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171 演出でしか、あり得ないと思ってた

 物理干渉といえば、わたしの魔力もけっこう特殊だよなぁ。手でさわれる魔力玉とか作れるし。ファビウス先輩のお屋敷で作ったときなんか、動かせなくなる事件に発展したもんな……。

 毎回そうなるってわけでもないし、謎だよな。ファビウス先輩が研究したがってるのも、まぁわかる。先行研究は、ないのかな?


「聖属性の魔力が残置性が高かったり、物理干渉できることがあったりするのも、魔王のその――」

「穢れと遂になってるってことか? そうかもな。ただ、そのへん詳しい研究がないんだ。昔はあったのかもれんが」


 大暗黒期で文献なんかもかなり消え去ったからか! そういうことだな!

 しかし、巨人でこれなら魔王はどんなだ、って思っちゃうよね……だって魔王とその眷属のあいだで魔力は循環しながら成長していくわけで……穢れの総本山が魔王ってことだもんなぁ。


「見えるぞ、巨人本体」

「……わぁ」


 言葉がない。

 巨人は、峡谷の底に横たわっていた。なんかこう……拘束具っぽいものが見える。


「あれも魔道具ですか?」

「そうだ。あれで巨人の魔力を搾り取って、動けなくさせてるんだ。禁魔の呪符みたいなもんだ。ただし、とにかく魔力が膨大でな。完全には取りきれん」

「そんなに……」

「搾り取った魔力を浄化する呪符も使ってるが、まったく追いついかん。それで、この現状だ」


 横たわった巨人は、もやもやのせいで輪郭がはっきりしない。

 大きさは……どうだろう。なんていうかこう……二階建て家屋くらいのインパクトはある。たぶん。比較対象できるものが近くにないから、はっきりとはいえないけど。

 そして、その近くにある不自然な盛り上がり。


「あれがその……本体ですか」

「こまけぇこというなら、本体は巨人だけどな。巨人がひねり出したものって意味では、あれが本体だ」


 思ったほど臭くなかったし、見た目はなんていうか……石みたいだった。

 岩山削って食べてるっていってたから、そうなってんのかな……まぁ、わかんないけど! とにかく、見た目や臭いだけで吐き気を催したりしないのは、助かるね!


「あれに浄化の呪符をべたべた貼っていく」

「はい」

「で、呪符の起動をおまえがやる。魔力に余裕があるなら、全部貼り終えたところでさらに充填だ」

「はい……って、ひょっとして円を描き込みます?」

「当然だろ」

「円は、自信がないんですけど」

「多少爆発しても大丈夫だ、おまえは俺が守る。絶対に」


 ……かっこよく断言されたけど、実態はただの無茶ブリでは?

 とはいえ、やらないわけにもいかない。ああ、ファビウス先輩にもらった高級コンパスとか、一定量の魔力が流れるようになってる筆記用具とか、なんで持って来なかったのかー!


「先生……信じますからね?」

「おう、信じていいぜ。で、地面に足をつけて作業するのと、俺に吊り下げられた状態で作業するのと、どっちがいい? 地面に足をつける方がバランスはとれるが、穢れの濃度は相当なものになる」

「……地面でやってみて、耐えられなさそうだったら吊ってもらいます」

「そうか。ま、円を描くのが苦手なら、それがいいな」


 すべてが気軽に決まっていくが、わたしは怖くてしかたがない。

 横たわっている巨人は、魔力のもやもやの中でうっすらと目を開き、わたしたちを見ている。目がね……光るんだよ。ライト仕込んであるの? ってくらい光ってるんだよ。こぇー……。

 こんなの……アニメとかホラー映画とかの演出でしか、あり得ないと思ってたんだけどな!


「まぁ……考えたら気の毒ですよね」

「なに?」

「巨人さんも、拘束されて、その……お手洗いにも行けないわけですし」


 思いつきで口走ってしまったが、あまり話題にすべきことでもなかった気がするな!

 ジェレンス先生はわたしを呆れたように見てから、ふっ、と鼻で笑った。


「巨人の心配か。属性にふさわしい聖人だな」

「いや……ただその、自分があの立場ならって思って、つい」

「そんな風に考えるってのが、一般的じゃねぇよ。賭けてもいいが、あの野営地にいる兵士の中で、おまえと同じように巨人に同情するやつなんざ、ひとりもいねぇぞ」

「……それは、しかたないです。あのひとたちは戦って、犠牲も出ているわけですし」


 奇跡的に死者は出ていないけど、負傷者はいるって話だし。生属性魔法使いが頑張ってなければ、ハーペンス師だって重傷だったのだ。ぴんぴんして歩き回ってるけど、本来なら寝込んでいたはずの怪我だ。

