18 この距離で豆を使われてもまったく見えない
昨晩、今日の更新を予約しようとして、間違って即時公開してしまったので、昨日は更新が二回になっております。
あっ失礼なことを訊いたかも、と思ったときには遅かった。パン屋の娘としてどうなのかと思われるかもしれないが、実のところ、接客中もたまにやる。下町の距離感なんて、そんなもんだ。
でも、ここは下町じゃない……。わたしはちょっと固まったけど、努力して硬直をとき、急いで謝罪した。
「すみません、いきなり失礼なことを申しました」
「いいのよ。ちょっと、ふつうじゃないものね? アタシ」
ちょっとかどうかはともかく、まぁそういうことだ。
ウィブル先生はイケメンで、体格もこう……ちゃんと男性らしいっていえばいいの? だけど、お召し物はキラキラのフワフワである。女性っぽいともいえる。
そうねぇ、とウィブル先生は少し遠くを見てからつぶやいた。
「そういうことでもあるし、まったく関係なくもあるわね」
「……難しいんですね」
「女性に生まれたかったわけではないし、女性になりたいっていうのとも違うと自分では思ってるのだけど」
そこまで考えて訊いたのではないんだけれども。まぁ、そういう意味の質問になるよな。
いや〜、これ初対面から二日目で踏み込んでいい内容じゃないよね!
ヤッチマッター。
「とってもお綺麗で、お似合いだと思います」
嘘ではない。似合ってる。そう、似合ってるのがまた問題なのだ……だって羽毛ストールが似合ってるってさ〜。
なお、この世界の貴人たちは羽毛ストールを日常的に着用するものかどうか、ルルベルは下町の平民なので詳しいところは知らない。が、少なくとも今のところ、ウィブル先生以外が羽毛ストールを巻いているのを見たことはない。
「ありがと。アタシはね、たぶんルルベルちゃんが思ってるのとは違う。アタシがやりたかったのは、自分を変えることじゃないの。そうね……そう気づいてしまうと、ちょっと、やだな」
そういって、ウィブル先生は肩をすくめた。口がストールに埋もれて、綺麗な眼がちらりとこちらを向く。
「なにがです?」
「内緒。アタシのことなんかより、実技を見なくていいの? 進んでるわよ」
はっとしてフィールドに視線を戻すと、クラスメイトっぽい――つまり、どことなく見覚えがある男子が、両手を前に突き出していた。ぐるぐると空気が渦を巻き、フィールドの砂を巻き上げている。風属性かな?
でも、王子のアレを見たあとだと……正直にいっていい? ……しょぼっ!
「そんなにがっかりした顔しないのよ」
ウィブル先生に笑われてしまった。顔に出ていたか……。
「わたし、魔法への期待が大きいらしくて」
「はじめがアレだったしねぇ」
そう。アレだった。第一弾が超弩級王子だったから、ちょっとコメントに困る。
でもこっちが普通らしくて、次に出てきた生徒もしょぼい水球を出していた。なるほど、王子が噂になるレベルなのは、よくわかった。
次に出てきたのは、弟じゃない方のリートだ。
……その段階で、わたしはようやく気がついた。
「あれっ、生属性ってどうやって全力を出すんですか?」
まさか自分で傷をつけて癒したりはしないだろう。いや、それともやるのだろうか? リートなら無表情でやりかねないとは思うけど……必要なら。
「人によるわね。あの子、どうするつもりかしら」
ウィブル先生も興味津々のようだ。
リートは胸の内ポケットからなにかを取り出し、それを両手で包み込んでから、手をひらいた。
……見えない。この距離じゃ、ぜんぜん見えない!
「ああ、豆を使ったわね」
「豆、ですか?」
「そう。種子がそなえている生命力を一気に解放させるの。ここからじゃ見えないけど、もう双葉が出てるんじゃないかしら」
「へぇ……」
地味!
