165 聖女のくせに落第とか、世間体が死ぬ
夕食をともにするのは、ハーペンス師とジェレンス先生のふたりの魔法使いと、銀爵――っていうのがあるんだってさ、はじめて知ったけど! 東国での階級らしいよ。どれくらい偉いのかは……わからん!――の隊長さんが、おひとり。あっ、あとリートもだった。
会場はハーペンス師の天幕で、円卓だから席次はわかりづらいけど、従僕さんが引いてくれた椅子に腰掛けるだけの簡単なお仕事で助かった……。自分で席を選ばなきゃいけないと泣くよ。
なお、席はいちばん奥のハーペンス師から、時計回りにジェレンス先生、わたし、リート、銀爵さんである。
「聖女様……拝顔の栄に浴し、恐悦至極に存じます」
銀爵の隊長さんは、年齢的にはハーペンス師と同じか、少し上かも……どうだろう。身長は高くないけど、肩幅広く胸板厚く、あっ鍛えてますねわかります、って体格。
彼が、今回の巨人捕縛部隊の指揮官だそうだ。
「とんでもございません」
よくわからない場面を切り抜けるならこれ、とエーディリア様に教わった台詞のひとつをさっそく使ってしまう。手札はあまり多くない……いやもうほんと、社交術の特訓が必要だよ。マジで。
食事のマナーとかもね……少しだけど、習っておいてほんとによかった。エーディリア様、万歳! 今すぐここに来て身代わりになってほしい!
……という悲惨な心境のわたしはともかく、会食はなごやかに進んだ。対巨人戦のこれまでの流れや今後の予定を挟みつつ、ちょっと面白おかしい感じのエピソードとか……ソフトに語られてるけど、実態はどうなんだろうなぁ。
「央国では吸血鬼が出たと聞き及びました」
「ああ、とっ捕まえたぜ」
「さすがジェレンス師……言葉もありません」
銀爵さんが、すかさず褒めた。さすがである。
なんとなくだけど、東国の男性って、褒め言葉を惜しまないというか、褒めのタイミングを逃さない印象がある。隙あらば称え、隙がなければ無理にこじ開けてでも上げてくるっていうか。
「いや、簡単だったんだ。魅了と憑依を発動させて、本体は抜け殻同然だったからな。拍子抜けしたくらいだ」
「吸血鬼は、我が身に危険が及べば即座に我に返る――と、本には書かれていましたが」
「我が学園の優秀な魔法使いたちが、よってたかって憑依先を拘束してな。俺がやったのは、悔しそうな顔して寝転がってる本体に、禁魔の呪符を貼り付けて縛り上げるだけ。あっ、禁魔の呪符は、おまえんとこの甥っ子がくれたんだ、〈矢継ぎ早〉」
禁魔の呪符っていうのは、そのまんまだね。魔法が使えなくなる呪符。魔力の流れを阻害するものから、魔力を吸い上げるもの、流れを強制するものなどなど……種類が多くて、状況での使い分けが推奨される。
ファビウス先輩がどれをジェレンス先生に託したのかは……まぁ、わからん。今回の状況に適切なのがどれか、判断できないって意味である。どれなんだろ……。
ていうか、状況を考えるとシュールだな。そのとき魅了されてたの、ファビウス先輩本人なんだし……。自分で自分を助けた、みたいなことになってる。
「あの子は自慢の甥なんだ。お手柔らかにたのむよ、ジェレンス」
「なにをだよ。それよか、あんたは平気なのか? 緒戦で負傷したって聞いてたけど、ぴんぴんしてるじゃねぇか」
「ああ、治療は済んでるから。動き回るには問題ないんだが、いつにも増して魔力生成が遅くなってしまってね」
ジェレンス先生の眉が、引き絞られた弓みたいな形になった。
「ってことは、臓器に食らったのか。重症じゃねぇか。寝てろよ」
「大丈夫大丈夫、こんなの屁でもないさ……おっと失礼、言葉遣いがよくなかったね。聖女様がいらっしゃるというのに」
にっこり笑って、わたしは同じカードを切った。
「とんでもございません」
ほんとに手札少なめなので、わたしのことは空気と思ってほしい……!
