183 ついでがハード!
わたしの顔を見て、ファビウス先輩はちょっと楽しげな表情になった。
……おどろかせたんだな? わざとだな? ひどい! と、思ったけども。からかうための嘘ってわけでもないだろうし。ことが重大過ぎて、反応が難しい。
「その結果を得るための一手、って感じなんだけど。いきなり最終的な目標だけ教えられても、道筋がわからないよね」
苦笑して、ファビウス先輩が説明してくれたところによれば、こう。
まず、東国には、ファビウス先輩を含めて王子が三人いらっしゃる。
第一王子と第二王子をお産みになった王妃様は、若くして亡くなられてしまった――つまり、ファビウス先輩のお母様は、ふたりめの王妃ということになる。
亡くなられた王妃様のお血筋は、あまり魔力が潤沢でないと危惧する声は結婚前からあって。だからこそ、後添えには国一番の魔法使いの家系であるアイア様が選ばれたとのこと。まぁ、それだけっていう単純な話でもないんだけどね。
ここまで聞いたところで、正直……血筋で選んで掛け合わせて、望ましい子孫を残すってさー! みたいな気分にはなったよね。
そりゃもちろん、上流階級の皆さんが恋愛結婚しづらい環境で生きてらっしゃることは知ってるよ。知ってるけど……そんな人体実験みたいなさぁ! 魔力の多い子どもが必要だからとか、そういうのって。どうなの。
ま、わたしのそんな感想は、もちろん口にするわけにもいかず。
ファビウス先輩の説明も、淡々と進んでいく。
「首尾よく、魔力多めの子どもを三人産んだまでは、よかったんだ。育ててる途中で、母は気がついたんだよね――このままだと、誰ひとり成人させることはできないんじゃないか、って」
子どもを三人。央国に来てるファビウス様とお姉様……だけでなく、もうひとりいるのか。お姫様かな? なんて呑気に考えたら間違ってた。
「セディウス殿下の暗殺事件ですね」
間違ってなかったのはリートである。
よく知ってるね、とファビウス先輩は乾いた声でいう。
「僕が三歳の頃だった。僕が覚えている兄は、棺でお別れをしたときの姿だ。青ざめた顔で花の中に横たわっていて、綺麗だなと思った――それが、兄に関する唯一の記憶」
つまり、残った子どもたちも狙われかねない、と王妃様は思ったわけだ。そりゃそうだよな。
そもそもね、とファビウス先輩は話をつづける。
「魔力量が乏しいとわかっている娘が王妃になったのは、それだけ、実家の派閥が有力だったからだ。反動みたいにして母が後釜に据えられたわけだけど、そんなの長持ちしやしない。もともと、勢力争いで負けた側なんだ。宮廷内の陰湿な足の引っ張り合いで、勝てるはずがないんだよ……で、まず兄が犠牲になったわけ」
「その……それで央国にいらしたんですか?」
「そう。ほぼ、母の意向でね。姉の嫁入りにかこつけて隣国に追いやって、ついでにそっちで爵位も買った。そう簡単には戻りませんよ、って意思表示をしたわけ。これはこれで、安全保障として悪くない策ではあるし、表立って反対をとなえる者はいなかったらしいよ。でも、まず姉の夫である王太子が亡くなって――これは、僕は事故だと思ってて、その点では姉と意見が合わない。兄のことがあるから、姉が神経質になるのも理解はできるんだけど。どちらにせよ、その一件で央国に居づらくなったことは否めない。そしてね、央国に居づらいってことは、東国に帰って来るんじゃないかと思われやすいってことなんだ」
……なるほど。なるほどだけど、そんな簡単に口にできない感じ!
わたしが返す言葉に困っていると、リートが躊躇なく質問した。
「国外に行ったことで落ち着いていたものが、また不穏な状況になってきた、と?」
「そう。もちろん、第一王子を立てている主流派以外にも、今さら僕に戻って来られても……って難色を示す者は多いよ。そっちが多数派なんだ。央国の傀儡にされていても、不思議はないわけだしね。でも、主流派に入れなかった者や、王族はやはり魔力が重要って古い考えの者なんかが、僕に期待するんだよね。そうなると、僕が断っても無駄なわけ」
断っても無駄……。まぁ、そうなんだろうなぁ。
「王太子は第一王子殿下なんですよね?」
「そう。第二王子のヴェインスは、ちょっと頭が悪くてね。兄がなれるものなら、自分もなれるはずって考えるんだ」
……無理でしょ? 王太子って、一国あたり、ひとりでしょ?
