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188 君のためにはらう犠牲だとしても?

 それで、とファビウス先輩は話をつづけた。


「第四位以下が、くり上がる。王太子は当然第一位で、第二王子が第二位なのは変わらないけど、そこから下は全員」

「シェリリア様も、ということですか」

「彼女が、第三位になるんだ。つまり、東国セレンダーラの高い継承順位を持つ寡婦かふになるわけ」


 少し考えてから、わたしは尋ねた。


「シェリリア様って、我が国の王位継承権はお持ちではないんですよね?」

「いや、あるよ。ただ、王位を継ぐのは非現実的なほど、下位なだけ。姻戚関係は継承順位に割り込む要素にならないからね。ただ、王族同士って政略結婚で結ばれるから、どこの王族も他国の王族の血が入ってるんだよね。それで継承権はあるけど、順位はすごく下ってことが多い」


 ド平民には縁のない知識を手に入れてしまった!

 いやでも……でも、どういうこと?


「シェリリア様は、その……ひょっとして、東国にお戻りになるおつもりなんですか?」


 聞かなかったことにしたかった話なのだが、東国の王太子である第一王子は第二王子を蹴落とすおつもりのようだし、となると……シェリリア様の王位継承順位は第二位となる。

 もしかまさかの話だけども、現王太子殿下になにかあれば、シェリリア様が次の女王となるわけで。


「あり得る可能性のひとつだね。それか、高い順位をちらつかせて優位に再婚するって戦略もあるだろうね」

「再婚の……戦略……?」

「東国を併合したがっている国と手を結ぶ可能性が出る、ってこと」


 えーっ!


「そんなことが、あり得るんですか。結婚相手にその、実家を明け渡すみたいなものですよね?」

「ちょっと違うな。結婚相手の権力を使って、実家を乗っ取る……って感じになると思う」


 つまり利用されるんじゃなくて利用する側だってことですね。

 いや、そういう! 問題じゃ!


「それ、東国が滅びちゃうじゃないですか!」

「まずは戦争だろうし、勝てば滅びはしないけどね」


 いやいやいやいやいやいやいや!


「なんでそんな剣呑な話になってるんですか!」

「姉が――いや、シェリリア殿下が剣呑な性格でいらっしゃるからだよ」


 そりゃまぁ……なんとなく納得しちゃいそうだけども。一回お目通りしただけでも、伝わるものはあったけども!


「ファビウス様は、それでいいんですか?」

「今のは可能性のひとつに過ぎないよ。シェリリア殿下がなにをお考えか、僕が正確なところを把握しているわけではないしね。少なくとも、すぐなにかが起きるということはないはずだ。それに、君が訊きたかったことだって、そこじゃないよね?」


 あー……たしかにそうですね、はい。


「わたしは……ファビウス様がどんな犠牲を払ったのかと、気になって……」

「今回の件に関していえばね、僕はちょっと説明の順序を変えただけ。王族を離脱することは、すでに確定してたけど――これからだって勘違いさせるようにね」


 そ……そんなことしたの!?

 ああ、それでか! シェリリア様の中では、まだ確定ではなかったから! 思い直してやっぱり王位継承権は放棄しませーん、みたいなのは禁止だぞって念を押してたんだな……。


「やっぱり、交渉がお上手ですね」

「お褒めに預かり光栄だね。……王族でなくなるのは、前から望んでいたことだったんだ。ただの貴族って扱いになる方が、却って人脈も築きやすいしね。王族だと、そこを目当てにした人間が集まりやすいけど、逆に研究者としてまともに討論できそうな相手には敬遠されがちだし。今後も東国とのつながりを勘繰られはするだろうけど、王位継承権がらみの面倒な事案からは解放されるはずで、そこが重要なんだ」


 ……いや〜、ド平民には「ただの貴族」ってところから理解しがたいんだけど……まぁ、魔法の研究してるひとたちなんて、あらかた貴族だしな。たしかに「ただの貴族」って認識で間違いないんだろうな。

