164 できないことから強くなれる
その後、すみやかに用意された「聖女様のための天幕」に案内されたんだけど、いや〜……なんなん?
「どうでしょう、ご満足いただけますでしょうか?」
「いや……こんな山の中で、ここまでのものをご用意いただけるとは思わず、おどろいております」
冒頭の「いや」は余分だった気がするけど、以降は頑張った!
素の言葉に直すと、こうだ――マジ? えっ、なんでこんな豪華な調度品があるの? どういうこと?
「俺は彼女の護衛なので、仕切りを作って天幕内に泊まりたい」
「申しわけありません、それは致しかねます……なにしろ、お若いかたのことでございますし、口さがない者に不名誉な噂を流されでもしては」
堂々と要求したリートだったが、丁寧に拒否されてしまった。そりゃまぁ……そうなるやろな。
「……しかたない、では寝袋を貸していただけるだろうか。入口で寝る」
「ご心配には及びません。お休みになるときは、ハーペンス様が風陣を設置いたします」
風陣? なんそれ。
わたしの顔から読み取ったのだろう、イケ爺従僕さんは、丁寧に教えてくれた。
「ハーペンス様は風属性魔法の達人、と申し上げてもかまいませんでしょう。独自の魔法をいくつかお使いになりますが、風陣はまさに風で陣幕をつくるがごときもの」
「え……そんなの発動したままにできるんですか?」
あっ、素で喋ってしまった。
「もちろんでございます。ハーペンス様は、空中から魔力を取り出すことの第一人者にあらせられます。長期間動作しつづける魔法を設置する、稀有なお力をお持ちなのでございます」
ほぇ〜……。
声も出ないといった反応に気を良くしたのか、イケ爺従僕さんは、さらに教えてくれた。
曰く、ハーペンス師は風属性魔法の歴史を変えたほどの偉人である。
曰く、ハーペンス師の魔力収束は実に素早く、この世に並ぶ者とてないほどである。
曰く、ハーペンス師が随行すれば、軍は物資の輸送を魔法に頼ることができる……。
「……もしかして、この天幕も?」
「はい、然様でございます。聖女様がおいでになることに気づかれたハーペンス様が、急ぎ、王都から取り寄せましたものでございます」
種明かしがエグい。天才的魔法使いの個人的手腕に依存した物流かぁ!
「お気遣い、痛み入ります……ですが、巨人との争いを前に、わたしごときのためにお力を無駄に使わせてしまったのは、心苦しいです」
あっ、しまった。心苦しゅうございますとか、存じますとか、そっちにすべきだったな! ……まぁいいか! さっき素で喋っちゃったし、おそらく今後も素が出るだろうし! いちいち気にするのはやめよう。
イケ爺従僕さんは、例の悪戯っぽい笑顔で答えた。
「なにほどのことでもございませんよ。我があるじであれば、このようにお答えするでしょう――聖女様に快適に過ごしていただくことの方が、巨人の捕縛などより重要ですよ、と」
……いかにも。その通り! いいそう! しかも、そのあとにバチコーンってウィンクするだろ、絶対だぞ。もう見えてくるようだよ。
「それでは、お言葉に甘えて使わせていただきます。ありがとう存じます」
「お食事のお時間まで、おくつろぎください」
一礼して、イケ爺従僕さんは天幕を出て行った。
見送ってふり返ると、リートが豪勢なソファに寝転んでいた。お行儀悪い!
「リート、なにやってんの」
「寝る。疲れた」
「ちょっと待って。ハーペンス師ってどんなかたなの? 一応、知っておいた方がいい情報があるんじゃないの? 教えておいてくれない?」
いかにもめんどくさそうに閉じていた目蓋を開けると、リートは大きく息を吐いた。
「今、教わったばかりだろう。風属性の第一人者だ。風属性魔法に限っては、ジェレンス先生をも上回る実力があるかもしれん」
「さっきの説明だと、なにが〈矢継ぎ早〉なのか、わからなかったんだけど」
「ああ、それか。君が生まれる前の話だ」
「生まれる前?」
「二十年くらいかな。決闘があったんだ」
「決闘? ご法度じゃないの?」
央国では、決闘は法律で禁じられている。
これは庶民も知っているのだ。なぜなら、昔の「偉いさんの決闘」は、庶民にとっては娯楽のひとつだったからだね! 最低だね!