「その後ろ盾になる貴族もいる、ということですか」
「傀儡にするなら、間抜けな方がやりやすいって計算だろうけどね。そううまくはいかないさ。王太子は本人も馬鹿じゃないし、なんといっても後ろ盾は宮廷政治を知り尽くした主流派だから。第二王子を生かしてあるのは、王太子に万が一のことがあった場合、次に王冠がまわってくるのが僕では困るから。それだけの理由だよ」
「それは、なんとしても王妃殿下のご一族には実権を握らせない、ということですか」
「そうだね。魔法使いという個の能力にたよらない国づくりを推進する、っていうのが表向きの名目だよ。これ自体は、悪いことじゃない。慧眼だと思うくらいだよ。本気でやるなら、の話だけど」
「えっ。そうなんですか?」
「優秀な者が引っ張っていた集団は、その個人が失われると瓦解するものだからね。国家がそんなに脆くては困るよ。だから、傑出した君主を望むなんて、みずから滅びを選ぶみたいなものだ――ああ、これは僕の個人的な考えだから、まぁ、それはそれとして。僕が完全に王位継承権を放棄すれば、僕をとばして、ほかの親戚に王冠がまわることになるんだ。だから、帰国するついでに王位継承権の放棄をめざそうと思って」
うーん。ついでがハード!
「王位継承権の放棄に、ルルベルがどう関係するんです?」
「今回、表向きは帰国してないことになってるんだよね。帰国すると、僕を担ぎたがる一派がうるさいから。たとえ継承権を放棄しますって宣言したとしても、無理にいわされたんだとか騒ぎ立てて、面倒なことになるに決まってるし……それで、王太子殿下と内密に交渉した。僕は魔法の研究に専念したいだけだから、なんとか、正式に王族から離脱させてもらえないか、って。そしたら、せっかくだから第二王子も巻き込んでくれないかって気軽に依頼されてね」
なにがせっかくなのか不明過ぎるし、気軽にたのむことじゃないのでは?
でも、リートにとっては、そこは疑問ではなかったようだ。
「聖女様に不埒をはたらいた、けしからん、とでも問題にするんですか?」
「ちょっと待って。ルルベル、あの兄に不埒な真似なんかされてないよね? リート、君がそんなことを許すとは思わなかったから、まかせたんだけど」
「手を握らせてしまいましたが、それだけです」
ファビウス先輩はリートを見、次いでわたしを見た。少し黙ってから、また、話しはじめる。
「……聖女が僕と師弟関係にあるって話を、ヴェインスが得た情報として、王宮で問題にさせるのが狙いなんだ。まず、取り沙汰されるのは師弟関係の公正さについてだろうけど」
「それ! それ、心配してたんです。大丈夫なんですか?」
「王太子に、師として聖女にどのような課題を出したか、訓練の狙いはなにか、聖女はどこまでやり遂げたか――の、詳細な記録を提出してある。複製を王妃殿下とハーペンス師にも渡してあって、内容はハーペンス師に確認してもらった。問題はないはずだよ」
詳細な記録……。えっ。えーっ! な、なんか恥ずかしいんだけど……。
「野営地で打ち合わせていたのは、それでしたか」
「真面目だなって叱られてしまったよ。もっと気を抜け、って」
くぅ〜! ハーペンス師が、少し困った顔でそうおっしゃるのが見えてくるようだよね。良い! そういうの、すっごく! 良い!
「しかし、第二王子殿下や支持者たちは、それで済ませますか?」
「済ませないだろうってところが狙い。弟子をとったということは、ファビウスはもう王位を継ぐ気がないということだ、ってね。その話にするには、僕とルルベルの師弟関係がきちんとしてる方が都合がいいわけ。そして、そこに難癖をつけるに決まっている第二王子は、無益なことで騒ぎ立てたという扱いを受ける予定なんだ。しかも、聖女様の心証を害したというおまけつき。これも叔父上が証言してくださることになってるけど、証言がなくてもあきらかでしょ? 手を握られたあと、野営地から無言で姿を消したんだから」
「そんなことで、王位を継ぐ気がないと信じてもらえるのですか」
相変わらず畳み掛けるじゃん、リート!
でも、ファビウス先輩は揺るがなかった。
「信じるしかないと思うよ。呪符魔法で誓約書を書いてきたからね」




