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173 笑える元気があってよかった

 目が覚めたら、天幕の中だった。……まぁ、当然よね。

 誰もいない。入口付近に提げられたランタンが静かに光をはなっていて、もう夜なのかな、と思った。だって、それ以外はとても暗かったから。

 全身がだるい。もう夜なら、このまま寝直してもいいかなぁ……。

 いやでも喉が乾いたぞ。口の中がべたついてるし、本来なら空腹なはず。そういえば、リートが食事を調達してくれるって話だったような……そのへんに置きっぱなしになってないかな?


「……ある」


 なんとか起き上がったわたしの視界に飛び込んだのは、ハーペンス師が調達してくれた重厚なテーブルの上に置かれたパンと、蓋をされた器。なにか料理が入っていそうな雰囲気のやつ。それと、お茶セット。お茶淹れるのめんどくさいし、お湯でいいな。

 で、ベッドから降りて立とうとしたとたん。強い目眩めまいに襲われて、バランスがとれなくなった。

 なにをする暇もなく、わたしは派手に転んだ。ふかふか絨毯じゅうたんなんかいらないのにと思ってたけど、必要だったわ! むっちゃ助かったわ、今この瞬間! ハーペンス師万歳!

 とはいえ痛くないわけではない。……あと、頭がくらくらするのは悪化したよね。当然だね。


「いたた……顔から落ちたぞ……」


 手はなにをしてたんだ、手は! だりぃとかいってサボってる場合じゃねぇぞ、ちゃんと頭を守れ! 顔も!

 どうやらサボりがちな手を動かして、まず上半身を支えようとこころみた。あらやだ、あんまり力が入らないわ……ちょっとこれ、どうすんの。

 このまま床で寝てもいい気はするけど。ふっかふかだしな……もう、そうしようかな?


「ルルベル!」


 この声は……黒髪もイケてるファビウス先輩っぽいですね。顔を覗き込まれて、はい確定。ファビウス先輩だ。


「ファビウス様……」


 みっともない感じに声が嗄れてて、思わず顔をしかめてしまう。


「大丈夫? どこか痛む?」


 あっいやすみません、誤解です……今のは自分の声が気に入らなかった顔であって、痛いというわけでは。……いや、痛いな。顔から転んだもんなぁ。


「力が入らなくて、うまく立てなかったんです」

「疲れていて当然だよ。長時間、魔法を使いつづけたんだから。頭は打ってない?」

「少し……起きたときから、目眩があって」

「座っていられるかな? 水分だけでもとった方がいい」


 ファビウス先輩の助けで、豪勢なソファに座らせてもらった。

 倒れた方向がこっちだったら、ソファに頭をぶつけてたかもしれない。座面ならともかく、脚とか肘掛けとか……打ちどころが悪かった場合、洒落にならんよ……。

 いやぁ、絨毯しかない方向に倒れてよかった。家具の配置に余裕があってよかった。ていうか天幕が個人用にしては大きいなってサイズで、ほんとよかった! あと絨毯が分厚いのも!


「ちょっとごめんね」


 そういって、ファビウス先輩の両手がわたしの顔を遠慮がちに挟んだ。頬にふれられると、やっぱり痛い……。反射的に、顔をしかめてしまう。

 それから、我慢しきれず笑みが漏れた。ふっ、って。


「……どうしたの?」

「あ、えっと……すみません。わたしが顔をしかめたら、ファビウス様もこう、キュッって。痛そうな顔をなさったから。表情が伝染したみたいで、面白くてつい」


 ファビウス先輩は少し眉を上げてから、表情をゆるめた。


「笑える元気があって、よかった」


 そういって立ち上がると――それまでは、わたしの前に膝をついていたのだ――ファビウス先輩はベッドの横に置かれたナイトテーブルに手をのばし、鈴を振った。例の、ご用命がございましたらなんなりとのイケ爺従僕さんを呼び出すやつだ。

