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185 今のわたし! 気分は虫!

 わたしたちが転移して来た神殿は、木立に囲まれた小さな建物で、そこにあると知らなければ見過ごしてしまうようなものだった。それでも道があって、馬車のわだちもあるんだから、誰かがここで祈りを捧げてるんだろうな。

 ファビウス先輩が呼んで来た馬車に乗り――魔法を使えば例のやばい紋章がついた馬車も呼べるらしいけど、緊急事態ってわけでもないから街で拾ったらしい。王都には、けっこう乗客を求めて流している馬車がいるのだ。前世日本人的な感覚だと、都会のタクシーみたいなものだ。もちろん、ある程度の馬車が集まっている馬車乗り場みたいなのもある――わたしたちは元王太子妃殿下の離宮へ向かった。


「わたしも中に入った方がいいんですか?」


 馬車は門をくぐり、門から館への長い道を進んでいるところだ。


「馬車は帰らせるからね。外で待つより、中に入った方がよくない?」


 ……つまり、学園に戻るときは、やばい紋章つきの馬車を使うのか!


「その、お姉様、と……お会いするなんてことは、ないですよね? こんな恰好ですし、気が引けてしまって」


 こんな恰好とは、長旅でヨレっとしてしまった制服をさす。あと、髪もたぶん乱れてる。鞄もなにも持ってないのも、不安である――荷物はあとで送ってもらうことになってるけど、手ぶらってなんかさぁ! 不安にならない?

 なお、リートはポケットがふくらんでいる状態だ。このシルエットで王妃殿下に拝謁したの、勇者でしかないと思うね! いや、勇者じゃないか。リートか!


「それは姉次第だから、なんともいえないな。入口の近くに来客を通す待合室があるから、そこで待ってて」


 ……嫌な予感するぞ。嫌な予感するぞぉ!

 ともあれ。玄関ホールでちょっと待ってるあいだに準備がととのったらしく、すぐ横にある部屋に入ったらもう、香り高い紅茶とお菓子がセッティングされているし……相変わらず使用人の姿は見えないし! そういえば、ここってそういうところだったな!

 ファビウス先輩は、またあとで、といって姿を消した。


「なにぼけっと立ってるんだ。座りたまえ」


 そう意見しながら、リート自身はもう堂々と座っている。くつろいでいる。お茶を飲み、菓子を食べている。

 鉄の心臓、少し分けてほしいわ!


「いや、なんか緊張しちゃって」

「なぜだ。緊張する理由などあるまい」


 壁の中で召使いの皆さんが息を殺して様子を窺っているかもしれないから……とは、いいづらい。


「リートってさ、ふつうのその……平民の友だちとか、いる?」

「友人? 特にいないな」


 あっそう……。そんな感じするな!


「わたしの知り合いで、大店おおだなに雇われてる子がいてね。雇い人の暮らしについて、いろいろ聞くことがあって、想像もしてたんだけどさ。だから、こういう……こんな大きな宮殿ではたらいてるひとたちもいるんだな、みたいな」


 どうにかして、リートにこれを伝えたい! でも伝えられない!

 完全になんにも伝わっていない顔で、リートはわたしに問い返した。


「それのどこが緊張に通じるんだ?」

「まぁその……純粋に、建物とか、なにもかも立派過ぎて腰が引けてるわけ」

「それは不便だな」


 バッサリ!


「そうね……不便ともいうね……」

「エルフの里を思いだせばよかろう」

「は? なんで?」

「あそこに比べたら、人間界のどんな宮殿も見劣りするとは思わないか」


 ぎゃーっ!

 喧嘩売ってる、喧嘩売ってる! 立ち聞きしてるかもしれない召使いさんが、元王太子妃様に告げ口したらどうすんの!


「いや、エルフはエルフでしょ。エルフは!」

「エルフがエルフじゃなかったら、おかしいだろう。どうしたんだ。いつにも増して、意味不明だぞ」

「つまりその、わたしにとってはエルフの里も、この宮殿も、どっちもすごくすごいの!」

「では、不便なまま過ごすんだな」

「そうする!」


 もう、どうとでもなれ! わたしは知らん!