「地味よねぇ」
わたしはこらえたのに、ウィブル先生がズバーンと口にしてしまった。先生……わたしの我慢が水の泡です……。
「見えないですね」
「でも合格点でしょうね。ジェレンスは、わかってるから」
「……わかってる?」
「そ。だって、豆だけよ。豆本体の力だけで育てるの。水も、土も、もちろん肥料もなにもなし。発芽させるだけでも、初心者なら大変なことよ」
「そうなんですか」
いわれてみれば、まぁ……豆だけの力でどこまでいけるかっていうと……水がないって条件、かなり厳しくない?
「表皮を破らせるだけでも、ひと仕事なの。でもこれ、わかる人にしかわからないのよねぇ」
なるほど、通の仕事ってことか! それがわかるっていうのも通っぽくていいな。
「わたしも、わかるようになりたいです」
ウィブル先生は、ふふっと小さく笑った。
「大丈夫、ルルベルちゃんは理解できるわよ。アタシが保証する」
リートの実技は終わったらしく、一礼して踵を返したのが見えた。ほんとに地味だったな……。
でも、あいつのことだから、わざと地味な見せかたを選んだのかもしれない。ふとそんなことを思いついてしまったので、わたしは先生に尋ねた。
「ほかに、どんな見せかたがあるんですか? 生属性」
「そうねぇ……たとえば、自分で傷をつけて治すとかも、やる子はやるわよ」
「やっぱり、そういうのやるんだ……」
「あとは、身体強化ねぇ」
「身体強化。……ああ、なるほど!」
生属性は、生体のポテンシャルを引き上げる属性だ。もちろん、身体強化術も生属性の得意分野だろう。
護衛業務が可能って、そういうことなのだろう。たぶん、だけど。
「あれも、無闇にやっていいものじゃないから。全力試技には向かないわね」
「そうなんですか?」
「だって、ふだん鍛えてもいないのに大ジャンプとかしたら、どうなると思う?」
「どうって……」
「着地で骨折よ!」
ウィブル先生は楽しげに笑ったが、それは全然面白いところじゃない。
「……骨折しても治せるから、なんとかなる、みたいな?」
「まぁ、そうなったらアタシが呼ばれると思うけど。粉砕骨折だと初心者には治せないし。実力もわきまえずに派手に跳躍するような子って、地道に人体構造の勉強してないから、自分では無理じゃないかしら」
話題がどんどんエグい方向へ進むので、わたしはフィールドに視線を戻した。
リートの次は、シスコ嬢だ。平民女子であり、稀少属性持ちであり、わたしの友人候補ナンバーワンである。勝手に思ってるだけだけど。
シスコ嬢は黒髪の巻き毛を短く切ってととのえている。女子で短髪なのは珍しいが、想像するに、彼女の髪は伸ばすと大爆発するタイプなのだろう……あのくるんくるんの巻きっぷりを見るだに。
「去年の総演会で、骨折案件あったわよ、そういえば。それが開放骨折でねぇ、けっこうやばかったのよ」
わたしが話に乗ってこないのに気づかないのか、それとも気づいていても話したいのか、ウィブル先生はエグみの強い会話の継続をお望みのようだ。
必殺、話題変更の術!
「先生、渦属性ってとても珍しいと聞いたんですけど」
「そうよ」
「それに、とっても強いって」
シスコ嬢は、両手を前に突き出して、この距離からでもあきらかにわかる勢いで力を入れている。
「属性としては強いといわれてるわねぇ。でも、あれってものすごく魔力を食うのよ」
「魔力……」
なにも、見えない。
渦ができていても、空気がぐるぐるしてるだけなら、見えなくても不思議は……いや、風属性のは見えてた。と、いうことは、つまり。
「殿下ぐらい魔力があったら、脅威にもなり得たと思うけど。あの子は魔力があまり多くないみたいね。鍛えて伸びれば別だけど、そうじゃなければ実用の域には達しないわ」
渦属性ならジェレンス先生と戦ってもワンチャン、と話したときのリートの態度を思いだしてしまった。そういうことか!
……あれ、待って? 稀少属性なのはわたしもだけど、わたしの魔力って……どれくらいあるの? まったくわからないんだけど……。
土・日の更新はおやすみの予定です。




