16 総合魔法実技演習会は見逃せないので
みっちり初級知識を詰め込んで一冊目が終了。ようやく二冊目に入った。
二冊目は、これまでにわかっている聖属性魔法使いの記録全部盛り。目次を見ると、ジェレンス先生が話していた暗黒期の内輪揉め事件も詳細に載っているようだ。やっぱりあれ事実なのかー! くぅー、読むのをやめられぬ!
ありがたい時計のアラームのおかげで起きられたけど、むちゃくちゃ眠いしだるいし頭が重い……それでも遅刻はせずに、わたしは寮を出た。さっそく、護衛がさりげなく合流してくる。
仕事してるなぁ……と感心しながら挨拶をした。
「おはよう」
「ひどい顔色だな。このまま戻って寝たらどうだ。今日は実技だ。君の出番はない」
言い草!
「はじめての実技の授業を見学しないという選択肢はわたしにはないから帰らせようとしても無駄です」
「気合が入ってるのはわかったから、息継ぎくらいしたらどうなんだ。ますます顔色が悪くなる」
王子だったら、ここで「くっ」っていうと思う。わたしはパン屋の娘だからいわない。
「ご心配をおかけして申しわけありませんが、大丈夫です」
「実技、そんなに見たいのか……」
理解できないといわんばかりの返しだけど、わたしはパン屋の娘だからくじけない。意志の力だけで早起きできる人種を舐めるなよ。
「魔法、憧れなんですよ」
「学生の魔法なんて、大したことないけどね」
「魔法だというだけで、大したことなんですよ」
そういえば、こっちのリートは昨日も大したことない魔法、みたいな表現をしていた気がする。なんだっけ。……ああ、粘着質の客の話だった!
あのお客も、大した魔法を使えるようだったら、下町のパン屋なんかに粘着しなかったんだろうな。
……人生って難しいな。
難しいとは思うけど、やっぱ粘着はやめてほしいな、と考えているあいだに、競技場に着いていた。
実技の実施は教室でやることもあるらしいけど、今回は全校一斉なので競技場を使うそうだ。リートが教えてくれた。新入生なのに、なんでも知っている……そりゃ、粘着質の客の個人情報が尽きせぬ泉のように出てくることを思えば、学校行事なんて余裕で調査済みでも不思議はないけども、ちょっと引く。
ついでに教えてもらったところによれば、実施する実技は、個々人の資質と練度によって内容が変わるそうだ。
当然っていえば当然のことなんだけど、前世の学校の「は〜い、みんなで同じことしましょうね〜」と違い過ぎて、いちいちおどろいてしまう。
とはいえ、ある程度の指針は存在する。学年で分けると、ざっくりこう。
一年生:主属性魔法の全力を示す。
二年生:繊細な制御を示す。
三年生:オリジナル魔法を示す。
四年生:卒業研究の進捗を示す。
オリジナル魔法と聞いてわくわくが顔に出たらしく、リートが、だいたい失敗するという悲観的な見通しを教えてくれた。
そうか、だいたい失敗か……でもわくわくする!
競技場も、教室みたいにすり鉢状の構造だ。底部はずっと広いし、競技場全体は当然もっと広い。前世日本でも競技場っていえばこういうイメージだ、くらいの大きさ。まぁ前世の場合、競技場の前に「陸上」がつくんだけど。違うのは楕円ではなく円形ってところかな。
席は自由だそうだし、わたしは前の方に座ろうとしたのだが。
「あらリート」
すり鉢の上の方に位置する席でひらひらと手をふっているのは、紫髪の養護教諭だ。なんだっけ。名前……ノートがないからわからない!
「おはようございます、ウィブル先生」
でかした、護衛! そうそう、そういう名前だった!
ウィブル先生は、今日も羽毛ストールを首に巻いている。昨日見たのとは色が違う気がするので(昨日のは中間色だったことしか覚えていないが、今日のは黒くてキラキラしている)、たくさんお持ちなのだろう。まぁ似合うっていえば似合うけど。イケメンだし。
そういえば、イケメン飽和状態に慣れてきたのか、わたし、すっかりイケメンを見ても動じなくなったな……慣れるの早くない?
