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156 吸血鬼の出身地とか考えたことなかった

「それは……」

「話を聞いてください、断る前に」


 いいけど、聞くと断れなくなる系の呪いがかかってたりしないだろうな?

 若干、疑いの目で見ているのが伝わってしまったのか、スタダンス様の表情は翳っている。……あーこれもうほんと、弱ってる男がストライク・ゾーンじゃなくてよかった! ストライクじゃないけど、なんかこう、助けてあげたくなる顔だよ。

 ……はっ。

 いかん。聞くと断れなくなるどころか、聞く前から同情的になってる、まずい!


「ルルベル嬢は、ご存じでしょうか……。我がノーランディア侯爵家は、その名の通り、源流は西国ノーレタリアに遡る、ということを」


 ご存じじゃないですね! いわれてみれば、ノーランディア……ノーレタリア……ちょっと似てる! くらいは思うけど。


「そうだったんですね」

「はい。現在、央国ラグスタリアと西国の関係は良好。とは申せ、それも東国セレンダーラに比べれば、という程度。実のところ、関係は徐々に悪化しているといっても過言ではないのです、表面上はともかく」


 そ……そうだったんですね、リピートしてもいい?

 いやちょっと待って。頭が追いつかない!

 わたし、求婚プロポーズされてるんじゃなかったっけ? ねぇ、そういう話だよね、たしか? いや婚約のお願いだっけ……そういう部分の差って重要なのかな?


「ルルベル嬢、ノーランディア侯爵家は王家に目をつけられているのです、西国とのつながりを疑われているがゆえに」

「おう……」


 王家にひっかけたダジャレじゃないぞ! 断じて違うからな! 思わず口から漏れちゃっただけだし、そもそも我々が喋ってるの日本語じゃないから、これがダジャレっぽいと思って微妙な気分になるのは、わたしだけだ!

 ……ほっとすると同時に少し寂しい、この事実。


「今回の件で、家門全体が厳しい処分を受けたことも、そのあらわれ。ですが、王家も万能ではありません、無論のこと。波紋は広がっているのです、貴族社会に。広く、そして深く」


 あー。これ以上、侯爵家を締め付けたら、ほかの貴族も黙ってないだろう……ってやつか。たしか、ウィブル先生がいってたんだっけ?

 ……と、そこまで思いだして、わたしは気がついた。

 今されてるの、そういう話? 恋も愛も、ひょっとすると魅了されたことへの償いすら関係しないやつなのでは?


「吸血鬼の一件は、たしかに、落ち度とは申せましょう」


 あっ、吸血鬼に戻った。……と思ったわたしの手をとると、スタダンス様はいきなり、ひざまずいた。

 そして、せつせつと訴えた。


「そのせいで。我が侯爵家は逼塞ひっそくを余儀なくされてしまい。そこから、情勢がどう動くことか……いずれにせよ、当面、我らは堂々と支援することができなくなってしまいました、あなたのことを。すべては、我が不徳の致すところ。申しわけなさしか、ありません。ルルベル嬢、あなたを巻き込んでしまうことになり……」

「スタダンス様、どうぞお立ちになってください。巻き込んでしまったのは、わたしの方です」

「いいえ。いいえ……」


 スタダンス様は俯いたまま頭を左右にふった。わたしの手を握る力も強くて、はなしてくれそうもない。

 いやでも巻き込んだっていったら、断然、わたしがスタダンス様を、だよねぇ。だって、魅了されたスタダンス様本人の口を借りて、そういってたもん。吸血鬼。

 事実関係の確認は重要である。


「わたしのいうことも、聞いてください」


 そういって、わたしはスタダンス様の手を強く握り返した。

 意外な力だったのだろう、スタダンス様は顔を上げ、ようやく視線を合わせることができた。握力は、けっこうあるのだ――パン屋の娘として、はたらいていたからね!


「はい」

「巻き込んでしまったのは、わたしの方です。吸血鬼は、聖属性の持ち主であるわたしと親しくていたからこそ、スタダンス様を狙ったのです」


 少し呆然としてから、スタダンス様はつぶやいた。


「ええ……ええ。その通りです、たしかに。けれども、あるのです。ルルベル嬢、あなたもご存じないことが」

「なんでしょう?」

「吸血鬼は、西国から来たのです」


 は?

 え、吸血鬼の出身地とか考えたことなかったけど、そうなの? 西国生まれなの?

