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180 乙女の夢空間、グリーン寄り、温室仕立て

 円盤が着地したのは、たぶん宮殿の奥まった庭のようなところである。

 上空の警備どうなってんの。やばない?

 いや、こんなことできるのハーペンス師だけだろうから、問題ないのか。それはそれでどうなのか。高く買ってほしいが慣れてほしくない……実感し過ぎてきたぞぉ!

 なお、移動中は風の檻みたいなのができてて、落ちたくても落ちられないシステム。さすがよく考えられてる。ていうか、本人がいなくても稼働するのがオカシイ。話に聞いてたときは、すごいねぇ、くらいの感覚だったけど、実際に自分が運ばれてみてよくわかったわ。

 あり得んだろぉ、こんなのよぉ! ……天才か! あの一族、天才過ぎか!


「ようこそ、いらっしゃいませ」


 こんな状況で美しいカーテシーをキメてきたのは、女官だかなんだかのプロ中のプロだと思う。優雅、気品、そして平常心って感じ!

 ドレスは紺色、てれ〜んと布が垂れる感じがとろけるように優美で、たぶんこれ、むっちゃお高い布で仕立ててるわよ……。最近、ファッションに少しだけ詳しくなったわたしとしては、じろじろ見てしまうよね。襟ぐりは広めでデコルテを見せるデザインだけど、淡雪のようなレースを重ねて清楚な雰囲気。ウェストの絞りは控えめ、ドレスの丈は足首まで。すっと立ってるとアイラインに近いけど、スリットなしでも足捌きに困らない程度には布を使ってるように見える。カーテシーでわかるわけよ、布の量が……やはりこれは布を選ぶよね……もっさりした布で同じように仕立てると、大変なことになるに違いないよ。あと、フレアのパターンがおそらく絶妙……。

 ……はっ。シスコとラズマンドさんに感化されて、ドレスのチェックがこんなに緻密に!


「あなたは?」


 リートが尋ねる。こちらが何者かを明かさず相手からだけ情報を得ようとするの、さすがリート!

 つまり、たいがい失礼なふるまいなんだけど……プロ女性は文句もいわず、慎ましく頭を下げた。


「おふたりをお迎えに上がりました。王妃様がお召しです。まずは、そちらの装置から降りていただけますでしょうか」


 降りていいのかな? いいよね? いつまでもこの庭に突っ立ってるわけにもいかないもんな!

 ていうか、王妃様という単語が出た時点でもっとこう、ははぁ〜っ! みたいに平伏しなくていいのか。不安なんだけど。リートはもちろん、胸を張って偉そうに立ってるけども!


「この……円盤みたいなのは、このあとどうなるんですか?」

「申しわけございません、わたしは魔法使いではございませんので、詳しいことは存じません」


 ……ま、わたしが考えることでもないか! ハーペンス師が後先考えずにこの装置をここに送りつけることはないだろうし、おまかせでいいよね!

 どうせ、なにもできないわけだし。だって、たとえわたしが絶好調であったとしても、聖属性は運輸には使えないでしょ……。

 リートもここに居座るつもりはなさそうだったので、我々はプロ女性にみちびかれるまま、建物に入った。

 中庭に面した回廊には、優美なヴォールトでつながる石柱が並んでいる。なにげなく柱頭のデザインを確認したら、かつてスタダンス様に教わった、古めの様式のもののようだ。

 隣国の王城に来てるんだな……と思うと、なんだか不思議な気分だ。お城ってさ、もっと入るの難しいものじゃないの? 誰何すいかすらされなかったの、状況的におかしいよな!


「どうぞお掛けください」


 通されたのは、庭に突き出すようにしてつくられた温室だった。

 東国も、どっちかというと冷涼な気候のはずなので、まぁ……温室といえば! 富と権力の象徴だよね!

 中は、小さな泉盤から水がしたたり落ちる癒しの空間。ロックガーデンみたいに仕立てた部分もあり、小さな池には蓮の種類っぽい薄桃色の花がゆらゆらと揺れて。植物的な曲線を多用した、可愛らしいデザインのガーデン・チェア、ベンチ、そしてテーブルのセットがある。鉄を白く塗ってるのか……それとも東国セレンダーラのことだから特殊合金なのかはわからないけど、ファンシー! 可愛いのにシック!

