はわからないのよ」
「なんの話ですか?」
挨拶もなく、リートがわたしの隣に座った。いやいや……ただいまとか、そういうところからじゃないの?
でもわたしは挨拶をするよ、パン屋の娘だからな!
「お帰りなさい。見てたよ」
「見えなかっただろ」
たしかにな! でも、そういうことじゃないだろ!
「先生が解説してくださったから……」
「それより、なんの話?」
「わたしの魔力量測定について」
リートは、ほんのわずかにだけど眉根を寄せた。わたしの答えが、気に入らなかったようだ。
「……そうか。それがあったな」
「それがあったのよ。アタシも、うっかりしてたわ。正確なところを確認すると思うのよね……。少し前に、シスコちゃんも行ってたから」
「行ってたって、どこへですか?」
「研究所よ」
「研究所で調べられるんですか」
卒業後の就職先として狙いをさだめているアレなので、今から人脈を築けるのは悪くないなと思っていると、ウィブル先生がため息をついた。
「そうなりそうね。付き添いなしで行かないようにしてね、ルルベルちゃん」
「……はい?」
当惑するわたしに、リートが教えてくれた。
「研究所は、研究対象を人間扱いしないことがあるから。迎えが来ても、教師の付き添いなしには一歩も動かないと宣言した方がいい」
……なるほど?
研究所はマッド・サイエンティスト……いや、マッド・ソーサラー? の巣窟ってこと? え、マジ?
わたしの就職先……考え直した方がいい?
「そんな怖い組織が敷地内にあるんですか。おかしくないですか?」
「稀少属性持ちでもない限り、研究対象にはならないからな。ふつうは怖くない」
バッサリ行かれた!
「わたしはその稀少属性持ちですよね? それって怖いってことですよね!?」
「まぁまぁ、落ち着いてちょうだい。用心するに越したことはないけど、べつにそこまで非道な組織じゃないわよ? それに、ルルベルちゃんのことはジェレンスも気にかけてるはずだから、大丈夫よ。たぶん」
たぶん? たぶんって何パーセントくらいの確率!?
わたしの顔を見もせず、リートがつぶやいた。
「だからいっているだろう、君の周辺は物騒だと」
「いやいやいやいやいや、こんな話は今まで聞いてませんよ!?」
「だから。……もう、そこまで怯えなくて大丈夫よ」
ウィブル先生が、くすくす笑う。いや……笑いごとじゃないですし? それとも笑いごとなの?
「じゃあ、怖がらせないでくださいよ……」
「俺は、怖がっておいた方がいいと思うけどな。君は、危機意識がなさ過ぎる」
「そうねぇ、それはそう。それはそうなんだけど、無闇に怖がらせてもしかたがないでしょ。だいたい、あなたが一緒にいるんだから滅多なことは起きないはずじゃないの」
先生に諭されて、リートは口をつぐんだ。
つまり……漠然とした不安だけが残るわけで。
「あの、研究所ってそんなに、こう……変な感じなんですか?」
「そうねぇ……全員が奇人変人っていうわけではないのよ? 違うんだけど、でもまぁ、わりとそんな感じというか」
なんの否定にもなってないじゃん。
「わたし、卒業後の進路に研究所どうかなって考えてたんです……」
急に、先生が真顔になった。
「それはやめた方がいいと思うわ。だってルルベルちゃんが研究所に入ったら、あのひとたち、研究し放題だと思っちゃう。あなた、研究者じゃなくて研究対象にされるだけだから!」
やっぱり、あからさまにやばいじゃん。
「卒業後じゃなく、在学中も研究対象にされかねないって話ですか?」
「まぁ……包み隠さずいうと、そういうことなんだけど」
ますますやばいじゃん!
「俺が一緒にいても止められないから、研究所はまずいんだ」
「どういうこと」
「わかりやすく説明しようか」
「お願いします」
「外部の暴力的な人間なら、校長の許可があるから、出会い頭に殴って倒せる。研究所はそうじゃない。学究目的ですといわれれば、一介の生徒である俺には、君が連れて行かれるのを止めることができない。だから、教師を呼べと教えている」
もはや研究所という組織に不安しかないよ!
「対応としては正しいけど、そんなに脅さなくていいのよ、リート。さすがに校長がいえば止まるんだし」
校長ってトップじゃん! そこまでいかないと止まらないってことじゃん!
つまり、ジェレンス先生やウィブル先生では止まらない可能性があるってことだよねぇ、それ!
……わたしの未来はどうなるのだ。
「シスコ嬢は、どうだったんですか? その、測定から帰って来たとき」
「え? ええと、そうね……アタシはシスコちゃんとはそんなに接点がないから、詳しくはわからないんだけど……たしか……泣いてたって聞いた気がするわね……」
そっかー!
「断固拒否します。断固拒否」
「それでいい」
満足げにうなずいたリートを、ウィブル先生が睨んだ。
「よかないでしょ、馬鹿弟子が!」
「弟子じゃない」
「いいえ、弟子ですぅ〜。生属性の扱いかたを教えたのは、アタシですぅ〜。なんでもするから教えてくれっていったのは、あんたですぅ〜」
「そんなことは、いってない」
「でも教わったってことは認めるでしょ! とにかくルルベルちゃん、魔力量の測定は義務だと思ってちょうだい。あなたの聖属性は、貴重過ぎるのよ。必要になったときに、使えません、魔力たりません、無理です……じゃ、困るの。あいつらも、あなたに無体なことはしないわよ。だって、稀少な聖属性魔法よ? あなたがいないと、なにも研究できないのよ?」
そりゃね? いずれ訪れる難局は、自分が強くなる方向でしのぎたいとは思ってるよ。
だって常識的に考えて、王子とか公爵とかと恋仲になるなんて、あり得ないでしょ!
ジェレンス先生がいってたみたいに、魔王を秒殺できるように鍛えれば……そうすれば、攻略対象および付随する対魔王ボーナス・アイテムなどについては考えなくて済む。うまく立ち回るなら、あっちもこっちも友人として好感度アップして国宝級のお宝を貸し出してもらうのがベストだろうけど、そんなのできるわけないじゃん……。
だからまぁ、聖属性魔法自体の知識はね、どんどん仕入れたい。死活問題だからね。
とはいえ、研究対象扱いで数値とられたり、なんだかわからないけど泣くほど調べられたりするのなんか、やだ、ゼッタイ。
「……研究所に行かずに済ますことはできませんか?」
「校長に話しておいた方がいいな――今すぐ」
リートは深くうなずきながら、するどい視線を通路に投げた。その視線を追った先に。
「楽しそうだね。なんの話?」
イケメンがいた……いやもう「イケメン」だけではなんの情報にもならないのはわかってるけどね……でも事実として、そこにはイケメンがいたのだ。
活動報告に、18話までの簡単なキャラクター紹介を書きました。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1490732/blogkey/3020616/
今週も、月曜〜金曜は一日一話ずつ移植を進める予定です。
楽しんでいただければ、嬉しいです。