 開き直って椅子に腰掛け――ちょっと見たことがないような美しい織物が座面に貼られている。シスコかラズマンドさんなら目をかがやかせて、どこそこ産のなになに織り! っていいそう――お茶とお菓子をいただいていると、ドアをノックする音がした。

 リートが立ち上がり、ドアとわたしのあいだに立つ。


「はい」


 リートにしては穏当な返事かも……まぁ当然か。王族がお住まいになる宮殿だもんな。礼儀正しいモードが発動してるのか。

 静かにドアが開くと、アイア様のところで遭遇したプロ女性っぽい雰囲気の女性が立っていた。なんなら、ドレスのデザインも近い――あーこれひょっとして、東国セレンダーラの宮廷スタイルなのかも! 控えめに視線を落とし、両手を前でゆるやかに組むポーズは、我が国でもやるやつだ。エーディリア様に教わったから、わかる。


「妃殿下がお召しです」


 ……聞こえなかったことにしたい。


「わかりました。参りましょう、聖女様」


 完全によそ行きモードのリートにうながされ、わたしは立ち上がった。心で嫌だと叫びつつ、しかし拒否権などない。だって妃殿下のお召しだよ? ド平民が、お断りできるわけないっしょ……。

 つらい。

 あらたなプロ女性に従い、わたしたちはまず玄関ホールに戻った。二階へつづく壮麗な階段があるが、それを無視して奥へ進む。ほどなく中庭に面した廊下――片側が壁で、片側は柱が並んでるだけの素通しのやつである――へ。そして、プロ女性が立ち止まった。


「あちらでお待ちです」


 静かに腕を動かした先には、廊下から中庭に出る、ほんの数段の階段。

 そこから、石が敷き詰められた可愛らしい道や、花の季節にはさぞ美しかろうと思われる藤棚みたいな――この世界の藤が、厳密に前世で知っていた藤と同じかはわからんけど、まぁそんな感じの植物はあるのだ――やつとか、刈り込まれた植え込みとかのあいだを通った先に、白く塗られたファンシーな感じの四阿あずまやがあって。

 そこに、ファビウス先輩と、もうひとり。つまり……元王太子妃殿下とおぼしきかたが、いらっしゃったのである。


「ルルベル嬢、疲れてるのにごめんね」


 立ち上がったファビウス先輩が、わざわざこちらに来てくださった。わたしの手をとると、そのまま元王太子妃殿下と向き合うように移動させて……こう、なに? この力加減というか、ベクトルのかけかた? 勝手に、適切な位置に立てるのなに? 魔法?


「殿下、こちらが聖女様でいらっしゃいます。聖女様、こちらは――」


 少し逡巡してから、ファビウス先輩は言葉をつづけた。


「――シェリリア殿下」


 紹介された女性は、さすがアイア様の娘であり、さすがファビウス様の姉上って感じだった。つまり、いにしえの天才芸術家が心血そそいだ美人像ですか? みたいなお顔立ちであった。

 いやぁ……美人って言葉が虚無に感じるレベルの美人だわ。すご。


「そなたが聖女か」

「お初にお目文字めもじいたします」


 唸れ、エーディリア様直伝カーテシー!

 リートは紹介もされないみたいだ。少し後ろに控えて立っているせいで、使用人か従者みたいな認識になってる気がする。いやまぁ実際、護衛だからこそ今この場面でも一緒にいるわけだし、その扱いで間違ってないのか……な?


「ファビウス」

「はい」

「高くつくぞ」

「もとより、覚悟しております」

「撤回はゆるさぬ。よいな」

「はい、殿下」


 生きる芸術品みたいな美女は、その眼差しをゆっくりとこちらに向けた。

 なんかこう、背中がぞぞぞーっとしたよね。この迫力はほら……アレっぽい。アレ。つまり、ウフィネージュ王女殿下っぽいよ!


「これより、そなたは我が庇護を受ける。いかなる者がそなたに近づこうと、我が名を出せばしりぞけることができるであろう。たとえそれが、東国の者であろうと。西国ノーランディアの者であろうと。無論のこと、この央国ラグスタリアの者も。その権利をそなたに与え、見返りを求めることはない」


 ……は?

 って顔をしてしまったと思うけど、シェリリア殿下はまったく意に介していないようだった。

 なんかこう、自分が虫になった気がするな……虫になるのを避けるために、ここに転生したはずなのに、おかしいな……。今のわたし! 気分は虫!


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