 暫しの沈黙ののち、ファビウス先輩は尋ねた。


「犠牲なんて、なにもなかったんだ。わかってくれた?」

「はい」

「怒ってたのは、僕が過大な代償を支払ったんだろうと思ったから?」

「そうです。わたしの知らないところで、勝手に……なにかあったんだなって思ったら」

「君のために払う犠牲だとしても?」

「わたしのためだから、です。せめて相談してほしいです」

「相談かぁ……」

「そうでないと、なんか、対等じゃないっていうか……。あの、わたし風情がファビウス様と対等とか、なにを思い上がってるんだって感じですけど、でも、こう……守っていただけるのはありがたいんですけど、そういうの、嫌なんです。一方的なのは」

「でも――」


 なにか反論しかけて、ファビウス先輩は口をつぐんだ。


「でも、なんです? この際ですから、教えてください」

「今は君の話を聞かせてもらう時間だよ」

「いいから教えてください!」


 きつめの声になってしまって、わたしもびっくりしたけど、ファビウス先輩も少しおどろいたようだった。

 ゆっくり、こちらを向いた顔が――近い。近い! わぁー!


「『でも』につづくのは、こうだよ。説明してる暇が惜しいこともある、って。……だけど、その手間を惜しんで君に嫌われるのは、悲しいな」

「……嫌いとか、そういう話じゃないです」

「じゃあ、なに?」

「たぶん……たぶんですけど、怖いんです。怖いのをごまかすために、怒ってたんです」


 正直に答えると、ファビウス先輩はわずかに眉根を寄せた。


「なにが怖いの?」

「……シスコが話しませんでした?」

「具体的なことは、なにも。ただ、あんなに心配させるなんて、ってすごく叱られた。あと、君のことをたいせつにする気があるなら、本人の考えをちゃんと聞くように、って。だから、もっと聞かせてくれる? 自分にはわからないところで、自分のためにって話が進むのが嫌だ……って理解で、あってるかな?」

「……そうだと思います。それに限らないですけど、わたしの……その、聖属性魔法使いというか聖女っていうものの価値が、ひとり歩きして……争奪戦みたいになったり、ほんとに大暗黒期が再来してもおかしくないんじゃないかって……そう考えたら……」


 怖くて、とは言葉にできなかった。ますます怖くなりそうだったから。


「君の責任じゃないよ。少なくとも東国の権力闘争に関しては、もう何年も前からつづいていることだ。それこそ、君が見出されるよりも昔からね」

「でも、わたしの存在が拍車をかけてはいないですか? きっかけづくりに、なってしまっている気がして」

「……誠実に答えると、そういう面はあるね。でも、君は悪くないし、悪くさせないよ」

「悪く……させない?」


 うん、とファビウス先輩はうなずいた。きらきらした眼でみつめられて、近い! と思う。ほんと、近い!

 至近距離で視線をあわせていることができず、わたしは俯いた。……いやぁ、敗北だわ。ようわからんけど、負けだわ。


「そのために、シェリリア殿下の庇護を得たんだよ。僕が央国ラグスタリアの王室に煙たがられているのは知ってるだろうけど、シェリリア殿下は僕の比じゃないからね。それに、もうひとつ約束したんだ」

「約束?」

「亡き王太子殿下の死の真相を調べるってね。綿密に調査すれば、彼女も暗殺ではなかったと納得するかもしれないし。あるいは、なにかたくらんでいた者が怯えて飛び立つかもしれない。ひょっとすると、ほんとうに暗殺の証拠がみつかるかもしれない。どう転ぶにせよ、うまく利用する」


 そう説明する声は、とてもしたたかに響いて。だから、ああそうか、って思ってしまった。わたしが心配したり、怒ったり、怖がったりするのは……僭越なんだな、と。

 ファビウス先輩はリスク管理ができるひとだ。わたしの心配は、おおむね無駄なものだろう。

 理屈ではそう思うんだけど……。


「気をつけてくださいね」

「心配してくれるの?」

「ファビウス様に、心配なんて不要なんだろうなと思うんですけど、でも……なにがあるか、わからないですから」

「……うん、気をつける。大丈夫だよ」


 大丈夫なことなんて、なにもない――シスコに泣きついたときの台詞を呑み込んで。


「ファビウス様は大丈夫かもですけど、わたしは大丈夫じゃないんです」

「ルルベル……」


 わたしは顔を上げた。相変わらず近いが、ここまで近いと逆に美形かどうかの判別がしづらくて、平常心で見ることができる。かもしれん。


「助けてください……どうして誰も、じきに試験があるって教えてくれなかったんでしょう? わたし、なにも試験勉強してないんです……」


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