 王宮の温室って考えたら小規模なのかもだけど、それでも学園の温室よりは広い。なにより、天井がむちゃくちゃ高い。そして、その高い天井に届けといわんばかりの勢いで、南国みあふれる樹が緑を茂らせている。空気も、あたたかい……。

 それでようやく、そういえば寒かったなと気がついた。緊張し過ぎて、気温もなにもわからなくなっていたようだ。

 勧められたので椅子に腰掛けたけど……置いてあったクッションが、超絶技巧の刺繍がびっしりほどこされたものだったので、ちょっと気が引けたよね……わたくし風情のお尻を置いてもよろしゅうございますか? って気分。


「どうぞ」


 いつのまにかティー・ワゴンからお茶がサーブされたけど、このティー・セットがまた! 白い磁器にミントグリーンで植物文様が描いてあって。形状はシンプルだけど、すっごく可愛い……。

 もちろんワゴンも素敵。木とアイアン(あるいは合金)を組み合わせてて、天面はタイルですよ! それもシック可愛い花模様とかの……一個ずつ違うタイルぅ! 色合わせ、完璧! なんなのもうこの……なに? 乙女の夢空間、グリーン寄り、温室仕立て……って感じ!

 これ、きっちり記憶してシスコのところに持ち帰らないと泣かれる案件では?


「間もなく、王妃様がおいでになります」


 んぐぅ。紅茶飲んでるときにいわないでくだされ、むせる!

 しかしまぁ、王妃様ご到着のおしらせは、早過ぎるってことはなかったらしく。すぐ温室に扉が開いて、女性が入って来た。……えっ、ひとり? お供とか連れてないの?


「ようこそ、我が庭へ」


 にっこりと、まさに花が開くような笑みを見せたのが、王妃様らしいけど……少し赤みを帯びた金髪に、身体のラインがわかるスーツのセット……しかも膝下丈! たしかにうちの学校も制服のスカートは足首まではないが……でも、それより短くない?

 王妃様がお召しになってるってことは、これが東国ファッションの最先端? スカート丈は重要だぞ、スカート丈は!

 いやいやいやいや、そんなことを! 考えている場合ではない!

 わたしはあわてて立ち上がり、カーテシーをした。昨日だったら疲れ果てててできなかったな、と思いつつ。

 ……こういうときは、無言でいいんだっけ? いいんだよな。言葉をかけるのは基本的に、身分が上のひとからだ。わたしはド平民なので、待ち受ける側で間違いない。


「堅苦しくなさらないで。あなたはわたしたちの恩人なのだもの、聖女様。さあ、お顔を上げて。お疲れでしょう、座ってくださいな」


 馬鹿正直に顔を上げたら、さっきより近い距離で王妃様のお顔とご対面である。

 ……さすがファビウス先輩のお母様。美っっ人!


「畏れ多いことです」


 さっそく少ない手札を切るゲームがはじまってしまう。いくらなんでも、美人! なんて叫ぶわけにはいかんからな。落ち着いて……落ち着いて常識的な返しをしなきゃ。


「来るのが遅くなってごめんなさいね。孤児院に慰問に行っていたものだから、すぐに帰るというわけにもいかなくて。もう、ハーペンスも少しは事前連絡というものを重んじてほしいわ。あの子、いつまでたっても甘えん坊なのよ」


 あのイケオジを捕まえて、甘えん坊呼ばわり……。くぅぅぅぅ……イイ! いいですね、そういうの、もっとください!

 ……とはいえないので、わたしは聖女スマイルを貼り付けた笑顔で応対した。


「急なことで、ご迷惑をおかけいたします」


 ふふ、と美女は微笑んだ。イケオバって言葉は聞いたことないけど、これぞイケオバだわ……。


「あらためて名告なのってもいいかしら。王妃って、公的には名前を使わないのだけれど、これ、実は私的な会合ってことになってるから……親しいひとたちは、わたしをアイアと呼ぶわ。あなたもそう呼んでくれる?」

「もったいないお言葉です」


 応じたわたしの足を、リートが素早く蹴った。

 ……あっ、そうか。こっちも名告らないとか! くっ、蹴られるまで気づかないとは不覚!


「ルルベルと申します。こちらは同じ学園に通う級友でもあり、護衛もつとめているリートです」

「お目にかかれて光栄です」


 アイア様は、にっこり笑ってこうおっしゃった。


「仲良くしてね」


 もったいない、使ったばかり。畏れ多い、その前に使った。うーん……まぁリピートでいいか?

 なんてことを考えているあいだに、アイア様が言葉を継いだ。


「ファビウスと」


 ……そっち?


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