「あら、ルルベルちゃんも一緒?」
「おはようございます」
ぺこり、とわたしはお辞儀をした。いまいち礼儀作法がわからないので、下町の常識にのっとるしかない。
学園で作法も教えてくれないかなぁ。そういうカリキュラム、なさそうなんだけどさ。ほら、理想が身分差に関係ない教育だから。でも現実問題、礼儀作法は叩き込んでもらった方が社会に出たときに役立つと思うのよね……。
「よかったら、ここ空いてるわよ」
「ルルベル、先生の隣に座らせてもらうといい。俺は、わりとすぐ順番だから」
「え、もっと前で見たい」
思わず本音が口からほとばしり出てしまった。
ウィブル先生は少しきょとんとしていたが、すぐに、にっこり笑顔になった。うっ、イケメンに慣れたというのは嘘だったかもしれない……ものすごい華やかさに、半歩ほど下がってしまった。いや無理ですわ、こんなイケメンの隣とか。
「ああそっか、ルルベルちゃんは初体験だものね、総演会」
聞いたことがない単語が出てきたぞ。なんですって?
「総合魔法実技演習会の略だよ」
爽やか同級生モードでリートが教えてくれた。ほんと助かる……ずっとこっちのモードでいてほしい。
「そうそう。たしか正式名称はそんな感じ。でも、だいたいは、ちょっと距離を置いた方がよく見えるのよ」
「そうなんですか?」
「目の前で爆発とかしたら、なんにも見えなくなっちゃうでしょ」
「それはまぁ……たしかに」
「一年生は特に、やらかす子がいるから……。まだ自分の全力を把握できてないのよね。だから、序盤は近寄らない方がいいわよ」
物騒!
「ご親切にありがとうございます」
「そんな身構えなくていいの。ま、ここならよく見通せるから、座りなさいよ。解説もしてあげる」
「かさねがさね、ありがとうございます」
「じゃ、俺は行くから」
「えっと……応援するね?」
友人らしい気遣いを見せておこうと口にした言葉に、リートは無表情で答えた――あっこれ同級生モードじゃない方だ。
「大したことはしない」
愛想悪っ! と思ってたら、隣でウィブル先生が笑った。
「あの子、だいたいあんな感じよね。なんでもかんでも『大したことはない』っていうの」
「……わかります」
短いつきあいだが、とてもよくわかってしまった!
「優秀な子だけどねぇ」
「そうなんですか」
「ええ。保証してもいいわよ、リートの優秀さなら」
そこまで会話が進んだところで、わたしは微妙な違和感を覚えた。
リートはわたしと同日に入学したはずだ。つまり……。
「リートとは、古いお知り合いなんですか?」
優秀だとか、大したことないとか。知ってるってことは、そういうことだよね?
ウィブル先生は、うふふと笑いながら羽毛ストールに顔の下半分を埋めた。
「そんなに古くもないけど、よく知っている間柄よ。彼の生属性を引き出したのは、アタシ。だから、教え子みたいなものなの」
それはあれか。学園に入る前から個人授業を受けてたってことか!
つまり、間違いなくリートも上流寄りの平民! おまえが平民を名告るなってやつだよな、はい確定。そうだろうなとは思ってたけど。
「先生も生属性なんですか?」
「そうよ〜、生属性魔法使いとしては国一番だと思ってくれてもいいわよ」
「すごいです」
ウィブル先生は、楽しそうに笑った。
「ありがと! あなた、そんなに信じやすくて大丈夫?」
「えぇ……嘘なんですか?」
「今のは嘘じゃないけど、この調子だと、嘘をつくのが簡単そうだなぁって思った!」
左様でございますか……。
「気をつけます」
「うん、気をつけてね。あんまり可愛げがなくなるのもどうかと思うけど、なにごとも疑ってかかるのが、学究の徒の基本姿勢でもあるし。……あ、はじまるみたいよ」
競技場を見下ろすと、中央にジェレンス先生と王子が立っていた。