という願いが通じたのか、ハーペンス師は例の「イケオジの笑い皺って大正義では?」みたいな笑顔を見せてから、表情を戻してジェレンス先生に告げた。
「君も気をつけてくれ。図体から想像するより、かなり素早いんだ」
「一発でもあんたが食らうってことは、そうなんだろうな……。俺が見たときは動いてなかったし、見当もつかんが」
……おお! これ、ジェレンス先生ちゃんとハーペンス師を褒めてるわね? おまえほどの魔法使いが食らうとは……って意味だよね? そうだよね?
お互いに実力を認め合っている大魔法使い同士……って考えると、かっこいいな。
「いやぁ、実戦をはなれて衰えただけという気もするがね」
「ま、それもあるだろうな。あと、倒さずに捕縛ってのが地味に面倒だろ」
「あの大きさだと、倒すのも面倒だろうな」
「いや、倒すだけなら問題ねぇよ」
ジェレンス節、炸裂! すごい自信ですね! いわないけど!
「君は変わらんねぇ」
「いつまでも若々しいっていいたいなら、そうでもねぇよ」
「いや、そういう話じゃないが……それもそうだな」
「どっちなんだよ」
大魔法使い同士、すれ違ってる気がしないでもない会話を聞き流し、食器の扱いに全神経を集中していると。斜め前の銀爵さんが、突然、話をふってきた。
「聖女様は、東国ははじめてですか?」
「はい」
エーディリア様の鉄の教えのひとつに、口数は少なく、というのがある――余分なことを喋らなければ、ボロも出ないということだ。
ついでに、これも練習させられた「控えめな笑顔」をやってみる。にっこりってほどではなく、ニュアンスとして笑顔、くらいの表情だ。
「こんな殺風景な戦場ではなく、もっと美しい場所にお連れしたいですね。巨人の捕縛の方は、ジェレンス師におまかせすれば簡単なことのようですから――」
ここで、銀爵さんはにこやかに、しかし意味ありげに間を置いた。
えっ、これ煽ってない? 礼儀正しく煽ってるよな?
「――手早く終わらせていただいて、聖女様には是非とも、我が国の滞在を楽しんでいただきたい」
「生憎と、そうのんびりもできねぇんだ。ルルベルは学生だからな。今度の試験にそなえて勉強もする必要がある。そうだろ?」
「はい、先生」
ここは教師と生徒感を出した方がいいだろうと踏んだわたしは、先生呼びをしてみた。
……ていうか、なにそれ? 試験って? ザ・初耳なんですけど?
わたしはリートに尋ねた。
「リートは、試験勉強は進んでいるの?」
「片手間にですが、とどこおりなく」
……この返事の雰囲気からして、試験ってのはガチだな。ジェレンス先生が適当にいってるんじゃなくて、あるんだな。試験。
やーめーてー! まったく想像もしてなかった方向から急に攻撃を仕掛けられた気分なんだけど! どうして誰も教えてくれてないの、試験のこと!
ファビウス先輩……はもう学生じゃないか。スタダンス様……は謹慎中だし、王子とはそんなに会ってないし。シスコは舞踏会(のドレスの仕立てについて)のことで頭がいっぱいだから、しかたないとして。
教師陣! 教師がまず予告してくれるべきだろ、とくにジェレンス先生! 担任なんだから!
キッ、と視線をジェレンス先生に向けると、にやにやされた。……おのれ!
「ルルベルは忙しいよな、あっち行ったりこっち行ったり。だが、学生がおまえの本分だと心得ろよ」
「はい、先生」
だったら予告してよぉぉ!
えっ、試験ってどんな試験なの? あとでリートを問い詰めないと……。聖女のくせに落第とか、絶対無理なやつじゃん! ある程度の成績はおさめないと、世間体が死ぬじゃん!
頭の中がぐちゃぐちゃになりはじめたわたしに助け舟を出してくれたのは、イケオジ・ハーペンス師だった。
「央国の魔法学園って、どんな試験をするんだい? 以前から、気になっていたんだ。有能な人材を輩出してるし、効率よく学べる場なんだろうな」
「特別なことは、なんにも。ルルベルは入学して間もないし、魔法の歴史と基礎教養の確認みたいなとこだ。学年が上がると生徒の状況にあわせて口頭試問もやるが、一年は筆記だけだ」
おお! 試験範囲が明かされた! ハーペンス師、ナイス・アシストですぞ!
「実技は?」
「実技もあるぜ」
……えっ。
今のわたし、実技試験は無理では?
えっえっ、それで合格できる? 大丈夫?
あああ、むちゃくちゃ不安になってきたぁ!




