160 ジェレンス先生がツッコミの鬼と化している
東国行きは迅速に! というわけで、荷物を詰める時間もあらばこそ、の勢いで出発することになった。
のんびりしてると置いてくぞ、とジェレンス先生に凄まれてしまったわけだが、そういうの慣れてるよ! こないだもエルフの里でいわれた!
……慣れたくなーい! 皆もっと聖属性魔法使いにやさしくして!
「シスコに手紙を書かないと。あと着替え……何日くらいかかるんですか?」
「行って、死なない程度に倒して、拘束して、装置をつける……装置は東国にあるのか? あと手紙は書かんでいいだろ。ちょっと行ってくる、ってファビウスに伝えてもらえば」
「装置は現地に移送済みです。伝言はできませんよ、僕もすぐに出ますから」
「おいリート、おまえ行ってこい」
「俺はルルベルのそばにいなければならないので、行くならルルベルも連れて行きますが」
「はぁ? なにいってんだ、俺がいてルルベルに危険が及ぶわけねぇだろ、だから東国にも連れてくって話になってんだろ!」
「契約上の問題です」
「おまえ、融通って言葉知ってるか? 融通!」
「知ってます」
「知ってるだけじゃ意味ねぇんだよ、利かせろよ!」
騒がしい中、わたしは前にシスコにもらった花模様の美しいメモに、研究室備え付けの華麗なペンとインクを借りて、挨拶を書いた。
『シスコへ。突然ですが、少し出かけます。』
さて。心配させないためには、このつづきをどう書けば?
『心配しないでね。』
直接的! きっとエーディリア様ならこうは書かない……まぁしかたない、わたしはエーディリア様ではないのである。諦めよう!
『ジェレンス先生とリートも一緒なので、安全です。』
目的は巨人退治……なんて書いたら、心配させるよなぁ。いくらジェレンス先生がいるとはいっても。う〜ん……。
「あ〜くっそ、こういうとき校長のアレが便利だよなぁ。なんとか真似できねぇかな」
「呪符を使えば手紙は届けられますが」
「早くいえよ!」
「ただ、先方が対応する呪符を所持していない場合、届け先の特定が難しいんですよね。シスコ嬢か……なんとかなるか、わからないな」
「できねぇなら、いうなよ!」
ジェレンス先生がツッコミの鬼と化している。
『ちょっとした実地研修をやらせてもらうのです。急なことで、わたしもびっくりです。』
「あとは、えーっと……『お土産を楽しみにね!』とかかな」
「おまえも呑気に手紙書いてんじゃねぇよ」
「書けました! お土産を買ってる暇、ありますかね?」
「ねぇよ」
「僕が準備しよう」
「そもそも、この手紙を届ける時間がもったいねぇって話をな、さっきからしてるんだよな! 誰か聞いてるか?」
「こうしましょう。食事を持って来る従僕となら、すぐに連絡が取れます。彼に、女子寮に届けてもらいましょう。ルルベル、行き先は書いてないね?」
「あ、はい」
深く考えたわけではないが、書いていない。
「見せてもらっても?」
「どうぞどうぞ」
手紙を一瞥すると、ファビウス先輩はクリーム色の封筒を手にした。金箔の縁取りと、なんらかの紋章が型押しされている、かっこいいやつだ。それに手紙を入れて封をし、さらさらと宛名を書いた。そして、食事の注文などに使っているスイッチ――なんらかの呼び出し機構があるのだろう。ファビウス先輩のことだから、天才的な発想でつくられた魔道具かもしれない――を押した。
「手紙の件は解決したよ。ルルベル、着替えを詰めるといい。鞄はこれを使って」
そうだ、旅行鞄なんてものもなかったのだが、目の前に、いかにも上質そうな鞄が出現したよね……。
「すみません、お借りします」
「それ新品だから、気にしないでね」
……ああ。つまり、アレですね。男性の使用後の鞄じゃないってことですね!
それはともかく、なんで未使用の鞄があるの? 用意周到過ぎん? あと、気配り! 気配りがすごい!
「ありがとうございます」
「急げよ、荷物は小さくまとめろ、着替えなんざ一枚でいい」
わたしはジェレンス先生の言葉を信じず、下着やブラウスなどの着替えを三枚入れた。ほかは……制服着たきりでいいだろう。夏なら困るけど、寒い季節だし。むしろコートが必要かも。
「制服でいいですよね?」
「あー……。そうだな」
なに? なんか不自然な間があった気がする!
わたしはリートを見たが、リートは自分の荷物をぎゅっとまとめ、無理やりポケットに入れようとしているところだった。いや……それ、みっともない……。
「東国って寒いんですか? コートいります?」
「こことあんまり変わらねぇよ。ファビウス、毛布一枚借りていいか?」
「どうぞ」
「よし、じゃあ行くぞ」
早いよ!
「先生……先生は手ぶらに見えますが」
「あ? いいんだよ、現地調達するんだから」
ぇえぇぇー……。
「お店とかあるような場所じゃないですよね?」
ファビウス先輩に尋ねたのに、なぜか答えたのはジェレンス先生だった。
「必要なものは、くれ、って伝えりゃいいんだよ」
「お店にですか?」
「なにいってんだ、巨人捕縛を狙ってる現場にそうそう店が……いや、軍隊動員してるんなら店も出てるかもしれねぇが、どうだ?」
「軍は表向きには動かしていないので、なんでも屋が随行していたりはしないですよ」
「ほらな、店なんかねぇだろ」
なぜ得意気なのか、ジェレンス先生……。
「お店がないなら、なおさらしっかり準備しないと」
「だから、現場にいるやつに譲ってもらやいいんだよ、なんか必要なら」
……現場のひとが気の毒になってきたな! でもまぁ、巨人をなんとかしてくれるなら、なんでも喜んで差し出すかもなぁ。わたしだったら、そうするわ。
ファビウス先輩が、念のため、って顔で助言してくれた。
「ルルベルは真似しない方がいい。若い女性向けの物資があるとは思えないからね」
「しませんよ……」
「基本的に、ジェレンス先生の真似はできないと思うべきだな」
リートが訳知り顔でのたもうた。……それな? おまえがいうなスペシャルやぞ?
どう反応していいか迷って返事が遅れたわたしに、リートは念押しした。
「なにしろ〈無二〉だからな」
うまいこと決まった、みたいな顔せんで。たのむ。我慢ならん。
「いや、リートもけっこう真似できないと思うな」
「そうか? なにも特別なことはしていないが」
「いやいや……」
「できて当然のことをしているだけだ」
「冗談はやめてくださる?」
わたしたちのやりとりを聞いていたファビウス先輩が、ついに吹き出した。
「君たち、仲良いね」
リートとわたしは顔を見合わせた。不本意きわまりない、という表情で。
「べつに仲が良くはないです」
「気の置けないやりとりができるって、少し羨ましいな」
「ただの憎まれ口ですよ」
「俺は当たり前のことをいっていただけだ」
リートの当然は、一般的じゃないんだよ! と思ったが、ファビウス先輩に苦笑混じりに止められた。
「あんまり待たせると、ジェレンス先生がひとりで行ってしまうよ」
「えっ。あっ」
もう部屋にいない。いつの間に!
「行くぞ」
ドアを開けたリートにつづこうと鞄を持ち上げた手を、ファビウス先輩がそっと押さえた。
「ルルベル……気をつけてね。眷属のことはジェレンス先生にまかせておけば問題ないだろうけど、それ以外の面で」
……それ以外? デリカシーのなさ、とかかな……強キャラ揃ってるからな……。