 いやでも、だからなに?

 わたしが訊く前に、スタダンス様が説明してくれた。


「先ほど申し上げたように。西国との関係が深い我がノーランディア家は、大きな恩恵を受けているのです、西国との貿易から。通関にあたっても、かなりの便宜が図られており、そのせいで……」

「貿易の荷物と一緒に、吸血鬼が入国したということですか?」

「おそらくは」


 そんなの、防ぎようがないのでは? と思ったら、口からそのまま飛び出していた。


「それは防ぎようがないですよね? 誰かが責任をとるといった問題ではないのでは?」

「王宮の考えは違うでしょう。我々を追い落とす好機と見るに間違いなく」


 そりゃそうかもだけど、知らんがなー!


「そもそも、吸血鬼が西から来たっていうのは事実なんですか?」

「はい」

「なにか証拠が?」

「吸血鬼が。そういったのです」


 自己申告かーい!

 誰かつっこんでー! わたし? わたしがつっこむしかないの?

 跪いたままのスタダンス様を見下ろし、わたしはちょっとこう……理性的な……いや、理知的? そういう表情を目指して。


「吸血鬼の言葉など、誰が信じられるでしょう?」


 どうよ! けっこうお嬢様っぽくできたと思うよ!

 ご令嬢モードがうまく使いこなせているかどうかはわからないが、スタダンス様はまた、つらそうな顔をした。一部のそういうへきの持ち主に、ぶっ刺さること間違いなしである……なんか今日すごいな、スタダンス様!


「魅了されていたときのことを……あまり、よく覚えてはいないのです。それでも、深く……深く吸血鬼の思考が入り込んで来た体験は、忘れがたく……」


 スタダンス様は、大きく息を吐いた。

 あっ、また苦悩顔……。これ、魅了の後遺症? いや違うな。ファビウス先輩は、こんな顔しないし。


「あやつの考えは、そのまま自分の考えになり。その下劣な想像、卑怯な計画、なにもかも……自分のこととして感じたのです。ああ、すべて! まるで自分だった。そう、嘘をつくもなにもないのです、あれの考えはすべてわかった。だから、知っているのです。西国で目覚めたときの、邪悪な……ああ、やつは神殿さえ恐れなかった! 人間のことなど、あたたかい血の入った袋としか思っていない!」


 あたたかい血の入った袋……まぁ、うん。なるほど? 吸血鬼視点での人間について、理解が深まったね! ……べつに深めたくはなかったが。


「つまり、吸血鬼の思考や記憶を、スタダンス様は共有された、と? そういうことですか?」

「その通りです。なんとおぞましいことでしょう」

「だから、西国から来たと信じられる、と?」

「ええ。我が父が確認しました。我が侯爵家独自の、連絡経路がございます。信頼の置ける情報です。吸血鬼が目覚めた場所も、襲撃した神殿も。わたしは願いました――すべて夢ならば、と。ですが、これが事実なのです。今、我々は西国との関係を悪化させるわけにはいきません。むしろ、協力関係を築くべきでしょう、魔王の再封印にあたっては」

「そうですね」


 ……同意するしかないじゃん。

 ていうか、そういう事情がなくても、外国との関係悪化なんて回避すべきだろ。

 人間同士でギャンギャンやってる場合じゃねーのよ。そんなの、大暗黒期の再来まっしぐらじゃん!


「ですから、婚約を考えていただきたいのです」

「なんで?」


 あっ。素で訊いちゃった!

 不作法など気にせず、スタダンス様は真面目に答えてくれた。


「我々が婚約すれば。王家も、我がノーランディア侯爵家の排斥はしづらくなるでしょう。さすれば、西国とも友好的な関係を結ぶことができ。そしてまた、魔王封印のための手助けも、堂々と、しかも全力ですることが可能です。なぜなら、婚約者を助けるだけなのですから。ただの学友では、痛くもない腹を探られるばかりです。横槍も入るでしょう、王家に限らず。ですが、あなたの力になりたい。ルルベル嬢、どうか……うなずいてください」


 わたしの手を握り直して。スタダンス様は、熱に浮かされたように、言葉をつづけた。


「あやまちを、取り戻せると。償えると。我が許婚いいなずけになると、いってください」


 恋や愛はもちろん、好きという言葉のひとつさえ出ないまま、こんな熱心に求婚されるなんてな!


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