 待つほどもなく、従僕さんが出現。すごく早い。


「ご用でしょうか」

「軍医を呼んで。ルルベル嬢が倒れて少し頭を打ったようだから、念のため」

「かしこまりました。早急にお連れします」

「え、そんな大袈裟な――」


 思わず立ち上がりかけて、足に力が入らないことを思いだす。危ない。この位置でこけたら、今度はテーブルとご対面である。完全にヤバい。

 ファビウス先輩はといえば、お茶セットのポットからカップにお湯をそそいでいる……いや、ほとんど湯気も見えないから、もう水かな。水かも。


「喉がかわいてるよね? どうぞ」

「ありがとうございます」


 いわれて思いだした。そういえば、口の中がべたべたしているのだった……転んでそれどころじゃなくなってたけど。

 おとなしく水を飲みつつ……冷静に考えると、この国の王族に給仕役をさせているわけで、いかがなものかスペシャルが展開中なのだが……まぁ、今のファビウス様はご身分を隠しておいでのようだしな? これでいいのか……なぁ。


「あっ」

「なに?」

「ファビウス様のこと、なんとお呼びすればいいですか?」

「ああ――」


 ファビウス先輩がなにか答えようとしたとき、外から従僕さんの声がした。


「お連れしました」


 さっと立ち上がると、ファビウス先輩は入口の垂れ布を上げ、誰が来たかを確認したようだった。


「聖女様が目眩を起こして倒れられたので、念のために診療をお願いします。少し、頭を打ってらっしゃるかもしれません」

「なるほど。失礼します」


 ファビウス先輩は壁際っていうか……天幕の場合、なんていえばいいの? 幕際? そんな言葉ないよな? まぁとにかく下がって、軍医らしいひとが近寄って来た。

 軍医さんは、第二のイケ爺である……長めの顎髭に、片眼鏡(片眼鏡! 片眼鏡ですぞ、皆の衆!)がすごくお似合い!


「聖女様、お手を失礼いたします」


 ……からはじまって、脈をとり、熱がないか確認して、あとは魔法でさらっと内診。

 この軍医さんは、従軍魔法使いだそうだ。もちろん、生属性。手際がいいし、ハーペンス師のけがも、このひとが治したのかも。


「頬に少し打撲のあとがありますね。治療してもかまいませんか?」

「はい。よろしくお願いします」


 治療は一瞬だった。……このかた、達人なのでは?


「とっさに手が出て御身を支えることができなかった……ということは、かなりお疲れです。全体に、ご健康には問題がないようにお見受けしますが、よくお休みになってください。お若いからといって、疲れを甘く見てはいけません。祝勝会などに誘われても、お断りになってください。軍医に命じられたとでもおっしゃれば結構。苦情はこちらでお引き受けしますゆえ、ご安心を」


 そういって、イケ爺軍医さんはウィンクをした……。あっ、あなたも東国セレンダーラのひとですね! って感じだよ。


「わかりました。ありがとうございます」

「こちらこそ。聖女様が穢れを祓ってくださったおかげで、不調を訴える者がぐっと減りましたのでね。わたしもゆっくり休めるというものです。では、失礼しますが――なにかあったら、すぐにお呼びください」


 軍医さんと入れ違いに、リートが入って来た。


「食事、一応準備し直した。食べられるなら食べておけ」


 ずかずかと入って来ると、リートはお盆ごとテーブルに置き、古い皿を下げはじめた。

 何時間放置されてたかわからないものを食べるのは……今の体調的に、あんまりよくないだろうな。


「俺は外にいます。もう暗いですし、若い男女が一緒にいるのは外聞が悪いってことになるらしいですので、ご留意ください」

「わかってる。気を遣ってくれて、ありがとう」


 リートはわたしの方をちらっと見ると、そのまま外へ出て行った。

 で、ファビウス先輩はまだ残っているわけだが……。


「もう大丈夫ですから、お気遣いなく」

「……心配したんだ」

「ご心配をおかけして、申しわけなかったです」

「そう思うなら、元気に食べられるところを見せてくれる? 安心したら、僕も外に出るから」


 そういわれてしまうと、おとなしく食事をするしかない。

 まぁ、心配は……されても当然だろうなぁ。再会したと思ったら気絶したわけだし? その上、目が覚めたらぶっ倒れてるし。そりゃ心配するわ!

 ほんのりあたたかいパンを齧ってから、わたしは尋ねた。


「そうだ。さっき、訊きそこねたことを」

「ああ、僕の呼びかたね。それは気にしないで。ここに長居はできないから」

「そうなんですか……」


 なんとなく、これからはファビウス先輩も一緒に行動してくれるものだと思い込んでいたので、あてがはずれた。それが、声にも出ていたのだと思う。

 ファビウス先輩は長身を折り曲げ、わたしの顔を覗くようにして尋ねた。


「がっかりしてくれるの? 僕が、すぐにいなくなるのを」


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