「東国では違う。ハーペンス師は、妹を馬鹿にした剣士に決闘を申し込んだ」
「剣士……。えっ、じゃあ魔法使いと剣士の決闘?」
「そうだ。対等にするための調整が難しかったとか……まぁいろいろあった」
あきらかに説明が面倒になったという感じで省略されてしまった。
「それで?」
「武器は剣、使える魔法は一種、鎧に魔法をはじく呪符を装備……だったかな」
「それハーペンス師の方が不利じゃない?」
「当日、ハーペンス師は決闘の場所に大量の剣を持ち込んだ」
「……は?」
「剣の数に規定はありませんな? って確認した上で、剣を魔法で操作して飛ばしたんだ」
こっわ! ガチ本気の魔法使いこっわ!
「熟練の射手が次々と矢を射るようだった、と。立会人が証言したそうだ」
「なつかしい話だなぁ……。失礼するよ、聖女様」
本人登場!
垂れ布を上げて天幕に入って来たハーペンス師は、中を一瞥して顎に手を当てた。
「ちょっと家具が無骨だったかな。若いお嬢さんのお気に召すようなものが揃えられず、すまないね」
「とんでもございません! お気遣いありがとうございます」
「それで? なんでそんな古い話をしてたのか、教えてもらえるかな?」
「それはその……〈矢継ぎ早〉というお名前の由来を、わたしが存じ上げなかったものですから。リートに、教えてもらっていました」
「彼はよく知っているね、昔の話を」
さすがに起き上がっていたリートは、当然です、という顔で答えた。
「有名な話ですから」
「では、わたしの弱点も知っているだろう」
リートは答えなかったが、答えないということは知ってるんだな、と察する程度にはつきあいが長くなっている。
ハーペンス師の弱点? ……なんだろう。
「わたしはね、お嬢さん。ジェレンスのような高威力の大魔法が使えない。魔力量が乏しいんだ」
これ、どう反応すればいいの?
眼をぱちぱちさせて絶句するわたしに、ハーペンス師はやさしく微笑んだ。
「だから、空気中から魔力を拝借するのがうまくなった。だから、単純な魔法の応用が得意になった。だから、一回使った魔法を長持ちさせるための工夫もした――面白いだろう? できないことが、わたしを強くしたんだ」
「……たいへん、含蓄に富んだお話です。わたしも今、できないことがあって」
「ジェレンスに聞いた。頻繁な魔力切れから来る、魔力感知不全を起こしているそうだね」
はい、と答えようとしたけど、うまく声が出なくて。わたしはただ、うなずいた。あらためていわれると、すごく残念というか……聖属性魔法使いとしての仕事がなにもできないことに、罪悪感がある。
ハーペンス師は、静かにこうつづけた。
「君も、できないことから強くなれるかもしれないよ? できない、で立ち止まらなければね。……さあ、夕食の時間だ。悪いが、軍の者にもお嬢さんの可愛らしい笑顔を見せてやってくれないかな? きっと皆、今までより以上に熱心にはたらいてくれるようになる。料理は期待してくれていいよ。最高の東国料理を供する自信がある。リート、君も来たまえ。席は用意してある」
なめらかな動きでわたしの手を取ると、ハーペンス師は天幕を出た。
近くにいた兵隊さんたちがビシッと姿勢を正して胸に手を当てるポーズをしたけど、こういうの、なんか反応すべきなのかな……。わからんので、聖女っぽいと思われる控えめスマイルだけしておいた。
外はすっかり真っ暗で、あちこちに灯火が見える。野営地にある天幕の数は、一見しただけではわからないほど多い。あと、たまになにかが空を飛んでいる……これ、例のアレ? ハーペンス師がいなくても動作するっていう風属性魔法?
「あれは王都との直通輸送路だ」
わたしの視線で気づいたのだろう、ご本人じきじきに解説してくれた。
「設置から、どれくらい使えるんですか?」
「期間のことなら、三日ほどかな。ただ、わたしが適宜補強すれば、ずっと使えるよ」
「……すごいですね」
「うん。すごいだろう? 軍にはこれに慣れてほしいけど、慣れてほしくないんだよねぇ」
「え?」
「つまりね。わたしが使える魔法使いであるってことは評価してほしい。でも、わたしがいなくなったら崩壊するようでは困るから、通常の輜重部隊の運用訓練も怠らないでほしい、って意味さ」
2023年2月9日まで、pixivFANBOX 開設4周年記念企画として SSのリクエストを承っております。
詳細はリンク先でどうぞ!
https://usagiya.fanbox.cc/posts/5226656
※記事は全体公開で、どなたでもお読みいただけます。
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