 そんな相手に同情するのは、ちょっと難しいだろう。わたしみたいに、あとから来たのでなければ――拘束された巨人を呑気に気の毒がることなんて、できないよね。


「ま、それくらいでいいと思うぜ。すべてを呪ったり憎んだりするよりは」


 極端なことをいわれたが、そろそろ、そんな話をしていられる状況でもない。降下がゆっくりなのは、あたりの魔力を散らしながらだからだろう。ジェレンス先生の魔力濾し魔法も、全力で稼働させる必要があるんじゃなかろうか。


「着地するぞ。足場が悪いから、気をつけろ」

「はい」


 気をつけろといいつつ、ジェレンス先生はわたしをちゃんと支えたままでいてくれた。

 ……そうしてくれて、よかった。なんだろうこれ……巨人周辺の地面は、なにかどろどろしたものに覆われている。


「これも、魔力ですか」

「そういうことだ。おそらく、排泄物から漏出する魔力が地面に溜まった状態だろう。物理干渉ができるってのは、物理法則に従うってことだからな」

「重さがあって、地面に流れるわけですね……」


 いやぁ……これはキモい。キモいわぁ! ホラー映画なんかで見かける特殊効果のネチャドロベチャッとした感じのものが、一面に散布されてる感じよ。特殊効果つくってるひと、自信もってください! 実際、近い雰囲気のものがあります!


「流れるだけならいいが。これは、文献にある『大地が穢れる』という表現に該当する現象だろう」

「……そんなのありましたっけ?」

「おまえが読んだようなのには書いてねぇよ。出所のあやしい古文書なんざ、生徒には読ませねぇからな。だが、古い記録にはこういう例もあったってことさ。それが今、ようやく信憑性を持ったわけだ――足止めが成功したおかげでな」

「なるほど……」

「これ、巻き上げて一定範囲を除去することも可能だが、やらなくてもいいか?」


 少し考えてから、わたしはうなずいた。


「はい、大丈夫です。飛散させない方がいい気がします」

「俺もそう思う。ちっと息苦しいかもしれんが、頑張ってくれ」

「大丈夫です。……どこから取り掛かりましょう?」

「手近な場所からだな。呪符は五十枚ある」


 そういって、ジェレンス先生は上着の中から紙束を取り出した。……紙かぁ。うまく書けるかなぁ。


「下敷きにできる板のようなものはないですか?」

「下敷きなんか使ったら、直接作用しねぇだろ。緩衝材を挟んでる余裕はねぇよ」

「……わかりました」

「ま、さっきもいったように、爆発からは俺が守ってやる。巨人の拘束がとけたとしても、おまえに傷ひとつつけることはない。約束だ」

「はい」

「だから、安心して円を描くことに集中しろ。それが、おまえの仕事だ」


 そういって、ジェレンス先生は呪符を完成させるためのペンとインクを取り出した。魔法の上着だな……収納力が高い。


「わかりました」

「俺が、発動させたい場所に呪符を置く。おまえが円を描き入れて魔力を流す。うまくいったら次の場所に移動して、同じことをくり返す。単純だろ?」

「はい」

「大丈夫だ、おまえならできる」


 できるかはともかく、やらなきゃいけない。

 この、地面にあふれてるどろどろ。このままにしたら、絶対まずいことになるって、わかる。肌で感じるというか……なんかもう、頭の中でずっと警報が鳴り響いてる感じ。

 油断すると、魔力を全放出したくなるくらい。もちろん、抑えてはいるけど。


 ジェレンス先生が、どろどろの向こうに透けて見える、白っぽい岩のようなものに呪符を貼った。わたしはペンを手に、その呪符に向き合った。

 ファビウス先輩の言葉が、頭の中で鳴り響く――円を描くってことは、呪符が発動するための魔力を込める動作でもあるから。

 記憶の中で、ファビウス先輩が棒を拾い上げ、空中に円を描く。そして、爆発する。

 ほかの図形と違い、円は自動的に魔力が貯蓄されてしまう。呪符においては、特別な図形なのだ。

 緊張をほぐすために、わたしはそっとささやいた。


「魔法は本来、危険なもの……」


 そして、円は魔法の力そのものをあらわす記号だ。呪符で実現させたい魔法に対応する魔力を流すと効果が上がるのは、だからじゃないだろうか。なんとなく、そんなことを考えながら――わたしはジェレンス先生が貼った紙にペン先をつけた。

 この機会を、ずっと待っていた気がする。

 ちゃんと役に立てるんだ、って。自分が納得できる、そんな場面を。


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